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(嘘、なんでここにいるの?)
驚愕。思考が追いつかず、私は、目の前に現われた黄金の髪の男を見つめていた。こんなにも、目が奪われる人間が現実世界にいるとは思わなかったから。まるで、二次元から飛び出してきたような容姿に、私は口を開くしかなかった。
けれど、すぐに、その思考は打ち砕かれる。
「ちょっと、夏目。何でここにいるの?」
「何故……か、愚問だな。冬華が知らない奴と会うというから、気になってついてきたんだろ」
「つけてきたの間違いね。ストーカーしないで」
「恋人に対しての態度とは思えないな」
「恋人なら、信じて待っていてくれても良いんじゃない?」
目の前で言い争いを始めた冬華さんと、金髪の男は、私の事なんてすっかり置き去りにしていた。私が入っていける雰囲気ではなかったのだ。
恋人、と口にしていたから甘い関係なのだろうが、全くそんな感じがしない。言うなれば、昔の巡と朝霧君みたいな一方通行……
(と言うか、今夏目って、言った?)
聞きお覚えのある名前。そんな、「夏目」何てこの世にごまんとある名前だろう。珍しくもない。でも、その名前と容姿が合わさって、私の中でとある人物が思い出された。
否、何で思い出せなかったのか不思議なぐらいに。
(久遠財閥の御曹司じゃない)
輝く黄金、そしてレッドベリルの瞳。そんな美しい容姿と、夏目という名前を併せ持った人間は、多分私の知る限り一人しかいないと。
「も、もしかして、貴方は久遠夏目さんですか」
「そうだが。お前が、今日冬華と会う約束をしていたという奴か」
ずいっと顔を近づけてきたので、私は思わず後ろに引いてしまった。
そんな整った顔を近づけないで欲しい。別に、格好いい、好き! という感情じゃなくて、ただたんに、そんな綺麗な顔を近づけられるような人間ではないと自分の事を思っているためだ。
それに、財閥の御曹司ともなると……
(久遠夏目が、冬華さんの恋人? 本当にどういうことよ……)
久遠夏目は現実世界(あの世界に馴染みすぎてこんな言い方になってしまうのは不毛だけど……)で、三大財閥と呼ばれる大きな財閥の一角である久遠財閥の御曹司。その黄金に輝く髪と、レッドベリルの瞳が特徴的な、所謂俺様男子。
現実の俺様なんて、嫌だと思っていたけれど、彼だと様になるのが憎たらしい。
(何て言ってられないのよねえ……本当に、二次元から飛び出してきたみたいで)
「冬華が違う男と会っていたら、その男の首を跳ねてしまいそうだからな。女でよかった」
「また、そうやって……現実にはそんなの通用しないの。と言うか……」
と、冬華さんは続けようとして口を閉じた。
二人の会話が、現実味のあるものじゃなくて、それこそ私がいたあの世界のような、身分の差がある世界での話をしているようで引っかかりを覚えた。
だからこそ、冬華さんは私の話を信じてくれたのかも知れないけれど。
「ついてきたんなら仕方ないわね……夏目も座って」
「今日は、ヤケに素直だな。何かあったのか?」
「相手の前で感情的になっちゃいけないと思っただけよ。貴方も、もうちょっと時と場所を考えて。御曹司なんでしょ」
「俺がルールだからな」
「俺様御曹司が」と、冬華さんは嫌そうに顔を歪めて呟いた。それを、面白そうに久遠さんは笑う。
でこぼこな恋人だと思いつつも、私は冬華さんに話を聞いて貰うことにした。久遠さんの登場で当初の目的を、忘れるところだった。
「ああ、ごめんなさい。それで、友人が異世界転生したという話よね」
「は、はい……そうです。冬華さんが原作を担当された乙女ゲームの世界に転生して。わ、私も転生したんですけど……何故か、ここに戻ってきてしまって」
こんな話、普通に聞き入れられているのが可笑しいのに、私の口は止らなかった。どうにか伝えて、分かって貰おうと。説得するという気持ちしかなかった。
馬鹿げた話。現実味のない話。
それは一番私がよく分かっている。でも、あの世界を経験したからこそ、こうして誰かに伝えようと思っているんだ。それが、原作者なら尚更。
冬華さんは、うんうんと相槌を打って話を聞いてくれていた。久遠さんも不思議がりながらも、口を挟まなかった。先ほどの様子じゃ「現実味がない話だろ。付合っているだけ馬鹿馬鹿しい」と言われそうだったのに。久遠さんも真剣に。
(何だか調子狂うけど……)
そうして、一通り話し終えて、私は息をついた。ノンストップで話していたため、息が切れてしまったのだ。
「……そう、そうだったのね。話してくれてありがとう」
「そんな……私の話なんて、普通聞き入れて貰えるような話じゃないですし……でも、冬華さんはどうして、そんなに真剣に聞いてくれるんですか?」
疑問。
私は、それをぶつけた。だって、普通なら可笑しいから。
冬華さんは瞬きをして、首を傾げた。逆にこっちが可笑しいとでも言うような仕草に、また違和感を覚える。もしかしたら、冬華さんも……何て言う妄想が膨らんでいく。もしかしたら、一年間に行方不明者が出るのは転生が起っているから何じゃ……何てさえ思ってしまった。
