テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第七十二話 消えた文字
駅の裏を離れてからも、
二人はほとんど話さなかった。
さっき見つけた写真が、頭から離れない。
特に気になっていたのは、
写真の裏に残されていた一文だった。
『渡す相手が変わっても、約束は変わらない』
そして、その下にあった。
消された文字。
「……やっぱり、気になる」
彼女が歩きながら呟いた。
「うん」
彼も同じことを考えていた。
「写真の裏、もう一回見よう」
二人は近くのベンチに座り、写真を取り出した。
スマホのライトを当てる。
薄く残った文字の跡が、少しだけ浮かび上がった。
「ここ……」
彼女が指で示す。
「一文字じゃない」
「え?」
「何文字か書いてあったみたい」
確かに、擦れた跡は一つではなかった。
何度も消そうとしたのか、
文字の一部だけが残っている。
彼は写真を傾けた。
すると、最後の部分だけ、かすかに読めた。
――「裏」。
「裏……?」
彼女が呟く。
「駅の裏ってこと?」
「それなら、もう来たけど……」
二人は顔を見合わせる。
そのとき、彼がふと気づいた。
写真に写っているベンチ。
その裏側に、何かがある。
今のベンチではなく、写真の中のベンチだ。
「待って」
彼は写真を拡大した。
ベンチの背もたれの裏。
小さな傷のようなものが見える。
そして、その横に――
同じマーク。
「これ……」
二人は同時に声を漏らした。
円の中に一本の線。
銀色のチャーム。
金属ケース。
そして、写真の中のベンチ。
全部に同じ印がある。
「まだ、この場所に何かあるのかも」
彼女が言った。
二人はもう一度、駅の裏へ戻った。
古いベンチの前に立つ。
彼は写真を見ながら、同じ位置を探した。
背もたれの裏側。
端から端まで手を滑らせる。
「……ない」
「こっちは?」
彼女も反対側を探す。
すると――
指先が、小さな凹みに触れた。
「これ」
ベンチの木材に、小さな切れ目がある。
爪を入れてみると、薄い板が少し動いた。
二人は息を止めた。
ゆっくりと板を外す。
中には、何も入っていなかった。
ただ、内側に一行だけ文字が刻まれていた。
『箱はここを通った』
「……ここを、通った?」
彼がその文字を読む。
箱がここにあったわけではない。
誰かが、ここを通って箱を運んだ。
そういう意味に思えた。
そのとき、彼の頭にまた記憶が浮かんだ。
雨の音。
走る足音。
そして、誰かの手にある小さな箱。
「……駅じゃない」
彼が呟く。
「え?」
「箱を持ってた人……駅から離れてた」
「どこへ?」
彼は目を閉じた。
記憶を探る。
けれど、場所だけがどうしても出てこない。
代わりに、一つの言葉だけが浮かんだ。
「……戻る」
「戻る?」
「誰かが、そう言ってた」
二人は黙った。
事故の日。
箱を持った誰か。
そして、「戻る」という言葉。
彼女がスマホを取り出した。
その瞬間、画面が震える。
知らない番号からのメッセージだった。
『やっと気づいたね』
二人は画面を見つめる。
続いて届いた文章。
『箱は、駅にはない』
彼は息を呑んだ。
そして、最後の一文。
『事故の日に、君が戻ろうとした場所を探して』
メッセージは、それで終わった。
「……俺が、戻ろうとした場所」
彼は呟いた。
その言葉だけが、妙に胸に引っかかった。
事故の日。
自分はどこへ戻ろうとしたのか。
何を取りに行こうとしたのか。
そして――
誰に会おうとしていたのか。
まだ、その答えだけが思い出せない。
二人は駅の裏に残された文字を見つめた。
箱は、ここを通った。
でも、ここにはない。
なら――
次に探すべき場所は、事故の日の記憶の中にある。
#backnumber
コメント
1件
……消された文字、めっちゃ気持ち悪くて好きです。写真の裏の「裏」だけ残ってるとことか、ベンチの隠し場所に刻まれた「箱はここを通った」って一文も、すごくミステリアスで背筋がゾワッとした。そして最後の「事故の日に君が戻ろうとした場所」——ああ、もう、めっちゃ続き気になるんですけど! 自分が何を忘れてるのか、どこへ戻ろうとしてたのか、その答えを知りたくてたまらなくなりました。重い空気感と消えた記憶のヒントの出し方が本当に丁寧で、クラリスさんの闇の表現、すごく好きです。