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「わかってます。これは俺個人がやりたいと思ったことなので、もちろん所長にも黙ってます」


「榊原さん……」


岡本さんがどこか弱りきった様相で呟くと、榊原さんはハッとして、両手をばたつかせた。


「岡本さんが、そんなふうに気に病む必要なんて、全然ないですよ。本当にこれは、俺がなにかしてあげたいって、純粋に思っただけなんです、本当に!」


「だけど……だけどこんなことに加担したのを、所長の山下さんが知ったら、懲戒免職モノじゃないかな」


「転職バッチコイですって、俺は平気です」


親指を立てて、大丈夫なことをアピールする榊原さんに、私は至極冷静な口調で聞いてみる。


「榊原さんにはメリットどころか、リスクしかないのに、どうして手を貸そうと思ったのかしら?」


個人的に気になったことを訊ねると、榊原さんはなにかを考えるように、何度か瞳を瞬かせてから、少しだけ声を大きくして答える。


「あ~それはですね、同じ男として、ご主人のしたことが許せなかったのが大きいです」


「そう……」


「奥さんがいるのに、不倫していることもそうだし、斎藤さんと並行して別の女性とも付き合ってる。しかも別の女性を襲ったことが不倫のキッカケなんて、実際信じられない行為じゃないですか。奥さんには悪いけど、最低の男だと言いきれます」


まるで選挙の演説のように、身振り手振りを交えつつ、言葉に熱を込めて、ところどころアクセントを置きながら語りかける榊原さんのセリフに、私たちは黙ったまま、そろって耳を傾けた。


「俺のしてる仕事の関係で、普段からそういうのを取り扱っているんですけど、ここまで悪質な男性はなかなかいません。それに……」


榊原さんは一旦口を引き結び、隣にいる岡本さんを見つめながらほほ笑む。見つめられた岡本さんがきょとんとしたら、私の横で斎藤さんが吹き出した。


「ハナ、ここで笑うなんて失礼だよ」


「ごめんなさい、榊原さん続けて!」


斎藤さんに促された榊原さんは軽く頷き、落ち着き払った態度で会話を再開する。


「親友を大切に思う、岡本さんの気持ちが素敵だと思いました。それを見ていたら、俺もなにかしたくなったんです。学生時代に、仲の良かった友達を救えなかった過去があるからこそ、なんか無性に手伝いたくなってしまって……」


「絵里、榊原さんに手伝ってもらおう!」


「え、でも……」


口ごもった岡本さんが、斎藤さんと榊原さんに視線を交互に飛ばして、どうしようという雰囲気を漂わせた。


(やると言った本人たちは、テコでも譲らなそうね――)


