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「はい、ナオト。口開けて……」
「……や、やっぱり恥ずかしいから、自分で食べるよ」
「ダメよ。あんたは今、体が弱ってるんだから。ほら、口開けて」
「……わ、分かったよ」
彼はそう言うと、しぶしぶ口を開けた。
ミノリが作ってくれた『お粥《かゆ》』を食べ始めたナオト。
風邪をひいたわけではないが、看病されるのは久しぶりだったため、少し緊張している。
「はい、ナオト。あーん」
「あ、あーん……」
彼はゆっくりと咀嚼《そしゃく》すると、それを体内に押し込む。
食欲がないわけではないが、母親以外にこんなことをされたことがない彼にとっては、かなり恥ずかしいシチュエーションだった。
「……どうしたの? ナオト。食欲ないの?」
「あっ、いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ。その……なんというか、お前に看病されるとは思ってなかったから……少し恥ずかしい……」
「なら、どうすれば恥ずかしくなくなるの?」
「いや……それは分からないけど……」
「あっ、そう。なら、『目隠し』でもしてみる?」
「いや、それはなんか勘違いされそうだから、やめてくれ」
「じゃあ、『口移し』とかは?」
「もっとダメだ。もう少しハードルを下げてくれ」
「うーん、じゃあ、『耳栓』してみる?」
「おっ、それいいな。採用」
「そう。なら、今から作るから少し待っててね」
彼女はそう言うと、自分の親指の先端を噛んだ。
その後、そこから出た血液を『耳栓』にした。
「はい、完成。じゃあ、入れるわよ」
「お、おう……」
血の塊《かたまり》を耳の中に入れたことなんてないけど、大丈夫かな?
途中で破裂したりしないよな?
彼は少し不安になったが、その間に音が遮断されてしまった。
「……この耳栓すごいな。ノイズキャンセリングイヤホンみたいだ」
彼がそう言うと、彼女はニコッと笑った。
……彼が『お粥《かゆ》』を食べ終えると、彼女は『耳栓』を回収した。
「いやあ、すごいな。その『耳栓』。どうやったら、作れるんだ?」
彼がそう訊《たず》ねると、彼女はニコッと笑った。
「知らない方が身のためよ」
「そ、そうか。なら、いいや。あっ、あと、ありがとな。その……た、食べさせてくれて……」
「これくらい、お安い御用よ。じゃあ、もう行くわね」
「お、おう、ごちそうさま。うまかったぞ」
「どういたしまして。じゃあ、おやすみ」
「おう、おやすみ……」
彼女が、お茶の間に移動すると彼はゆっくり横になった。
「いやあ、おいしかったなー。また食べたいなー。けど、その前に全身の血を吸われそうだな……」
彼は右手の掌《てのひら》を天井に向けると、拳《こぶし》を作った。
「もっと強くなりたいな……」
彼がそう呟《つぶや》くと、チエミが彼の髪から顔を出した。
「ナオトさんは今のままでも、かなり強い方だと思いますけど、それでもまだ強くなりたいんですか?」
「強さに上限なんてないからな。少しでも上を目指さないと成長できなくなる」
「なるほど。金メダルを獲得《かくとく》しても、そこで満足せずに、さらなる高みを目指す……ということですね?」
「まあ、そういうことだ。それで、何かないかな?」
「うーん、そうですね。『誕生石』を集めるという手もありますが、その前に精神面を鍛《きた》えた方がいいかもしれませんね」
「え? どうしてだ?」
「いや、だって、ナオトさんはストレスを溜《た》めすぎると、精神が子どもになっちゃうじゃないですか」
「うーん、あれは戦闘時には発動しないから大丈夫だと思うけど……まあ、一応やっておくか」
「分かりました。では、さっそく始めましょう」
「え? 今からか?」
「はい、今からです」
「うーん、どうしても今からじゃなきゃダメか?」
「できれば、そうしてほしいですけど、無理そうなら明日からでもいいですよ」
「じゃあ、そうしてくれ。今日は早めに休みたいから」
「まだ八時過ぎですよ? まあ、いいでしょう。では、ナオトさん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。チエミ」
彼はそう言うと、静かに眠《ねむ》りについた。
