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世の中すべてが思い通りにいかないことは、今までの経験上わかっていた。わかってはいたが――。
(どれもこれも自分の手をすり抜けてしまうとは、予想だにしなかった……)
仕事を順調にこなして、定時で会社から出た。その足でコンビニに寄り、夕飯を手にして帰宅。それを食べ終えシャワーを浴びる。いつものようにビール片手に愛用しているデスクに赴き椅子に腰かけ、気だるげにパソコンの電源を入れた。
それが起動する間に今回のことにおける、自分の反省点を見つめ直す。落ち度がどこかになかったか、しっかりと思い出した。
メインのサイトで話が盛り上がった相手との逢瀬は、一目見た瞬間にすぐ帰りたくなった。理由は相手が、高橋の好みの範疇から大きく外れていたせい。会話が適度に盛り上がっただけに、残念と言える。
世界最大級のタイヤ会社のマスコットキャラクターのようなボディで近寄られ、その威圧感にたじろいでしまい、ひとことも言葉が出なかった。
「石川さんっ、はじめまして。中山ですぅ」
自分を見下してくる巨体が、にたぁと不気味に笑いかけてきたので、つられるように愛想笑いしたのだが、思いっきり引きつったのがわかった。
「さっそく、ふたりきりになれる場所に行きましょう。ね?」
「へっ? やっ、あの……」
待ち合わせした、駅前のシンボルになっている銅像前から強引に腕を引かれ、ホテル街に続くであろう道へと誘導されてしまう。
「石川さんってばどんなふうに、僕を食べてくれるんでしょうねぇ」
(無理無理無理! 全身ボンレスハムの躰なんて、食べることは絶対にできない。腹を下すに決まってる!!)
高橋は慌てて空いてる手で、ポケットに入っているスマホに触れると、仕事用で使ってるスマホにダイヤルした。
「あっ、会社から電話が入った。ちょっと待っててくれ」
派手なコール音のお蔭で、相手の動きを見事封じることに成功。嬉々としてスマホに出て、小芝居を見せつける。
「もしもし、石川です。はいはい。ええ、ん~それは厄介ですね、わかりました。今から向かいます」
すぐ傍で高橋の話を聞いてる間に、男の顔が不機嫌なものに変わっていった。その様子に一瞬たじろいだが、ビビってる場合じゃない。
「中山くん、逢ったばかりなのにごめんね。現場でトラブルが発生したみたいで、責任者の俺が行かなければならないんだ」
「そんなぁ!」
「本当にごめん。この埋め合わせは、次回に必ずするから」
引きつった笑顔をそのままに、逃げるようにその場を後にして駅へ引き返したのだった。次回の逢瀬はもうないよと思いながら――。
電車を待っている間に、スマホからメインのサイトへアクセスし、中山くんをブロックして二度とアクセスできないように設定した。別のハンドルネームで接触してきたら、そのときに考えることにする。
そんな先週末のやり取りを思い出し、起動したパソコン画面を見ながら,顎に手を当てて考えた。高橋の想像を超えた中山くんのダイナマイトボディ同様に、サブのサイトで自分にアクセスしてきたはるさんから、返事が一向に来なかったのである。
(自分の疑問が解消したから、こっちからの質問をスルーしたのか――)
すべてにおいてタイミングが悪いなと、不機嫌丸出しのまま缶ビールを飲んでメールチェックした高橋の目に、『コメントが届いています』の文字が飛び込んできた。
「どーせこの間のコメントに助けられました、ありがとうございますぅのお礼メールだろう」
卑屈になりつつも、手紙マークをぽちっと押す。
「何だ、これ?」
そこにあったのは、サブのサイトからのメッセージで、高橋が予想したお礼メールではなく、長文でぎっしりと書かれた、待ちかねていたユーザーからのものだった。
『石川さんへ
はるです。お返事が遅くなってしまい、すみませんでした。質問に答えてくださっただけじゃなく、自分の抱えている悩みを訊ねられるとは思ってもいなかったので、正直驚いてしまいました。
何から書いていいか分からず、考えている間に時間が経ってしまった次第です。
まずは詳しく自己紹介からはじめますね。俺は○×市に住む大学生で、石川さんよりも年下です。自分が他の友人との違いに気がついたのは――』
ご丁寧に自己紹介からはじまり、これまで歩んできた経歴から、初恋の話や悩みに至るまでの個人情報がびっしり書かれている文章を、じっくりと時間をかけて読み倒した。
○×市という地名で、笑みが浮かばずにはいられない――高橋が住んでいる場所に、ほど近いところだった。
彼からのメッセージの返事をすぐに書き込み、誠実さをここぞとばかりにアピールした。ついでに住んでいる場所が近いということも書き込んでみたら、逢いませんかというコメントが届いた。
あまりのとんとん拍子に、つい最近逢瀬した中山くんのダイナマイトボディを思い出した高橋だったが、美青年でありますようにと心の中でお願いしながら、上手いこと約束を取りつけたのだった。