テラーノベル
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地下へ潜る前、ルクスは宿屋でのやりとりを思い出していた。
ルクスがアニーに触れられたとき、また能力によって、触れた部分から彼女の感情を、心を感じ取っていた。
アニーは二人を本当に心配していて……でもその感情の根源が、ルクスには見えなかった。その部分にだけモヤがかかったように、見えない感覚。そんな感覚初めてだった。だがそこに悪意や嘘はなく、むしろあたたかさをルクスは感じていた。
(あれは何だったんだ……まさか、な)
ルクスはアニーの中に眠る何かについて考えながら、地下へと下りていった。
◇ ◇ ◇
当然地下に明かりはなくて、ほとんど真っ暗だった。でも明かりをつければ、そこにいる誰かに気付かれる――アドレーさんのその言葉に、私もルクスさんも同意した。
私たちは小さな明かりを頼りに、地下水路を進んでいく。地図のとおりに水路は広がっていて、しんとして、少し肌寒かった。聞こえるのは、ときどき水滴が落ちる音だけ。生き物はネズミくらいしか見つからない。このまま何もないといいけど……でも、それならいなくなった人たちはどこに――?
そんなふうに頭の中でぐるぐると考えていると、曲がり角に来たところでアドレーさんが足を止めた。
頼りなかった明かりも消してしまうと、アドレーさんは小声で言う。
「……分かりますか?」
私とルクスさんは暗闇に慣れていく視界の中に、ほのかな明かりを感じ取っていた。角の向こうから、本当に薄く明かりが漏れてきている。そして今までは私たちの足音にかき消されていたらしい、とても小さな声――独り言のような声も、道を曲がった先から、か細く聞こえてきた。
「地図が正しければ、この先が墓地です」
「何かがあるのは間違いないな。……ここまで来て、確かめずには帰れない。アニー、君はここにいてくれ。もし俺たちに何かあったら、すぐ宿屋へ戻って、誰かが帰ってくるのを待つんだ。そして何が起こったのか、その人に伝えてほしい。……できるね?」
「は、い……。分かりました。……お気を付けて」
こんな状況なのに、二人は優しく微笑んで、静かに角を曲がっていった。
私は道の角で、曲がった先をこっそり覗き込んだ。
曲がった先には、これまでの細くて狭い水路とはうってかわって、広大な空間が広がっていた。薄い明かりの中に、何かの影が綺麗に並んでいる。目をこらして、それが墓石だと私は気付いた。ところどころ崩れながら、綺麗に墓石が並んだその先に、私は光源を見つける。それと、人の後ろ姿も。
その人に気付かれることなく、二人はゆっくりと距離を詰めていく。そしてある程度まで近づいたところで、二人は足を止めた。なぜ止めたのかはすぐに分かった。その人が肩越しに、二人を見ていたのだ。でもその人は何も言わず、すぐに正面へ向き直る。二人は離れた場所にいる私以上に、恐怖と苛立ちを感じている、そんな感じがした。
「……そこで何をしている?」
ルクスさんの言葉は、間違いなく届いている。でもその人が手を止めることはなかった。返事はないかもしれない、そんなふうに考えるくらい時間が経ったころ、その人はようやく口を開いた。
「見れば分かるだろう。魔術の研究だよ」
「屍術の研究は禁忌だ」
「そんなこと、子供でも知っている。でも私は許可と指示を受けて、この研究をしている。当然、私利私欲のためなどではない。この国のためだ……」
「町で人をさらっているくせに、よく言う」
アドレーさんの言葉には、はっきりと怒りが込められていた。
「手を止めろ。大人しくするなら、命までは取らない」
「ダメだ。私は急ぎ、成果を出さなければならない。……ただその点に関して言えば、君らには今この場で感謝しよう。私の研究の肥やしになってくれて――どうもありがとう」
男が両手を振るうと、墓石に光がほとばしった。直後、墓地の地面を割って、ガイコツ――スケルトンが何体も現れる。白い骨のその魔物は、軽やかに跳躍して、二人に襲いかかった。
二人はすぐ剣を抜き、応戦する。骨を切りつけ、近づくスケルトンは蹴り飛ばし、たちまちその場を制圧する――はずだった。
二人が倒したはずのスケルトンは、すぐに元の形を取り戻し、また二人へ襲いかかる。
「くそっ! これなら、どうだ……!!」
アドレーさんが魔物に手をかざす。すぐその手を空気の渦が包み込み、そしてそれはスケルトンへ向けて即座に放たれた。アドレーさんの風属性魔術が、複数のスケルトンを何度も切りつける。風の渦はスケルトンたちを飲み込み、空中へと持ち上げ、拡散した。バラバラと白い骨が散らばる。でもやっぱり、骨はすぐに元の人型に戻っていく。
「いいぞ! 素晴らしいっ!! さあ早く、二人を殺せ!!」
男がスケルトンに命じる。私はルクスさんとの約束を思い出した。二人に勝ち目はない。私はそんな二人を残して、宿へ戻るべきなの……?
