「部長の腕時計、ロレックスの限定品って本当ですか?」
部長の家に入って、一番に聞いたことがこれ。色々考えすぎて、どうでもいいことが口をついた。
「は? ああ……」
部長が時計を外して私の手にのせた。裏を見ると、シリアルナンバーが彫られている。
「興味あるのか?」
「別に……」と言ってから、少し考えて言った。
「言ったじゃないですか。財産のある男が好きだって」
わざと媚びるように笑って見せる。
『媚びないところがたまんない』んでしょ?
部長はネクタイを解き、ワイシャツの一番上のボタンを外す。
「じゃあ、それやろうか? 売れば三百万くらいにはなるはずだ」
「さっ――」
三百万!?
私は慌てて部長に時計を返した。
「冗談だ」と笑って、部長が時計をテーブルに置いた。
「百万てとこかな」
「充分高価です!」
「金が欲しいんじゃないのか?」と言って、部長がニヤリと笑う。
「素直に貰っとけば?」
見透かされてる……。
「貰う理由がありませんから」
「お前、誕生日は?」
「え?」
「俺は十月十日だ」
「九月二十三日……ですけど……」
「お前の誕生日にプレゼントしてやるよ」と言いながら、部長はキッチンへ。
「何を……?」
「女物の時計。俺の《それ》と同じ値段《くらい》の」
戻ってきた部長の手には同じ缶が二本。一本を渡された。この前と同じ、梅サワー。
「誕生日プレゼントって理由なら、受け取るだろ?」
「高価なもの《そういうの》を喜んで受け取る女だったら、部長は私を欲しいと思います?」
「関係ないだろ。高価なものが好きな女が悪いわけじゃない」と言って、部長は缶を開けた。
「お前らしくないとは思うけどな」
『私の娘らしくないのよねぇ』とため息をつく母の顔を思い出した。
私らしいって……何よ……。
「そんな高価なもの、私には似合いませんから……」
缶を強く握る。掌が冷たくて、痺れる。
「じゃあ、どうして――」
部長が私の手から缶を取り、栓を開けて返す。
「地位と財産のある男が欲しいだなんて言った?」
「それ……は……」
黛に対抗するため――。
「黛とどういう関係だ?」
「関係なんて――」
「黛がお前に執着する理由は?」
私は唇を噛み、言葉を飲み込む。
部長はため息をつき、ソファに座った。私にも座るように言う。
私は部長の正面に座った。
「弱みを握られてる……か?」
サワーを一口飲む。
「それも、お前のじゃない。妹の……」
もう一口、飲む。
「つまりはお前の弱みって――」
「知ってどうするんですか?」
私は缶を握りしめ、俯いて言った。
「好奇心ですか? それとも、弱みをネタに私を抱きますか?」
「助けてやりたい……と言ったら信じるか?」
助け……。
「那須川。確かにお前を欲しいとは思うけど、弱みにつけこむような真似はしない。お前は女である前に部下だ。下心なしにも助けてやりたいと思ってるよ」
部長の言葉を信じたい……。
けど……。
「だったら――」
私は顔を上げ、真っ直ぐに部長を見た。
「あの男を殺してくれますか――?」
部長の喉仏が上下に動き、ゴクリと音が聞こえた気がした。
「そこまで……か?」
「私は……、妹を守るためなら、この手を血に染めても構わない……」
部長の瞳に動揺が見てとれた。
そりゃ……引くわよね……。
「なんて……」
部長から視線を逸らす。
「冗談ですよ。黛さんにはしつこく言い寄られているだけです。そのうち諦めるでしょうから、気にしないでください」
サワーをもう一口飲んで、缶をテーブルに置いた。立ち上がり、部長の足元の鞄に手を伸ばす。
「お邪魔しました」
私の手は鞄ではなく部長の手に触れた。
「共犯者になってやるよ」
「え――?」
部長の指が私の指に絡まる。
中腰で動きを止めた私は、軽く引き寄せられただけで、簡単に部長の膝の上に倒れ込んだ。
「ちょ――」
「黛を殺したいんだろう?」と言って、部長が私の肩を抱く。
「冗談です……って!」
「本気で言ってることくらい、わかる」
うなじをグイッと持ち上げられて、私と部長の顔が数センチの距離に近づく。
「俺が、共犯者になってやるよ」
部長の目が真剣で、私の方がたじろぐ。
「なん……で……」
「お前を黛に持ってかれるのは癪だからな」
「そんなこと――」
「お前、隙だらけなんだよ」と言うと、部長が私の唇を舐めた。
この前とは逆。
私は意地で、部長を睨む。
「やっぱり、下心じゃないですか」
「出来心だ」
「嘘」
「じゃあ、報酬だ」
報酬……?
「報酬はお前の身体で……な」
部長の唇が私の首筋を這う。ぬるりと舌の感触。
「嫌ならやめてやる。全部忘れてやるよ」
嫌……?
「嫌じゃ……ない……」
自分でも驚くほど素直に、言葉が出た。
「けど……」
「これは契約だ」
部長の手が私のシャツのボタンを外していく。
「契約?」
「そう。俺はお前が黛を消す協力をする。その見返りにお前を抱く」
火照った身体に彼の手は冷たく、更に身体が熱を帯びる。
「いいの? 一度で飽きちゃったら――」
「契約書でも交わすか?」
シャツが脱がされ、レースのスリップが露わになる。ブラのホックが外され、スリップから引き抜かれる。
「いらない。やり逃げされたら……ぶった切ってやる」
部長の足の間に手を伸ばすと、既に硬くなったモノが窮屈そうに閉じ込められていた。
「言っただろ? 一回で満足できる気がしねぇって……」
腰をグイッと引き寄せられて、部長が私の胸にキスをする。足の間に部長の興奮を押し付けられて、それが伝染する。
「だから、お前は気が済むまで俺を利用しろ――」
利用……?
