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ドキドキしながら観ました…!3人とも無事で良かった!続き早く見たい✨
あれから、理由は分からないのだけど、黒髪の人と茶髪の人――ルクスさんとアドレーさんは、毎朝お店へ通うようになった。お店ではパンを買ったり、朝の挨拶をしたり、町のことについて少し話をするだけで、あのときの話の続きをされるようなことはなかった。まだまだ信用はできないけれど、お客さんと店員という関係は少しずつだけど、深まっていった。
「……今日もありがとうございます。そういえば、知ってます? 最近、突然人がいなくなったりしてるって」
「そういう人が出ている、とは聞いているが……でも、ある日ぱったり誰かがいなくなることなんて、ままあることだろう?」
夜逃げとか、人さらいに会うとか、それか駆け落ちとか。人それぞれ、理由は色々あるけれど、確かに人がぱっといなくなることは、今の世の中、不思議なことじゃない。でも――
「でもここ二週間で、私が聞いただけでも五人、いなくなったそうです。お店の近くだけで、それだけ……フィーネス全体で考えたら、もっと多いのかも」
「そうか、そんなに……。アニーも、気を付けてくれよ」
「私は大丈夫です。ほら、パン屋なので、夜出歩くことは少ないので……」
「ふふっ、それもそうか……。今日もありがとう。それじゃ、また」
ルクスさんを見送ると、向こうでアドレーさんが軽く手を振っているのが見えて、私は手を振り返した。
◇ ◇ ◇
そんなことがあった数日後。私はめずらしく、朝早くにパンの配達へ出ていた。どうしても朝にお店のパンを食べたいと、常連のご家族に依頼されたたくさんのパンを届け終えると、私は朝日を背に受けながら、住宅街の小道を進んでいく。
一組の親子とすれ違った、直後だった。住宅の壁からぬるっと、兵士の格好をした霊が姿を現す。あまりの登場の仕方に、私はその場で足を止めてしまう。
『……リティアだね』
痩せた感じの顔で、でも優しい表情の男性だった。彼はゆっくり私を見て、そう言った。私は何度か頷いてみせる。
『二人を、二人を止めたほうがいい……彼らは今後、真実に迫ろうとするだろう。だが、危険だ。少しでも判断を誤れば……彼らは、命を落とす』
兵士の霊は、大事なことを伝えようとしてくれているのだと思う。でも私には、肝心の部分がどういうことか分かっていなかった。
「彼らとは……誰のことを言っているの?」
『彼ら、だ……。君を見守る二人、ルクスとアドレーだ。おそらく今夜、彼らは行動を起こすだろう……。だが、二人では危険だ。二人では……助けがいる。誰かの助けが……』
兵士の霊はそう言いながらその場をさまよい、そしてまた建物へ溶けていくように潜り込み、姿を消した。
「どう、しよう……」
もう彼らに危機を伝えることは、私の中で決まっていた。でも、どう伝えれば……。彼らに、どう言えばいい……?
それからはもうずっと、そのことだけを考えていた。そんなふうにお店で過ごしていたら、そこへいつものように、二人がやってきてしまう。
「おはよう、アニー」
「おはようございます、アドレーさん。……今日は、どれにしますか?」
霊の言葉が頭をよぎって、いつもの言葉が少し遅れてしまう。アドレーさんはそれに気付かず、いつものようにパンを眺めていく。
「う~ん、そうだねぇ……ここのパンも、色々食べさせてもらったけど。今日は……これ! 二種のチーズサンドにするよ。ルクスはどうする?」
「俺は今日も、ハムと野菜のサンドをいただくよ」
「分かりました。少々お待ちください」
どうしようどうしようと、頭の中で考え込んでしまって、パンの準備に少し手間取ってしまった。いつもよりはおずおずと、パンの入った袋を二人に差し出す。ルクスさんは先にお代を手渡してきてから、袋を受け取った。そのまま微笑んで、またと軽く会釈してくれるルクスさん。背中を見せた二人をそのまま見送ることはできなくて、私はお店を出て、ルクスさんの袖を掴んだ。
「……どうかしたかい? 支払いはぴったりだったと思うが」
「そう、ですね。はい。お代は、確かに……。でも、えっと……そのことではなくて」
私がしばらく言い出せずにいると、ルクスさんはこちらに向き直り、私に視線を合わせてくれた。その優しい表情に、私はゆっくりと言うべきことを、言葉に変えていく。
「その……お二人が、何をしようとしてるのかは、知らないんですけど……。でもそのっ……今夜とかは、ちょっとやめといたほうがいいんじゃないかな、って。なんとなく、そんな予感がして……」
ゆっくり視線を持ち上げてみると、ルクスさんは驚いていたように見えた。でもすぐに優しい微笑みに戻って、いつの間にか袖を離していた私の手を、そっと握ってくれた。
「忠告ありがとう。でも大丈夫。君が思っているよりもずっと、俺たちは強いから……。また明日もパンを買いに行くから、それを待っててほしい。それじゃあ、また……」
