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#イケメン
蒼乃 月
214
#じゅじゅ夢小説
もんち
24
十年ぶりに再会するなり、昔の元カレは私に言った。
「|知佳《ちか》、俺と契約結婚してくれないか」と。
元カレ、|巴《ともえ》|潤《じゅん》はキャリア採用で大手企業電子『|SACRA《サクラ》』メーカーの法務部で働いているエリート。
私は巴潤と同じ本社ビルで働いているものの、労務部の事務職員。
なぜ私なのだろうかという疑問が過ったが──そこは私が『元カノ』だからだろうと、ギリギリ納得した。
しかも巴潤は昔からカッコ良かったが、二十八歳という男の大人になり、さらにカッコ良さに磨きが掛かっていた。
いきなり帰るところを捕まえられて、急に誘われたオシャレなバーにヴィジュアルが良く馴染んでいる。
涼しげで落ち着いた目元は、ミステリアスでクールな印象。リムレス眼鏡が端正な顔立ちをさらに引き締めている。
黒髪のショートヘアは前髪をラフに分けていて、無造作なのにスタイリッシュなスタイル。
重厚感のあるダークグレーのスーツを嫌味なく着こなしていて、まるで──ちょうど私の目の前にあるノンアルコールカクテル、シンデレラの王子様のようだと思ってしまったが、些か夢見すぎだろうと、イエローカラーが美しいカクテルを傾けた。
口の中にオレンジの爽やかさとパインの甘み、レモンの酸味が広がる。
再会してすぐにする会話がまさか『契約結婚』だなんて、びっくりしてしまう。
潤、いや。巴さんは私の隣で、ライムトニックが入ったロンググラスを悩ましげに手に取り、迷った挙句、そっと口付けた。
巴さんのその薄い唇。かつて私も触れたことがあると、思い出してしまう。
胸の底に沈めた想いが浮上しそうな気がしたので、カクテルを傾ける。
静かにカクテルを飲む様子や、会話する態度から私をからかっているような態度は見られなかった。
巴さんがグラスから唇を離すとからん、と氷の音とムーディーなジャズの音が重なった。
「事情は分かりました。SACRAの上役に気に入られて、その娘さんと結婚を勧められている。でも、巴さんは現在フリー。SACRAに来たばかりで、仕事に集中したくてそんな気はない……」
「その通り。でも角が立つのは嫌だ。やんわりと断っても、向こうが乗り気で困っている。キャリア採用だし、目立つことはしたくない」
グラスを置いて私を見つめる瞳は、薄暗いバーの中でもキリッとした眼差しをしていた。
「……そこで、偶然私に再会して、素っ頓狂なことを思いついた、ということですね。とても驚いています」
労務部だから名前は把握していた。
凄くカッコいい人が入社したと話題になっていたけど──きっと、同姓同名。
元カレの影を思い出すばかりだが、法務部のキャリア採用なんて、エリート過ぎる。
そんな人、私には縁がないだろうと、頑なにスルーしていた矢先の出来事だったから、本当に驚いている。
「いや、素っ頓狂って。まぁ、その通りか。相変わらずクールだな」
巴さんは長い睫毛に影を落として苦笑した。長い指先はまたグラスを掴むが、口付けることは無かった。
私はそんなことはない、と静かに首を振り、はらりと落ちた髪を耳に掛けた。
その瞬間、巴さんの視線がわずかに鋭くなったのは気のせいだろうか。
そんなことよりも内心。
とてもびっくりしているし──こんなオシャレなバーでオシャレなカクテルを飲むなんて、そうそうなくて。お作法は合っているのかと、ビクビクしているぐらいなのに!
