テラーノベル
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桃 姫@フォロバ
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第1話:檻の底の奇跡と、凶暴な救世主たち
冷たく湿った石造りの地下室には、常に鉄と腐敗の匂いが充満していた。
かすかな松明の光すら届かない最深部。そこに設置された頑丈な鉄籠(かご)こそが、少年の世界のすべてだった。
貴族:「ほら、さっさと血を出せ。今日の分の『薬』だ」
太った男――この館の主である強欲な貴族が、下卑た笑みを浮かべながら鉄格子越しに太い針のついた注射器を突き刺す。
腕を貫く鋭い痛み。しかし、少年――シオンは、もう悲鳴をあげることすら忘れていた。
貴族:「ふむ……相変わらず極上の輝きだな。この血をひと口あおるだけで、病は立ちどころに癒え、肌にはハリが戻る。まさに不老不死の秘薬……! 人魚の生き残りなどを競り落とせて、私は実に幸運だった」
貴族はガラス瓶に溜まっていく鮮血をうっとりと眺め、シオンの頬をペチペチと汚らしい手で叩いた。
シオンの腕には、何千、何万と重ねられた注射痕と切り傷の跡が残っている。
だが、その凄惨な傷痕は、驚異的な治癒力によって数時間もすれば綺麗に塞がってしまっていた。傷が治るからこそ、何度も何度も血を絞り取られる。治るという祝福が、彼にとっては永遠の拷問だった。
ボロ布のような服を纏い、細く痩せた体。
しかし、どれほど過酷な環境に置かれても、シオンの白い肌は白磁のように美しく、濡れた蒼海の色をした瞳は、濁ることなくどこまでも透き通っていた。
シオン(心声):(痛いなぁ……寒いなぁ……。でも、僕の血でこの人が元気になれるなら、これでいいのかな……)
檻の中で丸くなり、シオンは小さく息を吐く。
生まれてからずっとこの場所しか知らないシオンにとって、「外の世界」も「自由」も、想像すらできないおとぎ話だった。自分はただ、血を提供するだけの「道具」なのだと信じ込んでいた。
その時だった。
ずしん、と地響きのような爆音と揺れが地下室を襲った。
貴族:「な、なんだ!? 何が起きた!?」
貴族がうろたえ、手下の私兵たちが慌ただしく階段を駆け下りてくる。
私兵:「旦那様! 大変です! 奴らです……『黒狼号』が攻め込んできました!」
貴族:「な、なに!? あの極悪非道の海賊どもがなぜここに!?」
私兵:「わかりません! 奴ら、館の警備を瞬く間に全滅させて、宝物庫へ一直線に――」
悲鳴が途切れると同時に、地下室の頑丈な鉄扉が爆風とともに吹き飛んだ。
煙と火の粉が舞い散る中、緩やかな足取りで入ってきたのは――数人の男たちだった。
私兵:「ひぃっ……!」
私兵たちが腰を抜かす。
その中心に立つ男から漂う圧倒的な圧迫感に、地下室の空気が凍りついた。
漆黒のコートを羽織り、腰に巨大なカットラスを差した男。引き締まった体躯、野性的な色香、秩序をあざ笑うかのような冷酷な金色の瞳。
この全海域を支配し、国家すら恐れる最強の海賊船『黒狼号』の船長――レヴィだった。
レヴィ:「……何だ、この臭気は。豚の飼育小屋の方がまだマシだな」
レヴィは不快そうに鼻を鳴らすと、冷ややかな視線を貴族に向けた。
貴族:「レ、レヴィ船長! 頼む、命だけは……! 財産ならいくらでもやる! 金貨も宝石もすべて持って行ってくれ!」
レヴィ:「命乞いか。つくづく反吐が出るな」
レヴィが軽く手を挙げると、その背後から大柄な男が前に出た。元騎士の用心棒、ガルドだ。ガルドは無言で剣を抜くと、一瞬で私兵たちを薙ぎ払い、貴族を圧殺した。絶叫が上がり、血飛沫が壁を染める。
シオンは檻の中から、その光景をぼんやりと眺めていた。
シオン(心声):(すごい……あっという間に……。あの人が、僕の新しい『ご主人様』になるのかな……?)
