賢人さんの腕に飛びつくように、優斗がその動きを止めた。
「もう、もう大丈夫になったってこと? 武おじさんたちの火葬が終わったの? ちゃんと謝ってお墓も建て直したから、それで……!?」
それならそうと先に言ってほしいけど、賢人さんはなにも言わない。だから。
なにかあったんだと、それだけで察せてしまう。
泣きそうな顔で、優斗が外に飛び出した。
「っ、優斗どこに……!!」
「帰る!!」
「ダメだ、ここにいなさい! 優斗!!」
しつこい雨が降り続ける中、優斗は三科家に向かって走り出していた。
俺と賢人さんも追ったけど全然追いつけず、ぬかるんだ道に足を取られて何度も転ぶ。
普段の優斗からは考えられないくらい速い。なにかに背中を押されているように走る優斗に対し、這うようにして三科家に辿り着いた。
玄関に向かう中、否応なく信じられないものが目に飛び込んでくる。
倉庫が。
俺たちが三度目にあの墓に向かった頃、まだ武さんたちを焼いていたはずの倉庫が。
全焼し、崩れた木材がまだ赤く燃えていた。
「……なんで。大輔さんたちが火の番、してたんじゃ」
俺の疑問に、賢人さんは答えない。ただ玄関から脇目も振らずに祭壇の部屋に入って。
そこに立ち尽くしている優斗と。
干からびた、二人分の死体を見た。
「──父さんと母さん、だよね」
崩れるように座り込み、汚れた床で手を伸ばす。
優斗の言葉に驚いたのは俺だけだ。
「そうだ」
絞り出すようにそう言って、賢人さんも床に座り込む。
「昨日──車に乗り込んでから、大輔さんから連絡があったんだ。桜姉さんと孝太さんが、兄さんたちと同じように亡くなったって。……君たちに見せないように、今日は僕の家に泊まってほしいとも書かれてたよ」
「だったらなんで、大輔さんたちまで」
「深夜に電話がかかったんだ。──武兄さんたちと同じように、こっちの声は聞こえちゃいないようだったけどね。うわ言のような言葉を呟き、茜さんと優斗、そして君にしきりに謝りながら、やがて叫び始めた」
「謝る? 俺にまで?」
「理由はわからない。それと、優斗」
二人の死体の傍らにしゃがみこんでいた優斗が、ほんの少しだけ顔を上げた。
「……大輔さんは死ぬ直前の電話口で、君のことを頼んでた。食事をとらせてほしい、優斗は大丈夫だからお腹いっぱい食べなさいと、何度も言ってたよ」
「だから俺に、リゾットを食べさせようとしたの」
「そうだ。……墓を戻し、名を与えても座敷わらし──三科豊の祟りは治まらなかった。それなら食べても食べなくても、結局……」
「……そうだね」
ゆらりと優斗が立ち上がり、また座り込む。
「優斗」
「ごめん。……少し、ここにいたい」
身を縮めて震えた優斗に、俺たちはなにも言えなかった。
数日前、初めてこの家に来たときはあんなに騒がしかった広間が、今は静まり返ってる。
夏休みに遊びに来ただけのはずが、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだろう。
優斗と賢人さんから離れ、誰もいない優斗の部屋で。持ち込んだブロッククッキーを口の中に押し込みながら、俺は日記を書いていた。
きっと優斗も、もうすぐ死ぬんだろう。
賢人さんと俺だけが三科家からはみ出して、残される。その過程を俺はきちんと書けているだろうか。
ここに来ることになった頃は、小説の練習を兼ねてこの日記を書いていた。だけど今となっては、この日記そのものが、事件の真相を伝えるノンフィクション小説として注目されるんじゃないかと、少し期待している。
救出されて三科家全滅の一部始終が世間に知られたら、俺と賢人さんはきっと「時の人」だ。ニュースに取り上げられて、きっとインタビューだって受ける。
もしかしたら殺人犯に疑われるかもしれないけど、疑惑が向くのはたぶん、賢人さんだ。義理の家族から冷たくされていたとかで、動機があると言われるかもしれない。
俺には、そんな疑いはかからないはずだ。
ここで起こっている座敷わらし、三科豊の祟りについてはなかなか信じてもらえないだろうけど──それでも実話として公開すれば、注目されて書籍化する可能性はある。
それは正直、少し楽しみだった。
優斗はいい奴だ。優しくて、おもしろくて、気が合って、大好きだ。
だけどもうすぐ死んでしまうのが分かってるから、悲しむ準備をしている。それは責められることじゃない。
今、ノックが聞こえた。たぶん賢人さんだ。
……ここからは、時間をおいて書いた部分だ。
いつもなら時間の経過に沿って出来事を書くけど、これを聞ける内に書いてしまわなければいけないと強く強く──使命みたいに感じるから、今回に限っては先にこれを書く。
それでも少しくらい経緯を書かないと、あとで読み返したとき、きっと自分でも意味が分からなくなっているだろう。それは困る。
結論から言うと、賢人さんが死んだ。
なぜ賢人さんなんだ、優斗じゃないのか。そう思ったし、優斗自身もそうだったらしい。だけど実際、賢人さんが死んだ。三科家に戻って、優斗があの部屋に籠もった日の昼だ。
賢人さんは俺の部屋に来たとき、変なことを言った。
「優斗、少しは元気になったか?」って。
俺はそれを、俺に対する質問だと思った。だけど違った。
コメント
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そんなに甘い話ではなかったか…