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第七十三話 戻ろうとした場所
『事故の日に、君が戻ろうとした場所を探して』
知らない番号から届いた最後のメッセージ。
二人は、しばらくその画面を見つめていた。
「……戻ろうとした場所って、どこだろう」
彼女が静かに聞く。
「分からない」
彼は答えた。
「でも、さっき思い出した。誰かが『戻る』って言ってた」
「それって、自分が言ったの?」
「……たぶん違う」
彼は目を閉じた。
事故の日。
雨が降っていた。
道路。
駅。
誰かの声。
そして、小さな箱。
断片的な記憶を一つずつつなげていく。
「俺……事故の直前、どこかに戻ろうとしてたんだと思う」
「何かを取りに?」
「それも分からない」
彼は苦笑した。
「本当に、分からないことばっかりだな」
彼女は何も言わなかった。
ただ、彼の持っている
銀色のチャームを見つめている。
「これを持ってたってことは、何か大事なものを取りに戻ったのかもしれないね」
「……うん」
二人はその日の記録をもう一度確認することにした。
古い写真。
カレンダー。
店の記録。
病院の資料。
今まで集めたものを一つずつ並べる。
そして彼女が、あることに気づいた。
「これ……」
事故前日の写真。
その端に、小さな時計が写っている。
時刻は、夕方。
その写真を撮ったあと、二人は店へ向かっている。
さらに、その後の記録。
『渡す』
『土曜日』
『会ったら渡す』
「……全部、同じ日だ」
彼が呟く。
「うん」
彼女は別の写真を取り出した。
そこには、駅へ向かう道が写っていた。
「この道……」
「知ってる」
彼が言った。
「事故現場に行くときに通った道だ」
二人は地図を開いた。
店。
駅。
事故現場。
そして、もう一つ。
「……ここ」
彼が指を止めた。
駅から少し離れた場所に、小さな公園がある。
「この場所、何か覚えてる?」
彼女が聞く。
「……分からない」
そう答えた直後だった。
彼の頭の中に、また映像が浮かんだ。
雨の中。
誰かと並んで歩いている。
「先に行って」
誰かがそう言う。
「でも――」
「大丈夫だから」
その言葉。
以前にも聞いたことがある。
彼は目を開けた。
「……公園」
「え?」
「俺、ここに戻ろうとしてた」
彼女が地図を見る。
「事故現場の近くだね」
「うん」
けれど、なぜそこへ向かったのかは思い出せない。
「行ってみよう」
彼女が言った。
二人は駅を離れ、公園へ向かった。
しばらく歩くと、古い時計台が見えてきた。
彼は足を止めた。
胸の奥が、強くざわつく。
「……ここだ」
「思い出した?」
「まだ全部じゃない」
彼は公園の中を見回した。
ベンチ。
時計台。
古い街灯。
どれも見覚えがある。
そして――
公園の端に、小さな掲示板があった。
その下に、古い紙が一枚だけ残っている。
彼女が拾い上げる。
紙には、見覚えのあるマークがあった。
円の中に一本の線。
「また、このマーク……」
彼が紙を受け取る。
裏側には、短い文字が残されていた。
『ここには、箱はない』
彼女が息を呑む。
「じゃあ、何があるの?」
彼は紙の続きを読む。
その下には、さらに小さな文字。
『でも、事故の日に失くしたものは残っている』
二人は顔を見合わせた。
箱ではない。
別の何か。
彼は公園の奥を見る。
すると、突然。
頭の中に、あの日の声が蘇った。
『忘れてもいいよ』
そして、自分の声。
『……でも、約束は?』
記憶はそこで途切れた。
彼はゆっくりと息を吐いた。
「……ここで、誰かと約束した」
彼女は何も言わず、隣に立った。
二人の前に広がる公園。
事故の日に失ったもの。
箱とは別の、何か。
それが何なのか――
まだ、二人には分からなかった。
コメント
1件
読ませていただきました。「戻ろうとした場所」──このタイトルがもう、沁みますね。 公園に辿り着いて、「ここには、箱はない」と書かれた紙を見つけるシーン、すごく印象的でした。ずっと「何かを取りに行こうとした」と思っていたのに、実は箱じゃない何かがそこにある。そのひっくり返し方、好きです。 「忘れてもいいよ」という記憶の断片と、それに抗うように浮かんだ「でも、約束は?」──このふたつの声の対比が、読み手の胸にじんわり残りました。次が気になります。続きも大事に読ませてくださいね。