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夕暮れの教室。窓際のカーテンが風に揺れて、机の上に影が落ちていた。
遥は、いつものように最後に席を立てずにいた。
日下部が近づいてくる気配に、わずかに肩を強張らせる。けれど顔は動かさない。
目だけが、遠くの風景を見ているふりをしていた。
「……最近、ちゃんと寝てるか?」
日下部の声がする。優しい音だった。だからこそ、遥には少しきつかった。
「別に。いつもと変わんねぇよ」
言葉にとげはない。ただ、拒絶する術を持たないだけだった。
嘘はついていない。ほんとうに変わっていない。
眠れていないことも、それが苦しいとも思えないことも、前からずっとそうだった。
「そっか」
日下部の気遣いが、遥には刃だった。
こんなふうに話しかけられるたびに、「それを受け取る資格は自分にない」と思い知る。
言葉の一つ一つが、自分を追い詰める。
「……おまえさ、なんでそんなに全部、背負おうとするんだよ」
「……してねぇよ」
遥は静かに返す。けれどその声は、少しだけ乾いていた。
“してない”のはほんとうだった。
背負っているのではなく、それが“当たり前”になっているだけだった。
──優しさを受け取ることは、誰かから奪うことだ。
──「助けて」と言った瞬間に、誰かを加害者にしてしまう。
遥の中には、そんな言葉にならない論理が根を張っていた。
望んだ瞬間、それは“罪”になる。
甘えた瞬間、誰かが壊れる。
だから何も言えないし、何も欲しがらない。
笑うことさえ、誰かの負担になる気がした。
「……俺さ、おまえのこと、もっと知りたいと思ってる」
日下部の声が近づく。
距離が縮むたびに、遥は無意識に呼吸を浅くしていた。
「知りたい」と言われることほど、恐ろしいことはない。
(知ったら、きっと離れていく)
(こんなものを抱えて生きてるって知ったら──)
「……それ、やめた方がいい」
「なんでだよ」
「……おまえ、傷つくから」
その一言に、日下部は言葉を失う。
遥の声には、自嘲も怒りもなかった。ただ、底の見えない静けさがあった。
まるでそれは、事実を述べているだけのようだった。
「俺が誰かを好きになると、そいつが壊れるんだよ」
「……何言ってんだ、おまえ……」
日下部の声がかすれる。
遥は、ふっと笑った。けれどその笑みは、喜びとは無縁のものだった。
むしろ、自分を罰するために引きつった唇にすぎなかった。
「俺のせいで、いろんなもん壊れた。家庭も、人間関係も、自分自身も。……ぜんぶ、そうだった」
「……それは違──」
「違くねぇよ」
遥の声が、そこで初めて少しだけ強くなる。
それは怒りではなかった。
“自分の罪だけは、自分が認める”という強い決意の音だった。
「だから、俺はもう、誰にも触れない方がいい」
「優しくされたら、壊れる。優しくしたら、壊す。俺は、そういう存在なんだよ」
日下部は何も言えなかった。
言葉を探そうとしたが、どれもすぐに無力になると分かっていた。
(違う。そんなこと、あるはずがない)
そう言いたい。でも、それを言った瞬間、遥はもっと孤独になる。
なぜなら“正しさ”は、遥にとって“否定”にしかならないからだ。
だから日下部は、ただそこにいた。
言葉の代わりに、視線を逸らさず、沈黙で遥の苦しみを受け止めようとした。
それが、今の彼にできる精一杯の“近くにいる”という行為だった。
遥は、日下部の沈黙に気づいていた。
けれど、その沈黙をも、自分が奪っている気がして、ますます呼吸が浅くなった。
(俺がここにいるだけで、こいつは……)
喉の奥で、何かが潰れていくようだった。
涙も出ない。ただ、自分の存在がじわじわと世界を汚していくような感覚。
それが、遥の“日常”だった。
※え?待って……この2人、どうやったらくっつくの???ちゃんと距離縮めてるように見える???
自分のイメージでは、日下部って特別優しいってわけではない。普通の人から見れば普通のこと?をしてるように見える。ただ、誰にも優しくされてこなかった遥にとっては”特別な優しさ”に見える。拒否りまくりだが……。
ま、日下部、たまにくっさいこと言うけどな笑