黛のこと、桜のこと、考えなきゃいけないことの全てが、今はどうでもよくなる。
ゆっくりと焦らすように与えられる快感が思考を停止させる。
今は、ただ、部長が欲しい――。
私は彼の首に腕を絡ませ、唇を重ねた。
「契約成立だ――」
待ってましたと言わんばかりに、私の身体はソファに横たえられ、彼の指先が胸の先端に触れる。
「んっ……。あっ――!」
数年振りの快感に、思わず声を漏らした。恥ずかしさに、手の甲を口に押し当てる。
「ふぁっ……」
硬く敏感になっている胸の先端に生温かく柔らかい感触が触れては離れ、また触れる。
気持ちいい――。
お腹の辺りがスース―して、パンツが脱がされていることに気がついた。ショーツ越しに部長の指が脚の間を弄る。
「んん……」
くすぐったくて、気持ち良くて、もどかしい。甘い痺れに、目を瞑る。
「ベッドに行くか?」
耳元で部長の声がして、私は首を振る。
「後でゆっくり、ベッドでしような」
なんで、こんな――。
部長が私の頭を撫で、瞼にキスをくれる。はぁ、と息を漏らして、私はゆっくりと目を開けた。部長が優しく微笑む。
そんな顔……ズルい。
「手、どけろよ」
私はまた目を瞑り、首を振る。
「キスしたい」
口を覆う手にキスされて、私は手を口から離した。代わりに、部長の唇が、私の唇を塞ぐ。
舌と舌が絡まるとぴちゃっと音がして、恥ずかしくなり、興奮する。
「んんんっ――!」
キスに気を取られていると、彼の手がショーツの中に滑り込んできた。
入口の上の膨らみを撫でられ、身体を仰け反らせる。膨らみの上の方をコリコリと強く押したりつままれたりすると、足がピクピクと痙攣する。
どんなに声を我慢しても、気持ちいいと伝えているも同然だった。
それに気づいた部長が、執拗にソコを擦る。
「やっ――! ダメ!」
ダメと言われてやめるはずがなく、絶えず与えられる快感に、私の身を捩り抗うも、無駄だった。
「ダメダメダメッ――!」
「お前のダメはおねだりみたいで可愛いな」
「ちがっ……」
「もっと、って聞こえる」
同時に胸の先端を舐められ、私は悦びに身体を痙攣させ、絶頂に導かれた。
休む間もなく、入り口に指の感触。
「やっ……。ダメ――!」
「悪いな。俺も早く挿《い》れたいから待ってやれない」
ゆっくりと入り口を広げられ、部長の指が押し入ってくる。
「あああっ――」
「すげ――」
容赦なく指を出し入れされ、膣内《なか》を掻き混ぜられ、声が恥ずかしいとか考える余裕もなくなった。
「あっ……。ああっ……」
気持ち、いい――。
「挿《い》れるぞ」
指が抜かれて、部長の太くて硬いモノが入り口に押し当てられる。
「んっ……」
「久し振りなんだろ? 息吐いて、力抜け」
そんなこと言われても――!
忘れかけていた圧迫感に、呼吸を忘れる。
「余計、苦しいだろ」
「だ……ってぇ……」
「そんな締められたら、挿入《はい》んねぇだろ」
涙の向こうに、少し苦しそうな部長の顔が見えた。
「キスして……」
部長の唇の感触に、ふっと身体の力が抜けた。そして、部長が私の膣内《なか》に挿入《はい》ってくるのを感じた。ゆっくりと、深く。
「きつ……」
彼が目をきゅっと瞑り、呻いた。はぁ、と息を吐く。
「ぶちょ……?」
彼は目を開けると、私の瞳にキスをした。
「萎える呼び方、やめろ」
「え……?」
「痛くないか?」
もっと強引な人だと思っていた。
『報酬はお前の身体で』なんて言う人だから。
「大丈夫」
「動くぞ?」
「ん……」
ついばむような優しいキスの後で、彼がゆっくりと私の膣内《なか》を出入りし始める。徐々にスピードを上げ、激しく、強くなる。
「ああ――!!」
私は夢中で彼の首にしがみついた。
「馨……」
耳元で名前を呼ばれて、背筋がゾクッとした。
ダメ――ッ!
こんなに優しくて甘いセックス、ずるい。
身体だけじゃなく、心も揺さぶられる。
「馨……」
「ん――! だ……めぇ……」
勘違いしちゃダメ……。
彼が欲しいのは私の身体だけなんだから。
「馨……」
どんなに優しく抱かれても、どんなに甘く名前を呼ばれても、愛されてるなんて思っちゃダメ。
この人が欲しいのは私の身体。
私が欲しいのは共犯者。
「馨……」
「や…………あ……」
頭ではわかっていても、心は言うことを聞かない。
彼が私の奥に触れる度、嫌な予感がこみ上げる。
好きになんかなっちゃダメ――。
「馨……」
何度も名前を呼ばれて、何度も絶頂に導かれ、何も考えられなくなって。私はただ必死に彼にしがみついていた。
「雄大さ――」
雄大さん《共犯者》に――――。
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