そう言って、ルクスさんはアドレーさんと行ってしまう。私はぼう然と、それを見送ることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
「……何か話は聞けました?」
隣に戻ってきたルクスに、アドレーはそう尋ねる。話とは当然、アウレリアのことだ。アドレーはリティアの記憶が戻っていることを期待していた。
「いや、そうじゃなかった。ただ……今夜は気を付けて、とだけ」
「どういうことです?」
アドレーはいぶかしむ。二人はあれから、気がかりだった行方不明事件のことも調査を行っていた。今夜はちょうど、その調査と推理の結果を確かめに行く予定だったのだ。その内々の予定が、ただの町の少女に知られているわけがなかった。これはいったいどういうことかと、アドレーは鋭い視線をルクスに向けた。
「分からない。ただ彼女の手に触れたとき、優しさを感じた……。本当に相手のことを心配し、思いやるような心を……」
その感覚は、ルクスの能力にほかならない。ルクスはアニーを安心させようと手を握ったが、無意識に力の一部を行使していたようだった。
「殿下の力は誤魔化せません。であれば理由は不明ですが、彼女は本当のことを言っていると見て、間違いないのでは……?」
ルクスの能力は、他者の魂の様相を知覚する。そのため、相手は嘘をつけない。全ての結果が事実となる。つまりアニーに敵意はなく、本当にルクスとアドレーのことを心配していると考えて相違ない。
「どうやって調査のことを知ったのかは、謎のままだがな」
ルクスはそう言って見せた苦笑を、すぐに消した。そして、アニーの忠告を素直に受け入れることにした。
「とにかく、今夜はいつも以上に用心しよう。彼女にもまた明日会おうといった手前、何があっても、絶対に無事に帰るぞ」
◇ ◇ ◇
その日は全然眠れなかった。ルクスさんとアドレーさん、二人のことを考えると、眠気が来るわけもなかった。眠れず、もう何度目か分からない寝返りを、ベッドの中で打つ。そうして部屋のドアのほうを向いた私の前に、薄く白く光って、ぼうっとした何かが現れた。兵士の格好をした、昼間とは別の霊だった。
『リティア、急いで。二人が危ない。助けたいなら、ミザリーさんの家へ向かいなさい』
「……分かった!」
私はそっと家を抜け出し、ミザリーさんの家があるほうへ、北へと向かう。途中、同じ霊が先回りして、行くべき方向を指さしてくれた。それに従い、路地を走り、私はその先に、見慣れた黒髪の後ろ姿を見つけた。そしてすぐ、彼に危険が迫っていると気付いた。
背中合わせになった二人は前後を、顔を隠した人に挟まれていた。その人は脇に何か、大きなものを抱えている。長くて大きな袋に入った何か……。考えて、それがすぐに「人」だと気付いた。行方不明事件は、この人たちが犯人……? でも今はそれよりも先に、やるべきことがある。
近くの建物の上を、霊が指さしていた。月が雲に隠れていて、そこに何があるのか、すぐには分からない。でもちらっと見えた鋭いきらめきで、私はそれの正体を理解した。刃を手にした人が屋根の上で、様子を伺っているのだ。そして、二人はそのことにまったく気付いていない。屋根の人が足に力を込めたように見えたその瞬間、私は叫んでいた――
「――二人とも、上です!!」
私の声に、二人を挟む人たちと屋根の上の一人が一瞬反応する。その隙を突き、アドレーさんがナイフを屋根に放った。ナイフの突き刺さる鋭い音に紛れて、ルクスさんが前に飛ぶ。ルクスさんは、相手の腹部に短剣の柄をめり込ませた。ルクスさんと同時にアドレーさんも動き、振り下ろされたナイフを短剣ではじき返す。そのまま相手に、体重を乗せた蹴りをお見舞いする。
二人が倒れ込むのは同時だった。ルクスさんは袋に入れられた人を、優しく受け止める。アドレーさんは軽い動作で屋根の上まで跳躍すると、そこへうずくまっている人をあっという間に拘束してしまった。
そのあと、すぐにそこへまた別の人たちがやってきた。ルクスさんは支援者と私に説明してくれたけど、その人たちはそれを聞いて、とても恐縮した感じだった。その人たちに捕まっていた人も預けると、ルクスさんは私を宿屋の一室に案内してくれる。
「……まずはお礼を。君のおかげで助かった。君の言ったとおりになったな」
「いえ……私もお二人を助けられて、良かったです」
「助けてくれた君には、本当のことを話しておきたい。ただ、ここで聞いたことは、誰にも言わないでいてくれると助かる」
「わ、分かりました……」
ルクスさんとアドレーさんは、フィーネスへとある調査をしに来た国の極秘機関の一員であると語った。でもその調査の過程で、町で起きているまた別の奇妙な事件について知った。今はその調査をしていて、さっきはその行方不明事件の犯人らしき人物を発見したため、拘束を試みたところだったらしい。
「このあと詳しく尋問も行われるが、行方不明者の人数を考えると、犯人があれだけというのも考えにくい。一刻も早く被害を食い止めるためにも、事の真相を突き止める必要がある。……そこで少し、君の知恵を拝借できないだろうか。我々よりも、君のほうがこの町に詳しい。今から調査資料を見て、何か気付いたことがあれば、教えてくれないか?」