フェニ:「船長、宝物庫の回収、完了しました〜。……おや? こんなところに珍しい『先客』がいますね」
軽快な足取りで現れたのは、優しげな笑みを浮かべた男――航海士のフェニだった。狐のような細い目をさらに細め、フェニはシオンが入っている鉄籠を覗き込む。
フェニ:「へぇ……噂には聞いていましたが、本当だったんですね。地下室で飼われていた『人魚の血を引く子供』。不老不死の薬、でしたっけ?」
レヴィ:「ほう」
レヴィが歩み寄り、鉄格子越しにシオンを見下ろした。
シオンの蒼い瞳と、レヴィの金色の瞳が正面からぶつかる。
恐怖でガタガタと震えるかと思いきや、シオンはただ「不思議そうに」レヴィを見上げていた。
レヴィ:「……恐怖を感じていないな。壊れているのか?」
フェニ:「無理もないですよ、船長。見てください、この腕の傷。相当ひどい搾取を受けていたようです。……どうします? 売り飛ばせば国が買えるほどの値がつきますよ」
ガルド:「チッ……胸糞悪いガキだ。そんな怪しい血の噂なんぞ、俺は信じねぇがな」
レヴィはしばらく無言でシオンを見つめていたが、やがて短く言い放った。
レヴィ:「ガルド、鉄格子を破れ。連れて行くぞ」
ガルド:「了解です」
ガルドの巨大な斧が一閃し、頑丈な鉄籠が悲鳴を上げて崩壊した。
ガルドはシオンのボロボロの首襟を乱暴に掴み上げると、ひょいと荷物のように肩に担ぎ上げた。
シオン:「あ……」
初めて触れられる、自分以外の「人間」の体温。
乱暴で、無骨で、血の臭いがするけれど――貴族の冷たい注射器より、ずっと温かい。
シオン(心声):(あたたかいな……)
シオンはガルドの背中で、ふわっと安心したように目を細めた。
それが、少年と狂乱の海賊たちとの、最初の出会いだった。
◇
数日後。
どこまでも広がる青い海と、どこまでも青い空。
波をかき分けて突き進む超大型海賊船『黒狼号』の甲板で、シオンは呆然と佇んでいた。
シオン:「……血を、吸われない……?」
小さな手で自分の胸を触る。
海賊船に連れてこられてから数日。シオンは暗く狭い部屋に閉じ込められることもなく、それどころか、日当たりのいい小さな個室を与えられ、毎食温かいスープと柔らかいパンを食べさせられていた。
貴族の館にいた頃は、冷たい床の上でカビの生えたパンくずを齧っていたのに。
さらに驚くべきことに、誰もシオンに針を刺そうとしないし、刃物を突きつけて「血を出せ」とも言わないのだ。
シオン(心声):(どうしてだろう……? 僕は『薬』なのに。血を搾り取るために買われたはずなのに……)
シオンの頭の中は、「?」マークでいっぱいだった。
彼らの顔は全員恐ろしい。全身刺青だらけの荒くれ者や、鋭い刀傷のある男たちがゴロゴロいる。だが、シオンが廊下を歩いていると、男たちはなぜか気まずそうに目を逸らしたり、「おいガキ、足元気をつけろよ」とぶっきらぼうに声をかけてくれたりするのだ。
シオン(心声):(みんな……本当はお顔が怖いだけで、とっても優しい人たちなんだ!)
すっかり勘違いをしたシオンは、この船を「天国のような場所」だと認識してしまった。
自分を助けてくれた(と勘違いしている)この海賊たちに、何か恩返しがしたい。役に立ちたい。
そんな純粋で無垢な決意が、シオンの胸に芽生えていた。
しかし、シオンは知らなかった。
彼がただの「珍しい子供」として扱われているのは、船長であるレヴィが「俺の許可なくそのガキに手を出すな。破った者は海に叩き落とす」という厳命を下していたからだということを。
男たちは、シオンの絶品と称される人魚の血の匂いに生唾を飲み込みながらも、船長の恐怖政治によって必死に理性を保っていたのだ。
そう――シオン自身が、その理性の糸を「無自覚」に断ち切ってしまうまでは。
◇
その日の午後、甲板は不穏な熱気に包まれていた。
午前中に発生した小型海賊船との遭遇戦。圧勝ではあったものの、前線で暴れ回った用心棒のガルドが、腕に傷を負って戻ってきたのだった。
ガルド:「チッ……浅手だが、不快だな」
ガルドは甲板の樽に腰掛け、荒々しく服の袖を破り捨てた。
太い丸太のような腕には、相手の剣で切り裂かれた生々しい傷口が開いており、赤い血がダラダラと垂れ落ちている。
周囲の船員たちが「ガルドさん、傷薬持ってきましょうか?」と気遣うが、ガルドは「いらん、放っておけば塞がる」と吐き捨て、苛立たしそうに煙草に火をつけた。
