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「期間限定の契約結婚?」
そもそもジスランは持参金さえ満足に用意できない私を何故選んだのか理解不能。初めての恋に溺れて冷静になれてなかったが、この恋の綻びが沢山見え始める。
「正直に言います。私、ジスランの愛が信じられません。私も貴方が好きか分からなくなったんです。だから一年の期間を設けた契約結婚してお互いを生涯の伴侶として愛せない場合は別れましょう」
「僕が好きか分からない? じゃあ、少し早いけど分からせてあげようかな」
ベッドに手を付き、今にも一日早い初夜を始めそうな勢い。彼が私に顔を近づけて来たところで私は彼の口を手で塞いだ。
「!?」
ジスランは私の態度に目を丸くしている。初夜をフライングしようとするなんて、私は彼への不信感を強めた。
「一つ、初夜は一年のトライヤル期間終了後、お互いの気持ちを確認し真の夫婦になるまでは延期です」
「はぁ? なんだよそれ、何の為に明日結婚するんだよ」
私の手を振り解き、発したジスランの言葉に心が沈む。軽薄な物言いに心が傷つく。
「ジスラン、私を抱いてみたくて結婚するのですか?」
私の指摘にジスランの目が泳ぐ。千年の恋も冷める瞬間。本当に鏡の女の言う通り、彼は珍しい芋を食べてみたかっただけのようだ。
「あと、もう一つ。私と一年後に真の夫婦になる際には生涯私だけを妻とすると約束してください」
契約内容をもっと細かに設定したかったが、私の精神が限界。
今、少し話しただけでジスランが私の思ってたような男ではないと分かる。
私はジスランに期待していた。
私を苦界から助け出してくれた私だけを永遠に愛してくれる王子様。
冷静になって見ると私は彼のことを何も知らない。
「僕はフェリシアの為にも、ゆくゆくは側室を娶るつもりだ」
キリッと真剣な眼差しで言われた言葉にますます落ち込む。
「私の為?」
「君は満足に妃教育を受けていないだろう? ダンスでさえまともに踊れない」
結婚前夜に私の心は新郎によってナイフで傷つけられていた。
三歳になってすぐ母が亡くなり、父は母に似ている私を遠ざけ無関心になった。私の父は四歳の頃再婚。継母のイライザには二人の連れ子がいた。継母のイライザは私には貴族教育を施さなかった。七歳で父が亡くなってからの生活は食事さえままならない地獄。思い出すだけで怒りと悲しみで体が震える。
「努力します。私ができる最大限の努力を⋯⋯ジスランが私だけを愛してくれるなら。貴方のために命懸けで尽くします」
ジスランは私がどれ程の気持ちで彼の元に来たのか理解していない。軽薄な男と分かった後も、私は情けなくも彼に期待している。
私の言葉に首を傾げている彼を見ていると悲しくなる。私は贅沢な王宮暮らしがしたかったのではない。たった一人の人に愛される幸せが欲しくてここにいる。
「跡継ぎの男児を産むプレッシャーもあるだろうし、君の為に側室は必要だと思う」
彼が一夫多妻制の国の王子だから許される物言い。彼に心酔していた時の私だったら、素直に受け止められていた言葉の数々。
「ジスラン、自由に女を抱きたくて私と結婚したかったのですね。貴方の元婚約者のご実家の力はお強いから、そんな事は許さなかったでしょうし」
私の棘のある言葉に、ジスランの顔が引き攣る。
彼は半年前まで、才女と有名なアメリア・ノリッジ公爵令嬢と婚約していた。
二人の婚約破棄は性格の不一致とされていたが、政略的婚約がそのように破棄されるのは珍しい。
おそらく彼の浮気癖が露見して、アメリア嬢が耐えられなくなったのだろう。実に賢い女性らしい選択。
ノリッジ公爵は王家との繋がりより、娘の幸せを願ったのだ。
私は深呼吸をした。
もう、一年という期間を設けず彼に見切りを付けても良いのかもしれない。