「まあ、私の作った話だから……気になるというか。もし、転生があったら面白いなあとは思うから……かな。でも、そんなの気にしなくて良いから。私は、その人の本当だけを信じる。だって、嘘じゃないんでしょ?」
と、冬華さんは優しく微笑んだ。
そんな風に笑える人なんだと、驚きつつも、私は小さく首を振った。
(器の大きい人というか、何というか。でも、信じてくれたことが嬉しかった)
巡もこんな気持ちだったのかなあなんて思った。巡がこれまでエトワールとして攻略キャラと関わる中で、ぶつかることもあったけど、信じてくれたこと、打ち解け合うことが出来たことが何よりも嬉しかったと言っていたように、私もきっとその時の巡と同じ気持ちなんだと。
私がそんな風に一人心を熱くしていると、それまで黙っていた久遠さんが口を開いた。
「その友人……今はどうしているんだ?」
「どう……とは?」
「お前は、一度死んで転生し、また死ぬ前の世界に戻ってきたと言った。だが、その転生した残り三人は今現実でどうなっているのかという話だ」
「確かに、夏目の言う通りね。連絡はしてみたの?」
冬華さんも、久遠さんの話に乗っかって私に聞いてきた。
二人に言われたとおり、確かに、転生した人が今現実でどんな状態なのか知らなかった。もし繋がったら、それは平衡世界線とかいう話になってしまう。さらに、その現実味が薄れてしまう。
そんなこと考えるだけ無駄だと分かっているし、最も言うと、そこはあまり関係ないんじゃ無いかと思った。まだ、巡や朝霧君に連絡を入れたわけじゃないけれど。
(試す価値はあるけれど、私が戻るべき世界はあっちだから)
転生した人達がここで生きていたとしても、私が守るべき人はあっちの世界にいる。だからこそ、戻る前提で、こっちの話はもう置いていきたいと思っている。
「もし、生きていたとしても。普通に生活していたとしても。戻るべき世界はあっちなので」
「確かにそうね。貴方は、あっちの世界の住民という感じがするから」
「冬華さん……」
「でも、念のため知っておくのが良いんじゃない?」
冬華さんは、私に同調しつつ、一応確認するべきだと私に言う。私はその意見を聞き入れて、連絡を入れようとする。すると、久遠さんが不思議なことを言うのだ。
「そう言えば、最近、遥輝から連絡が来ないな……」
「遥輝……遥輝って、朝霧遥輝の事ですか?」
「あ、ああ、そうだが。それがどうした?」
久遠さんは、私が食いついたことに目を丸くしながら、応えた。久遠さんと、朝霧君が繋がっているとでも言うのだろうか。
「その、朝霧君も転生しているんです。あの世界に」
「遥輝が? どんな奴に?」
そこで、食いついてくるのかと私は苦笑いしつつ、一応、リース・グリューエンというキャラに転生していると言うことを伝えると、冬華さんは、なんとも言えない表情になっていた。冬華さんには先ほどの会話の中で、攻略キャラは死なない、という事を聞いていたから、また違う理由で、そんなかおをしているのだろうと思う。
「ふ、ハハッ、遥輝が皇太子にか……まあ、彼奴なら上手くやるだろう」
「……随分と軽いんですね。心配とかはないんですか」
「遥輝だからな。俺の影響を受けていると自分から口にした男だ。上手くやるだろう」
何処からそんな自信が溢れてくるのか聞きたいところだったが、私は口を閉じた。そこは重要じゃない。でも、確かに、久遠さんと、朝霧君……リース・グリューエンとなった朝霧君には重なるところがある気がした。俺様の所とか。
そんな話はさておいて、冬華さんから、エトワールストーリーの全容を聞き出すことが出来た。どんなストーリー、結末。そして、ヒロインの立ち回りや、攻略キャラの心情など。
聞けば、聞くほど納得できて、それでいて私達が感じていたあの世界の違和感も気づくことが出来た。
冬華さんの設定の細かさに、心理描写の細かさに圧倒された。
あの乙女ゲームは、ただ攻略キャラを攻略するだけじゃないと言うこと。プレイヤー側が幸せになることだけを前提に作られているんじゃないことを知った。
攻略キャラに寄り添うのがプレイヤー側に求められているものなのだと。
「ありがとうございます。これで、色々分かりました。本当に冬華さんは凄いですね」
「……ありがとう。そんなことを直接言って貰える機会なんて無いから。新鮮ね」
冬華さんは少しだけ嬉しそうに頬を染める。
エトワールは幸せになれる。これが大きな収穫だった。
そして、誰も悪くないと。本物の悪役がいない乙女ゲームなのだと。
私は二人に頭を下げてカフェを出る。久遠さんには、朝霧君とその親友である日比谷君にもよろしく頼むと言われ、冬華さんは諦めずに頑張ってと言われた。
どうやってあの世界に戻るかはまだ考えていないけれど、次は、もう一つの疑問である「廻」について調べようと思う。現実世界にいられるうちに。
「はい、どちら様でしょうか」
「初めまして、私、巡さんの親友の万場蛍と言います。『廻』さんについて聞きたいのですが、お時間よろしいでしょうか」
私は、天馬家の実家に直接出向き、巡の両親にそう頭を下げた。