元騎士でありながら、ある事情で国を追われ、海賊に身を落としたガルド。
ぶっきらぼうで寡黙、情を嫌うこの男に近づこうとする者は、船内にもそう多くはない。
だが――そんなガルドへ、トコトコと迷いなく歩み寄る小さな影があった。
シオン:「ガルドさん!」
ガルド:「……あ?」
ガルドが恐ろしい眼光で振り返る。並の男なら悲鳴を上げて逃げ出すような圧迫感だ。
しかし、シオンはまったく怯む様子もなく、むしろ心底心配そうに眉を八の字にしてガルドの腕を見つめていた。
シオン:「血がたくさん出ています……! 痛そう……大丈夫ですか?」
ガルド:「……ガキか。お前には関係ねぇ。失せろ」
ガルドはシオンを追い払おうと手を振った。だが、シオンは引かなかった。
ぎゅっと拳を握り締め、ガルドの目の前に踏み込んでくる。
シオン:「関係なくないです! ガルドさんは、僕をあの暗い場所から助け出してくれた命の恩人です。だから……僕、ガルドさんのお役に立ちたいんです!」
ガルド:「はぁ? 何言ってやがる。俺はお前を助けたんじゃねぇ、船長が戦利品として――」
シオン:「はい、どうぞ!」
ガルド:「……あ?」
ガルドの言葉が止まった。
シオンが、なんの躊躇もなく自分の細い人差し指を口の中に放り込み、ぷつりと白い歯で噛み切ったのだ。
指先から、じわりと滲み出る鮮紅色の血。
その瞬間――甲板の空気が一変した。
風に乗って漂う、あまりにも甘く、官能的で、脳を直接麻痺させるような濃密な香り。
ただの血液の臭いではない。人を狂わせ、不老不死へと誘うという「人魚の血」の香気。
ガルドの喉が、ゴクリと大きく鳴った。
ガルド:「な……お前、何をして……」
シオン:「僕の血を吸ってください!」
シオンは天使のような無垢な笑顔で、鮮血の滲む指先をガルドの口元へ差し出した。
シオン:「僕の血を飲むと、傷がすぐに治るんです。痛いの、なくなります。だから……早く吸ってください!」
ガルド:「お前……狂ってんのか……!?」
ガルドの顔色が激変した。
この血がどれほどの価値を持つか、世界中の王侯貴族がどれほど喉から手が出るほど欲しがっているか。それを、この少年はただの「かすり傷」を癒やすために、まるで飴玉でも差し出すかのような無造作さで提供してきたのだ。
シオン:「価値なんて、僕にはよく分かりません。でも……仲間が痛い思いをしているのを放っておくなんて、できません!」
ガルド(心声):(仲間――?)
ガルドの頭の中に、その言葉が強く響いた。
誰も信用せず、暴力と金だけで生きてきた自分たちを、この少年は疑いもなく「仲間」と呼んだのだ。
ガルド:「くっ……!」
ガルドの視線が、シオンの指先から、その細い首筋へと移る。
ボロ布のような服の隙間から覗く、透き通るように白い首筋。脈打つ鎖骨。そして、自分を心から信頼し、潤んだ瞳で見つめてくる無防備すぎる表情。
ガルド(心声):(こいつ……自分がどれだけ危険なことをしているか、分かってねぇ……!)
ガルドの胸の奥で、恐ろしい「何か」が芽生え始めていた。
血の力などどうでもいい。ただ、この無防備な首筋に噛みつき、自分の歯型を刻み込みたい。この純粋な存在を乱暴に抱き潰し、自分だけのものにしてしまいたいという――凶暴で猛烈な「独占欲」。
シオン:「吸わないんですか……? じゃあ、僕から……」
シオンは痺れを切らしたように、ガルドの胸板にぽんと小さく手を置き、背伸びをして指先をガルドの唇に押し当てようとした。
距離が一気に縮まる。シオンの甘い体温と、甘い吐息がガルドの顔にかかる。
ガルド:「やめろ……! ガキ、離れ――」
ガルドが理性を失いかけ、シオンの細い腰を掴んで引き寄せようとした、その時。
レヴィ:「――そこまでにしてもらおうか」
極寒の吹雪のような冷たい声が、甲板を切り裂いた。
◇
ガルドの動きがピタリと止まる。
振り返ると、そこには船長のレヴィが立っていた。
その金色の瞳は、かつて見たことがないほど不機嫌そうに細められ、目の奥にはメラメラと揺らめく黒い炎のような怒りが宿っている。
レヴィの隣には、いつものように優しげな笑みを浮かべた航海士のフェニもいた。だが、フェニの笑顔もまた、どこか冷ややかで底知れない圧力を孕んでいた。
ガルド:「船長……」
ガルドが息を呑む。
