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「……それがどうした」
俺は強がってそう言い放ったが、碧は肩をすくめた。
「ふふ、罠かもしれないよ? 君を呼び戻して、そのまま処分するつもりかもしれない」
碧の言葉に、俺は一瞬、思考が停止した。
罠
確かに、ありえない話ではない。
しかし、自由への最後のチャンスを逃すわけにはいかない。
それに、こんな意味のわかんねぇところで飼われるより……いい、はずだ。
「そんなこと、俺が一番よく分かってる」
俺は碧を睨みつけ、言い放った。
「どうせここに戻ってくるだろうけどね」
碧はそう言って、俺の頬にそっとキスを落とした。
そのキスは、まるで呪いのように俺の心にまとわりつく。
「二度と戻ってくるか、この変態野郎」
俺はそう吐き捨て、碧の部屋を飛び出した。
本部への道のり、俺の胸中は期待と不安で入り混じっていた。
その言葉が、俺を突き動かす唯一の原動力だった。
碧の言葉が脳裏をよぎるが、それを振り払うように頭を振った。
そして、ようやく本部の長官室にたどり着いた。
重い扉を開け、一歩足を踏み入れた瞬間
背後から鈍い衝撃が襲った。
視界が歪み、意識が遠のく。
最後に聞こえたのは、床に崩れ落ちる自分の体の音だった。
鈍い痛みが頭蓋の奥で響き、意識がゆっくりと浮上する。
視界がぼやけ、天井が見える
しかし、それは見慣れた長官室の天井ではなかった。
薄暗い、埃っぽい空間。
そして何よりも、体が宙に浮いているような
奇妙な感覚に襲われた。
「ん……っ」
かすかに呻き声を上げると、視界が徐々に鮮明になる。
俺は、両腕を頭上高く吊り上げられ
足先が辛うじて床に触れるか触れないかの状態で
まるで磔にされたかのように宙に吊るされていた。
手首には冷たい鎖が食い込み
全身の血が逆流しているかのような不快感が俺を襲う。
(くそっ……何が、どうなってやがる……!)
混乱する頭で状況を把握しようとすると、複数の影が俺の周りを囲んでいるのが見えた。
三人の男たち。いずれも組織の構成員だろう。
彼らは下卑た笑みを浮かべ、俺の体を値踏みするように見つめている。
そして、その男たちの向こう
俺の目の前には見慣れた冷酷な顔があった。
長官だ
彼は腕を組み、いつものように感情の欠片も見せない瞳で、吊るされた俺を見下ろしていた。
その視線は、まるでゴミを見るかのような侮蔑に満ちている。
「目が覚めたか、結城」
長官の声が、静まり返った空間に響く。その声には、一切の温かみがなかった。
「……長官、これは、一体……」
俺は掠れた声で問いかけた。
喉がカラカラに乾き
吊るされた体勢のせいで呼吸もままならない。
「一体、とは何だ。貴様が任務を失敗し、ノコノコと本部に戻ってきたからだろう」
長官の言葉に、俺の心臓は冷たい氷で締め付けられた。
やはり、碧の言った通り、これは罠だったのか。
「俺は……」
「言い訳は聞きたくない。朱鷺原碧を殺すことすらできなかった貴様は、もはや組織にとって不要な駒だ。それどころか、危険因子となりうる」
長官の言葉が、鉛のように俺の心に突き刺さる。
危険因子。
つまり、裏切り者として処分されるということだ。
「……っ、……」
「貴様は、朱鷺原に懐柔されたのか? それとも、最初から裏切るつもりだったのか?」
長官の問いかけに、俺は必死に反論しようとした。
懐柔などされていない。ただ、あの男は……。
「俺は……俺はただ、自由になりたかっただけだ」
俺は絞り出すように叫んだ。
その言葉は、俺の唯一の願いであり、全てだった。
長官はフッと鼻で笑った。
それは、嘲りとも憐憫ともつかない、無機質な笑いだった。
「自由だと? 貴様のような道具に、そんなものが必要か」
その言葉に、俺の全身から力が抜けていく。
この男にとって、俺は本当に道具でしかないのだ。
感情も、願いも、全てが無意味。
「まあいい。どうせ、もう貴様の役目は終わった」
長官はそう言うと、傍らに立つ男三人の一人に顎で指示を出した。
モブはニヤリと笑い、小さな瓶を取り出した。
「ほら、口開けろ」
男は俺の顎を掴み、無理やり口を開かせようとする。
俺は必死に抵抗したが、吊るされた体では身動きが取れない。
「やめろっ!んな得体の知れねぇもん飲めるかっ…!」
「大人しくしろよ」
男の声は、荒々しく、そして一切の慈悲を含まない響きで俺の鼓膜を叩いた。
その言葉とともに、冷たい金属の瓶が俺の唇に押し当てられ、容赦なく中身が俺の口に流し込まれる。
甘ったるい
しかしどこか舌を刺すような刺激的な液体が、粘つく感触を残しながら喉を通り過ぎていく。
胃の腑に落ちた瞬間、熱い塊がじわりと広がるのを感じた。
「ごほっ、ごほっ……!」
反射的に、激しい咳が込み上げた。
気管に絡みつくような不快感と、肺が熱くなるような感覚。
喉の奥がヒリヒリと痛み、涙が滲む。
その瞬間、全身の細胞一つ一つに電流が走ったかのような、強烈な衝撃に襲われた。
まるで、血管の中を熱い鉛が流れていくような、焼けるような感覚。
体の奥底、内臓のあたりから、熱いものがこみ上げてくる。