「……ナオトさん、気づいていますか? あなたの体は日に日に人ではなくなっているのですよ? まあ、あなたがそれでいいのなら、私は止めません。けれど、この世界を滅ぼすような存在になってしまったら、私はあなたを速《すみ》やかに処分《しょぶん》しないといけなくなります。ですから、どうか私に殺されないようにしてくださいね」
チエミはそう言うと、彼の額《ひたい》まで移動した。
その後、彼の額《ひたい》に優しくキスをした。
その直後、彼女はそこから彼の体内に侵入した。
「おじゃましまーす」
実は、彼の崩壊寸前の心をメンテナンスしているのは彼女なのである。
彼は自覚していないが、彼の心は複数の存在を体内に取り込んでいるせいで無意識のうちに、心にダメージを負っている。
そのため、彼女は彼の額《ひたい》から体内に侵入し、夜な夜な彼の心をメンテナンスしているのだ。
彼の胸骨《きょうこつ》付近から侵入しないのは、彼の心をこれ以上、傷つけないようにするためである。
「さてと……それじゃあ、今日もやりますか」
彼女はそう言うと、彼の心まで移動した。
心の色は人によって違うが、彼の心は八割ほど黒く染まっている。
心はハートの形をしており、常に浮かんでいる。
外からの影響を受けやすいため、ショックの度合いによっては、ガラスが割れるように弾《はじ》け飛ぶ。
そうなると、人はやたら死にたいと思うようになる。
不死鳥のように再度、それを復元できる者《もの》もいるが、それはかなりのレアケース。
だから、たまにこうしてメンテナンスしてあげないといけないのである。
「……相変わらず、黒の割合が多いですね……。まあ、それはナオトさんの心臓が特殊なものだからなのですが。さてと、それじゃあ、そろそろ始めましょうか」
彼女は彼の心に触《ふ》れると、目を閉じた。
「……今日は、たくさんの人とお話ししましたし、かなりの血液を失いました。普通なら、しばらくネガティブになってもおかしくないのですが……。今のところ、そうはなっていないみたいですね。うーん、でも亀裂がいくつかありますね」
彼女は彼の心にある小さな亀裂《きれつ》に触《さわ》ると、指でそっとなぞった。
「えーっと、これは、タンスに足の小指をぶつけた後《あと》、小指の骨が折れているのに気づき、ツキネさんの固有魔法で治してもらおうと頼みに行く直前に自然治癒したのに驚いて、自分が人間ではなくなっていることに恐怖した時にできたものですね……」
彼女はそう言うと、別の亀裂《きれつ》に触《ふ》れて、それを指でなぞった。
「……うーんと、これは自分の人差し指を食いちぎってみたら、血と指が勝手に元どおりになったことに驚いて、しばらくその場で震《ふる》えていた時のものですね」
その後、彼女は彼の心に無数にある亀裂《きれつ》に全て触《ふ》れた。(五十個以上あったらしい)
「えーっと……それじゃあ、塞《ふさ》ぎますか」
彼女は自分の服の素材でもある『癒《いや》しの葉』を亀裂《きれつ》に押し当てた。
すると、あっという間に亀裂《きれつ》が塞《ふさ》がった。
「さぁ、どんどん行きますよー!」
彼女はそう言うと、全ての亀裂《きれつ》を塞《ふさ》ぎ始めた。
彼女は、彼がこの世界に来てから……ずっとこの作業を行《おこな》っている。
それは妖精型モンスターチルドレンである彼女の使命の一つだが、義務づけられているわけではないため別にしなくてもいい。
しかし、彼女はこれを毎日やっている。どうしてなのかは彼女しか分からないが、彼のことを大切に思っているということだけは分かる。
体長十五センチほどの妖精は、今日も彼の心が崩壊しないように、せっせと亀裂《きれつ》を塞《ふさ》ぐ。
おそらく、彼がそのことを知る時は来ないだろうが、それでも彼女はこの作業を続けていく。
彼か彼女のどちらかが死ぬ……その時まで……。
*
「今日のノルマ達成ー!」
彼女は彼の髪の毛で作ったベッドに横になりながら、そう言った。
「最近、亀裂《きれつ》の数が多いような気がしますね。でもまあ、この調子で明日も頑張りましょう。おやすみなさーい」
彼女はそう言うと、ニコニコ笑いながら眠《ねむ》りについた。
その直後、ナオトは彼女の頭を優しく撫でた。それに何の意図《いと》があったのかは分からないが、その日の夜、それ以上のことは起こらなかった。