地獄のような家を出る目的は達した。そして、私はもう自分を愛していない人と家族になることはしたくない。私の心は母が亡くなってからずっと孤独で悲鳴をあげている。
「ジスラン、結婚はやめましょう。期間限定の契約結婚の話は忘れてください。貴方の幸せを祈ってます」
ベッドから立ちあがろうとする私の手首をジスランが掴む。
「フェリシア、何がしたいの? 全く君が理解できない。明日の結婚式は他国の招待客を招いて行う国婚。君のそのくだらない駆け引きに付き合って、キャンセルしてよいものではないんだ」
私はジスランの呆れたような表情を見たくなくてギュッと目を瞑った。
彼には私が駆け引きしているように見えている。
私たちは確かに恋に落ちた瞬間があったけれど、それは泡沫の恋。
私が求めるものではなかったようだ。
「分かりました。ジスラン。明日は予定通り結婚式を挙げましょう」
ジスランは私の言葉に心底ホッとしたような顔をするが、私の心は沈んでいる。全く通じ合っていない彼と私。ハッピリーエバーアフターなど程遠い。
「はぁ、別に駆け引きは恋のスパイスとして嫌いじゃないんだけどね」
私に当たり前のようにキスをしようとしてくる彼の頬を私は思いっきり引っ叩いた。
ジスランは打たれた頬を抑えて絶句している。
「ジスラン、周囲の混乱を招かないよう、私は完璧な花嫁を演じます。明後日は舞踏会もありますね。下手なダンスも練習して貴方に恥をかかせないようにしますわ。だから、一年後には必ず離婚してください」
「えっと、何を怒って⋯⋯」
「何も怒ってません。ただ、ジスランへの気持ちがなくなっただけです。結婚式を挙げなければならないのなら花嫁の役をやり遂げます。期間限定と言いましたが、貴方からの離婚はいつでも受け付けます。さあ、部屋を出ていって! 王子様」
扉を開けてジスランに退出を促す。
彼は自分の頬を撫でながら納得行かなそうに部屋を出て行った。
彼が出て行った途端、堪えていた涙が溢れ出す。
明日は結婚式。
皆が花嫁である私に注目する。
だから、早いところ泣き止んで目が浮腫まないようにしなければならない。
♢♢♢
結婚式の控え室。
茶髪を束ねた薄茶色の瞳のメイドが私に挨拶をする。
「今日から、フェリシア様の侍女を務めさせて頂きます。エイダ・ゴダードです」
まるで初めましてのように挨拶をしてくる彼女を私は知っている。
彼女は義姉クラリスの友人の子爵令嬢。
私が食事を与えられず森に入りキノコを採って帰った時に、彼女はクラリスとお茶をしていた。ガーデンテラスでお茶をするクラリスに見つかってしまい、キノコを集めた籠をひっくり返された私を嘲笑したエイダの顔は忘れない。
(立場が変われば、私に頭を下げるということ?)
嫌がらせが大好きな義姉の友人がそんな甘いはずがない。私は純白のウェディングドレスに針でも仕込んでないか確認する。
「フェリシア様、急ぎませんとジスラン王子殿下がお待ちですよ」
私を馬鹿にした過去を忘れたかのように、微笑みながら私のコルセットをキツく縛るエイダ。
「エイダ、侍女は変えて貰うつもりだから」
冷たく言い放つ私の言葉が聞こえないように振る舞う彼女。
「本当に枝のように細いウェストですね。羨ましいですわ。何を食べてたら、こんなに細いウェストになるのか⋯⋯」
その後もエイダは私に黙々とウェディングドレスを着させる。繊細なレースに贅沢に宝石を使った夢のようなプリンセスラインのドレス。
姿見に映る自分が幸せそうな花嫁の顔をしていなくて、慌てて口角を上げ微笑みを作った。
何事もなかったと、ホッと真っ白な靴を履いた瞬間だった。
「い、痛っ!」
慌てて靴を脱ぐと右足の指から流血している。
靴の中を見ると複数の針が入っていた。
「大変、誰がこんな事を!」
エイダが驚いたような顔をしているが、表情を作っているのが丸わかりだ。口元が歪んで薄ら笑いを浮かべている。