不安に震える私の手を、白い手が取った――正確には掴もうとして、すり抜けた。気が付けば、すぐ側に宿屋で出会った女性の魂が、私に寄り添ってくれていた。
『二人を助けたい……?』
すぐに頷く。
『あなたには、その力がある。さあ――彼らのために、祈って』
そんなことで助けられるのか、とは思わなかった。私は手を握ると、ただ二人のために、祈った――
ひどい疲労感に襲われた。なぜかは分からない。でもどうしてか、その疲労感は心地良かった。根拠はないけれど、それで二人が救える――私はそんな気がしていた。
ゆっくり目を開けると、目の前には不思議な光景が広がっていた。
スケルトンが動きを止めていた。それを見て、二人も驚いている。
ルクスさんはすぐに、意識を男に向けた。そのチャンスを見逃さず、ルクスさんは屍術の発生源である、男の両手を切りつけた。
痛みに男が絶叫し、同時に、スケルトンが崩れ落ちていく。真っ白だった骨は、少しずつ黄色くなり、そして、二度と動くことはなかった。
「だっ、大丈夫ですか……!?」
私は二人へ駆け寄る。二人は疲れた表情を見せたが、体は健康そうだった。アドレーさんは男を拘束しようと、近づいていく。
「ご自慢の研究も、けっきょく失敗だったな。もう大人しく――」
「――違う。あれは失敗ではない。私の研究と魔術は完璧だった。そこへ何かが割り込んできて、邪魔したのだ。それさえなければ……!」
男の手からは、まだドクドクと血が流れている。とても痛いはずなのに、男はそれよりも困惑と怒りに顔をゆがめていた。そしてその顔が――不意に笑う。
「私の研究は、この程度では屈しない!! もう一度だっ! もう一度、死者の軍勢を――!!」
男の両手から、さっきよりも膨大な光が溢れる。そしてそれは地面に飲み込まれ――爆発した。光の溢れる大地から、また大量のスケルトンが現れて……でもそれは、私たちを襲ってくることはなかった。スケルトンはそのまま男へと迫り、男の体と周囲にあったものを、地面へと押し込んでいく。
ぼきっと鈍い音が聞こえ、男が絶叫する。多分あれは、骨が折れた音。男と絶叫は光とスケルトンに飲み込まれ、そして地面の奥深くへと沈んでいった――
◇ ◇ ◇
あのあと墓地の中を少し探してみたけれど、全て地面に飲み込まれたあとで、けっきょく何も見つからなかった。アドレーさんの話では、男の魔術が暴走し、術者に跳ね返った結果、ああなったようだった。普通の魔術ではそんなことは起こらない、屍術だからああなるんだとアドレーさんは悔しそうに言った。
墓地には行方不明だった人もほとんど全員いて、それは良かったけれど、でも何人かは、もう息を引き取ったあとだった。悲しさとむなしさと悔しさで気付けば泣いていた私を、ルクスさんが優しく抱きしめてくれた。
助けを呼ぶため、私とルクスさんは一足先に地上へ戻ることになった。その道中、気配を感じて振り返ると、たくさんの幽霊が安らかな微笑みで手を振ってくれていた。
『ありがとう』
あの女性の声が、聞こえた気がした。
コメント
4件

積んでた分一気に読んできた。 死んでしまってこの世に留まるのは無念とか悲しみがあるからで、その声を聞くことができる能力は優しいのだなぁと思った。 そしていよいよ表紙のように2人の恋が始まるころかな。 続きが楽しみ。コミカライズでどんな演出がなされるかも。
スケルトン不死身すぎる!! リティアが居てくれて良かったですね! 被害者も魂達も救われて良かった…