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「胸のシリコンが痛むナリ」

Kが言ったので、ズボンを履きながら彼の方へ目をやった。

Kは生まれたての赤子のように、全裸で横たわっていた。

カーテンのすき間からさしこむ夕陽が、その裸体をベッドの上に赤く染めて浮かび上がらせていた。

まだ潤んでいる瞳、涎まみれになった唇、寝転んでいてもぽっこりと出ている腹、うっすら生えた陰毛と縮んだペニス。

Kは僕と目が合うと、「とっても、とっても痛むナリ」と繰り返した。

「豊胸手術がうまくいかなかったのかな。医者に行った方がいいかもしれないね」

「ちがう」

Kは首を横にふった。

「そういう痛みではないナリ。ちくちく、ちくちくと痛む感じナリ」

「鎮痛剤を飲んで少し休めば、きっと落ち着くさ」

僕はYシャツのボタンを留めながら言う。

「まだチェック・アウトまでは時間がある。一眠りしたらどうだい」

Kはこたえず、乳房に手を当てたまま天井を見つめている。

僕は洗面所でネクタイをしめ、乱れた髪をくしで整える。

「もう、行っちゃうナリか」

かすれたKの声がする。行為の最中は僕の一部を痛いほどぴんと張り詰めさせた声。今では耳障りで仕方ない声。

「しょうがないだろ。Hさんに頼まれた事務所の仕事はまだ残っているんだ、今日中に済ませないと」

三文ドラマのセリフみたいだ。仕事にかかりきりな男と、それをなじる女。

ひとつ違うのは、どちらも男ということくらいか。

「ねえ、Y君」

ドアに手をかけたとき、Kの声が飛んできた。

「なに」

僕は振りかえらずにこたえる。

「クリスマス、どうしてもダメナリか。Hのコネでよい景色のレストランを予約できるナリが……」

「すまない。埋め合わせは必ずするから」

返答は、ない。

遠くで救急車のサイレンが鳴っている。

サイレンがやがて聞こえなくなってしまった頃、Kが小さく言う。

「当職のこと、愛してる?」

自覚するほどに間を空けてしまってから、僕はこたえる。

「当たり前だ」

「ちゃんと言ってほしいナリ」

「……愛してるよ、K」

ふふっと小さな笑い声。

「当職もナ――」

その言葉を最後まで聞き届ける前に僕は部屋を出た。

うつろい/象牙の塔の瓦解(全6話)

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