レヴィは大股で歩み寄ると、ガルドとシオンの間に割って入り、シオンの腕を力任せに掴んで引き寄せた。
シオン:「きゃっ……! あ、船長さん……?」
突然引き剥がされたシオンは、ポカンと首を傾げている。
レヴィはシオンの傷ついた指先を視線で射抜くと、低く地響きのような声で呟いた。
レヴィ:「シオン。お前、誰にでもそんな風に自分の身を差し出しているのか?」
シオン:「え? 誰にでもって……ガルドさんが怪我をしてたから……」
レヴィ:「黙れ」
レヴィの強い力で抱き寄せられ、シオンはレヴィの胸の中にすっぽりと収まる形になった。
レヴィの体温は高く、心臓の鼓動が激しく打っているのが伝わってくる。
レヴィ:「言っておくが、お前は俺たちの『戦利品』だ。その血も、その身体の指一本髪の毛一本に至るまで、すべて俺の所有物だ。俺の許可なく誰かに与えることも、誰かに触れさせることも許さん」
レヴィの言葉は冷酷だったが、その手はシオンの腰を割れ物を扱うように、しかし決して逃がさないという強い力で抱きしめていた。
シオン:「えっと……? 僕、怒られちゃいましたか……?」
シオンは困惑しながらも、レヴィの厳しい顔を見上げて、にっこりと微笑んだ。
シオン:「ごめんなさい、船長さん。今度はちゃんと船長さんに許可をもらいますね。……あ、もし船長さんも怪我をしたら、真っ先に僕の血を吸ってくださいね!」
レヴィ:「…………っ!?」
レヴィの息が止まった。
金色の瞳が大きく見開かれ、その耳たぶがわずかに赤く染まる。
目の前の少年は、本気なのだ。
下心も、恐怖も、計算も何一つなく、ただ純粋な厚意と愛嬌で、自分を狂わせにきている。
フェニ:「ふふ……あはは!」
沈黙を破ったのは、背後で見ていたフェニの楽しげな笑い声だった。
フェニは優雅な動作で近づくと、レヴィの腕の中にいるシオンの顎を、細い指先でスッと持ち上げた。
レヴィ:「フェニ……手を離せ」
レヴィが低い声で威嚇するが、フェニは気にした様子もなく、シオンの瞳を覗き込む。
フェニ:「これは困りましたねぇ、船長。僕たちの可愛い『宝物』は、自分がどれだけタチの悪い罪人なのか、まるで自覚がないらしい」
シオン:「フェニさん……?」
シオンが首をかしげると、フェニは甘く、そして恐ろしいほど執着の籠もった声で耳元に囁いた。
フェニ:「シオンくん。男にそんな風に『血を吸って』なんて言ったらね……傷を治すどころか、君自身が頭から食べられちゃうんですよ? 逃げ場のない、この船の上で」
シオン:「え……? 食べられちゃう……? 僕、美味しくないですよ……?」
心底不思議そうに答えるシオンの姿に、フェニの目が妖しく光る。
フェニ(心声):(あぁ……ダメだ。この子は本当に、自分がどれほど男たちの理性を踏みにじっているか分かっていない……)
フェニはシオンの蒼い髪に優しく触れながら、心の中で深く黒い笑みを浮かべた。
フェニ(心声):(船長のもの? いいえ、渡しませんよ。こんなにも愛らしくて、無防備で、恐ろしい毒を持った男の子……絶対に僕の手で堕としてみせる)
ガルドもまた、拳を強く握り締め、シオンの背中をギラギラとした瞳で見つめていた。
ガルド(心声):(血なんざ欲しくねぇ。俺が欲しいのは……お前だ、シオン)
男たちの内に秘められた独占欲と愛欲の炎が、いまや隠しきれないほどに燃え上がっていた。
当の本人であるシオンだけが、「みんな僕の心配をしてくれてるんだなぁ」と、嬉しそうに胸を躍らせている。
どこまでも広がる、逃げ場のない海の上。
愛という名の檻に囲い込まれていく少年の、狂おしくも甘い物語が、いま始まったのだった。
コメント
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いやあ、すごく良かった…!地下室の檻に閉じ込められたシオンが、極悪非道の海賊たちに「助け出される」っていう導入の仕方がもう巧いよね。レヴィの「連れて行くぞ」の一言に、この作品のすべてが凝縮されてる気がした。それから、ガルドの傷を治そうと自分の指を噛み切って差し出すシオンの無垢さ…あれは反則級だよ。ちゃんと「仲間」って言える子なんだな。レヴィが嫉妬で抱き寄せるシーンも、フェニやガルドのそれぞれの執着が顔を出し始めて、早く続きが読みたくなる。何より、シオンが自分がどれほど危険な場所にいるか自覚してない感じが切なくて、もう守ってあげたくなる…!