そう。私、氷室知佳は感情を表に出すのが苦手なのだ。
それは幼少期、両親が離婚する際に凄く揉めた。それから離婚が成立して、歳の離れた妹と二人、お母さんの実家に身を寄せて、母と祖父母の手でお世話になった。
そんな幼少期と長女ということもあって、しっかりしなくてはいけない、長女たるもの狼狽えてなるものかと、強く思い続けながら育った結果。
口調は家族以外。
誰に対しても、です、ます口調。
周りからは『いつも冷静』『頼りになる』、一部では『氷の女』『鉄仮面』などと言われるようになったのだ。
まぁ、それは別に悪いことではないだろう。
内面は慌てても、表面は冷静に見えるなら得することが多いこともあったので、そうやってここまで、二十八歳まで生きて来たのだ。
大学時代、一年間ほど付き合った元カレ、巴潤と再会して契約結婚を迫られ、バーに連れて行かれて……。
──内心頭と心は大変混乱しているけど、カクテルの甘酸っぱさとバーの落ち着いた空気感で、なんとか平常心をギリギリ保てていた。
だからだろうか。
見た目だけで冷静だと判断されたからか。
巴さんのこちらを見る眼差しが、段々と冷静なものから、熱を帯びているように感じたとき。
「頼めるのは、世界で君だけなんだ、知佳」
その声が切ない声色で、私が別れを告げたとき──『分かった』と言った彼の声と重なってしまい、手に持とうとしたグラスを爪先でカチッと弾いてしまった。
「確かに、元カノと再会して再び意気投合して結婚という流れは、さほど不自然ではないと思います……私も今、フリーですし。でも結婚をしたいというわけじゃありません」
視線をグラスを掴み損ねた手元に落とす。
私はまだまだ働いて、お金を稼ぎたい。誰かとお付き合いする時間が惜しいのだ。
「そうだな。君にとっては旨みがないが……君には歳の離れた妹さんがいたよね?」
小さく頷いて、そろりと巴さんを見る。
巴さんには過去、妹のことを話したことはある。覚えていてくれたんだと、ちょっと嬉しくなる。
「悪いと思いつつ、君に契約結婚を申し込む手前、事前に君の身辺を簡単に調べた。今、妹さんは大学生。君と同じく、学業にもアルバイトにも精を出している」
淡い喜びのあとに、何か不穏な気配がして口をつぐんだ。
「俺と契約結婚してくれたら、その学費の全て、俺が払う。事実婚ならばその半分」
「!」
「事実婚の場合は籍を入れない。一年後に籍を入れるという設定に乗って欲しい」
「設定……」
「一年後、やっぱり上手く行かなかったということで婚約は解消。その理由や原因については、君の名誉を汚さないものと約束しよう」
澱みなく喋る様子はいっそロマンス詐欺のようだ。でも、口元を軽く手で覆っている仕草は彼が真剣に悩んでいるのだと、私は知っていた。
「ただし、現実的じゃなかろうが、周囲から怪しいと思われても今すぐ、本当に籍を入れてくれたら、即日に学費の全額を支払う。もしくは、第三の選択肢として、何も聞かなかったことにするのもありだ。さぁ、君が決めてくれ」
ジャズの曲調がモダンジャズから、スウィングジャズに変わる。その曲調に合わせるように、カウンター内のバーテンダーがリズミカルにシェイカーを振る。
「……失礼。一度化粧室へ行ってもいいですか?」
「もちろん」と頷いた巴さんを確認してから、私はそっと席を立った。
そして洒落たアンティークスタイルの化粧室で、誰も居ないことを確認してから──
一気に感情を発露させた。
「あぁぁっ!? 潤、凄くカッコよくなっていて、驚いちゃったじゃないっ! それに、け、契約結婚に、学費負担ってどういうことかなっ」
いくら私が表面的にはクールを装っていても、あまりにも驚きが積み重なるとこうなってしまう。
家族以外、絶対に人に見せられない姿だ。
「お、落ち着くのよ。知佳……」
すうっと深呼吸して、アンティークミラーの向こう側の私と目線を合わせる。
私と巴さんが別れた理由は、まさにお金の問題だった。
当時、私は奨学金を受けながら大学に進み、日々アルバイトに明け暮れていた。
カフェで働いていたら、潤にナンパされた。それがきっかけだった。
巴さんも大学生だったが、有名大学の法学部に通うエリート学生。
そんな人がなぜ私に、と素直に聞くと『働いている姿が素敵だったから』と言われた。
「……そう、私。必死でアルバイトしていて、そんなことを言われて嬉しかったんだ……」
そうして、お付き合いが始まった。
とても楽しかった。彼は私の知らないことをたくさん知っていて、私は彼の話を聞くのが大好きだった。
半年を過ぎたあたりで、初めて彼とキスをした。きっと、このまま私はこの人と結ばれるのだと胸をときめかせた。
「でも……結ばれなかった」
視線を白い洗面台へと落とす。
キスをしたあたりから、互いに忙しくなった。学業はもちろん大事だし、私は彼と会うためにオシャレをしたくて、さらにバイトを増やした。
すると自然と彼と会う時間は削られていく。
さらに彼は金銭的な余裕が見えていたのに、弁護士事務所でのアルバイトを始めた。
そんな時間のすれ違いから、初めてのケンカもした。
私はそこで、やっと彼との格差を実感してしまったのだ。
いつも私は彼に奢ってもらってばかりで、好意に甘えすぎていた。その代わりにと、手作りのお弁当やお菓子を差し入れをした。
私なりの精一杯の気持ちだったけれど、彼にとっては、つまらない贈り物だったかもしれない。
なのにキス以降は進展もなく、会う時間も削ってしまえば、私に興味がなくなって当然だ。
弁護士事務所で経験を積む方が、よっぽど建設的だろうと思ってしまった。
コメント
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こんにちは、猫とろさん。寺島あおいです。 第1話、拝読しました。十年ぶりの元カレからの「契約結婚してほしい」って、いきなりすぎますよね(笑)。でも、知佳さんの「表面上は冷静、内心は大パニック」というギャップがすごく可愛らしくて、思わず微笑みました。化粧室で一人「あぁぁっ!?」って叫ぶシーン、めちゃくちゃ共感します……! 潤の「頼めるのは世界で君だけなんだ」というセリフ、あの切なさに胸がぎゅっとなりました。別れの理由がお金の問題だったというのも、すごくリアルで。二人のすれ違いの背景が少しずつ見えてきて、この先どうなるのか、とても気になります。 素敵な出会いをありがとうございます。引き続き楽しみにしていますね🌷