「それくらいで良ければ……やってみます」
二人が集めた資料を、部屋のテーブルに広げた。その中の町の地図には赤い点が打たれた場所があり、そこが被害者たちの居住地だったと私はすぐに気付いた。赤い点はかなりの数あり、この事件がただの行方不明事件でないことを如実に物語っていた。
次に私が別の資料を手に取ろうとすると、そこへふっと白い腕が現れた。驚いて声を上げそうになるが、堪える。二人に変わった様子はない。つまりこれは、死者の手だ。
その手は地図を持とうとしていた。私が再度、地図を手に取ると、死者の指先が赤い点の上を滑る。その動きは迷いがなく、まっすぐだったり、ときどき曲がったりして、いくつかの赤い点を結んでいった。
「……あれ?」
二人に聞こえないくらいの声が漏れる。なんだろう。記憶の中の何かと、その指の動きが一瞬、繋がりかけた。私はそれに何を見た……? ただひたすら、考える。そして私は、一つのことに気が付いた。
指の動きは、どれも建物を避けているのだ。指は道の上だけを走っている。よく見れば、正確には指は、赤い点の上を走っていなかった。赤い点に近い、道の上を走っていたのだ。それは、つまり――
「わ、かったかも……」
二人は何も言わず、私の次の言葉を待った。
「地下……フィーネスの地下に関する資料は、ありませんか?」
アドレーさんは、大急ぎで紙の束の中を探してくれた。そしてかなり古い、小さめの地図を見つけ出す。
「これ……はどうだろう?」
私は二つの地図を見比べた。縮尺は違うけど、私の推測を確かめるには十分だった。
「……地下の、水路です」
「……これか」
私と同じところを見て、ルクスさんがそう言う。
「昔、アムニス川の支流を町の中に引き込んで、地下に水路を作っていたみたいなんです。その水路の形と、被害者の出た場所、近くないでしょうか……?」
どれどれと言って、アドレーさんが地図を見比べた。最初の町の地図の上へ、黒い線を引いて、赤い点を結んでいく。それを見て考え込んでいたルクスさんが、はっとした様子で口を開いた。
「今日、犯人を捕まえた場所の近くにも、地下への入り口がある……」
その場所を、ルクスさんは指でとんとんと叩いた。
「でも地下を使ったとして、そのあとは? ただ移動のためだけに、地下を?」
アドレーさんが言う。当然の疑問だ。地図をにらむ私の目の前で、今度は指先が円を描いた。それは古い地図の上だった。水路はその部分を避けて走っている、ように私には見えた。
「ここ……変じゃないですか? ここをまっすぐ横切ったほうが、水路を短くできるのに……」
「どこだ? ……ん?」
アドレーさんは何かに気付いた様子で、また資料の山を探し始めた。そしてさらに古い、ボロボロの地図を取り出す。
「二百年近く前の地図だ。もう今とはだいぶ建物の配置も違うが……ここ。アニーが言っている場所は、ここじゃないか?」
ルクスさんと一緒に、地図を覗き込んだ。縮尺を考えればかなり広いそこには、小さく「墓地」と書かれている。
「なるほど……そんなところに墓地が」
「町にはもう、地上に十分な墓地があります。ここのことを覚えている人は、誰一人生きていないでしょう。町から存在を忘れられていても、不思議じゃない」
「そうか……だが、やっかいだな。仮に水路を使って人をさらい、町の地下にある場所へ集めているなら、そこで何が行われているかは……考えたくないな」
田舎者の私ですら、簡単に想像できた。生きた人と、忘れられた墓地。そこへ人が集まっているということは……この国はおろか周辺国でも禁忌扱いの――屍術に関する何かが行われている可能性が、かなり高い……。
霊魂や死体を意のままに操る屍術は、並の魔術師には制御すらままならないが、もしも制御できたのなら、一般の魔術師がそれに対抗するのは、極めて難しい。
「想像どおりだったとしたら、かなり危険だが……被害者がまだ生きている可能性も十分にある。援護を待っている余裕はない。今夜中に、一度様子を見に行こう」
『ついていって』
ルクスさんの言葉を引き継ぐように、霊の声が聞こえた。部屋にすっと、柔らかい印象の若い女性が現れる。きっと、あの手の持ち主だ。
『二人には、あなたが必要だから……』
二人に気付かれないよう、私は小さく頷く。
私は、準備を進めようとするルクスさんの腕を掴んだ。
「わ、私も一緒に……行かせてください」
「……今日は様子を見に行くだけだが、もし何かあったら、君を守りきれるか、正直分からない。だからここで、帰りを待っていてほしい……とは、言うだけ無駄だな」
ふっと笑って、ルクスさんが私を見下ろす。そこで私は初めて、自分がじっとルクスさんを見上げていることに気付いた。さっきのおずおずとした言葉とはまったく違う、決意のこもった瞳で。
「このまま君を置いていったら、黙ってついてきてしまいそうだ。……約束してほしい。危ないと分かったら、すぐに逃げるって」
「……約束、します」