「出てって、エイダ! 私は王子妃。貴方はただの子爵令嬢。この件が及ぼす実家への影響を考えるべきだったわね」
「誤解です。フェリシア様」
私が何も文句を言わず血を流しているだけだと思ったのだろう。
確かに実家にいた時は、反論しても意味がなく虐待される時間が過ぎ去るのを無言で耐えていた。
控え室の中の騒ぎに気がついたのか、ジスランが慌てたように中に入ってくる。私が流血した足を抱え座り込む姿を見て顔面蒼白の彼は私を心配してくれているようだ。
「ジスラン、この侍女を解任してください。王子妃である私を傷つけました」
ジスランはゆっくりと頷き、険しい眼差しでエイダを睨み付ける。
「ジスラン王子殿下、何か誤解があったようで⋯⋯」
エイダは冷や汗を流しながら言い訳をしようとしていた。
「僕の愛する花嫁を傷つけてタダで済むと思うなよ。フェリシアは今日王族になる。王族を愚弄した罪でエイダ・ゴダード、君を国外追放にする。また、ゴダード家へも負って沙汰を下す。今のような貴族の暮らしができると思うなよ」
エイダは慌てたようにジスランの足にしがみつく。
「違います。私は何もしてません」
「僕の花嫁が虚言を吐いているとでも? 罪を重ねたくなければ、即刻ここから立ち去れ」
ジスランの剣幕に真っ青になったエイダはつんのめりながら部屋を逃げるように出て行った。
右足の生々しい傷口から血が滲んでいる。
手で止血している私にジスランが駆け寄ってきた。
眼前に跪いて私の足の指から流れる血を口で吸い出す彼。
「ジ、ジスラン」
突然の彼の行動に心臓の鼓動が早くなる。
「頬が高揚している。少しは僕への気持ちが戻ったかな? 今、医者を呼ぶ」
「いいえ、時間がありません。適当に応急処置をして教会に向かいます」
私は思いっきり、自分の右足の指を手で握って血を止めて靴を履いた。
「それでは、応急処置にもなってない。せめて消毒を!」
慌てるジスランに私は首を振った。
「幸いこの靴はガラスの靴ではありませんし、血が滲み辛い素材でできています。行きますよ王子様」
立ち上がると痛みが走り、よろけてしまう。
ジスランは慌てて私を支えた。
「頼ってくれ。僕は君に頼られるのは嫌いじゃないんだ」
私がジスランのエスコートしようと出した手をキュッと握ると彼が美しく微笑んだ。一瞬、ドキッとしたが直ぐに冷静になる。
「期間限定の夫婦ですが宜しくお願いしますね」
私の言葉に彼は真顔になる。私は足の痛みに耐えながら、口角をあげ必死に微笑みを作り続けた。
「また後で、僕の愛おしいフェリシア」
ジスランは私の頬に軽く口付けをして、教会の中に入って行った。
教会の前で真っ赤な髪を靡かせた継母イライザが私を待っていた。
私を苦しめ続けた彼女は相変わらず私を見下すような目つきで見る。
「良くもまあジスラン王子殿下を、たらし込んだものね。令嬢としての振る舞いも身に付けていない貴方なんて、直ぐに飽きられるんでしょうけれどね」
「イライザ、口を慎みなさい。なぜ、貴方は今も私にそのような口が聞けるの? 立場を弁えないと痛い目を見るわよ」
「煌びやかなドレスを着て王子妃になったからって乞食のような生活をしてきた娘が調子に乗ってるのね。どんな下品な手段で王子を籠絡したのかしら」
一瞬、脳裏にシャリエ家での地獄の日々が蘇り身体が震える。私は深呼吸し心を落ち着けた。
「イライザ、貴方こそ妻を失ったお父様を懐柔した下品な色気は健在ね。こういう正式な場では髪は纏め上げるものよ」
イライザは私が反論していることに目を丸くしている。
「何を偉そうに。これまで血が繋がってもいないのに育っててやった恩は返して貰うわよ」
「もちろんよ」
私の返事に一瞬で気をよくするイライザ。
当然彼女にはとびきりのお返しをしてやるつもりだ。