夫に罰を与える作業――適度に大柄な男ひとりを捕まえて、どこかに移動し、監禁することを考えながら、目の前にいる岡本さんに話しかけた。


「岡本さん、斎藤さんが計画していることに、たぶん男手が必要になる可能性があるかもしれませんよ」


「ハナ、そうなの?」


「ちょっと待ってね。みんなにわかりやすいように、順を追って書いてみる」


言いながら斎藤さんはテーブルに出していた万年筆で、厚いメモ帳に書き込みしていく。


「俺は手伝うことに迷いはないですけど、岡本さんは大丈夫なんですか?」


榊原さんが気遣うような感じで、岡本さんに問いかけた。


「大丈夫というか、怒りのままに参加するみたいな感じかも。大事な親友を傷つけられて、このままではいられないし。私も榊原さんとおんなじで、転職OKって感じです」


榊原さんのセリフを引用して、大丈夫なことを伝えた岡本さん。私としても、心の片隅でほっとした。


「いいなぁ。俺は臆病者で、なにもできなかったから。学生時代に岡本さんのような勇気が俺にあったら、友達を失わずに済んだのにな……」


「とても悲しい過去があったんですね。それでも榊原さんは人の役に立つために、前を向いてちゃんと働いてるじゃないですか。罪滅ぼしになってると思いますよ」


「そう言ってもらえると、今まで頑張った甲斐があります」


「よし、できたっ!」


岡本さんたちの会話を遮るように、斎藤さんが明るい声をあげた。3人そろって計画立案者に視線を飛ばすと、分厚い手帳が隣から差し出される。


「部長と不倫している私が計画すること自体、すっごくおこがましいですが、どうか目を通して、ダメ出ししていただけると助かります」


斎藤さんが小さく会釈して告げたことに、私は首を横に振り、静かに答える。


「夫を懲らしめたいと言った、私の気持ちに応えてくれるだけで、すごく嬉しいです。では読みますね」


両手で手帳を受け取り、素早く瞳を左右に動かし読み込む。その内容は想像していた以上に、復讐という言葉が似合うもので、私の心を無性に踊らせた。


「ねぇこの現場に、私も顔を出したいんだけど、ダメかしら?」


夫が懲らしめられている場面を、直接見たい一心で頼んでみる。


「それはちょっと……。この計画に奥様が加担してることが部長にバレたら、離婚の際の慰謝料に影響があるかもしれません」


「俺が現場で動画撮影しますよ。それで手を打ちませんか?」


サレ妻である私を守ろうと、それぞれアイデアを出してでくれたものの、納得できそうもない。


すると岡本さんが、私に向かって手を差し出す。


「奥様、手にしてる手帳を見せていただけませんか?」


「あ、ごめんなさいね。どうぞご覧になって」


くるりと手帳を反転させて、見えやすいように岡本さんに手渡した。


「絵里、奥様にダメ出しもらってからにしてほしかったんだけど?」


「ごめんって。ふたりがいい意見を言ったのに、私もそれに見合うことを言いたくて。ちょっと待ってね、すぐに読むから」


箇条書きでよくまとめられている計画書を、岡本さんは目を凝らして読んだ。読み進めていく内に、彼女の顔色が瞬く間に明るくなる。


「これって目隠ししてやってみたら、これ以上にもっと津久野さんに恐怖を与えられるんじゃないかな」


岡本さんは計画の内容を指差しながら、閃いたアイデアをみんなに伝えた。


「俺が旦那さんの立場になったとして、それを施されたことを想像したら、やめてくれーって喚いてしまうかもしれません。見えないってだけで、恐怖心を煽られます」


榊原さんが気難しい表情で、顎に手を当てながら呟く。自分がされたことを想像して意見を述べてくれたおかげで、私だけじゃなく、斎藤さんと岡本さんも目を合わせてほほ笑み合った。


「絵里ってば、昔っからそういう悪知恵がはたらくよねぇ」


「だけど目隠しすることによって、奥様の存在を消せる効果もあるでしょ? 声を出さなければ、可能なんじゃない?」


岡本さんのナイスなアイデアに、満場一致で賛同した。


「絵里のそのアイディアいただき! だったら、もっとおもしろいこともできそう! 手帳返して」


アイデアがさらにアイデアを生んだのか、斎藤さんは岡本さんから受け取った手帳に、ふたたび書き込みをはじめた。勢いよく書き進めるのをすごいなと思っていたら、岡本さんが話を進める。


「ハナの計画を遂行するにあたり、まず必要なのは車」


「それ、俺が用意します。仕事で使ってるワンボックスがありますよ」


車を持っている=運転手役――積極的に自分の役割を告げた榊原さんを見て、私もやりたいことを口にする。


「私は体調不良を理由に、実家に帰ることにするわ。不倫してるあの人とは、もう顔を会わせたくないし」


岡本さんの呼びかけがキッカケとなり、輝明さんに復讐するために、必要なものを揃えなければならないことや、これから私自身がしなければならないことなど、頭の中で計画をたてていく。その間に岡本さんが自分の手帳に、今回の計画で絶対に使う物を書きはじめた。


「なるほど。そうすることで、津久野さんがハナに接触する機会が、必然的に増えますね」


岡本さんが書いた必要な物品の計画書+斎藤さんが書き増やした復讐計画書を元にして、それぞれの役割を分担しつつ、そこから必要なものをさらに洗い出す。そして車を持ってるという榊原さんの愛車に乗り合わせて、現地に行くことになった。


「ハナ、体調は大丈夫?」


「なに言ってんの。善は急げって言うでしょ、まったく問題ないから」


ワンボックスカーの助手席に私が乗り込み、後部座席に岡本さんと斎藤さんが乗車した。


「ハナが指定した行先は、きちんとナビに登録してるんだし、少し寝たほうがいいって。これからうんと働くんだから、休憩も必要だよ」


「斎藤さん、私のためにも休憩してくださいね」


退院したばかりだと話し合いのときに聞き、計画を遂行するためにも、休憩を促す。


「遠すぎず近すぎずの距離ですし、休むにはちょうどいい時間ですよ」


ハンドルを握る榊原さんも、斎藤さんを気遣った。この計画の立案者で中心人物になる彼女を、そろって心配するのは当然だろう。


「ハナ、お願いだからみんなの言うことをきこうね。その代わり、現地に着いたら目一杯はたらいてもらうんだから!」


「わかったわかった。それじゃあ少しだけ横になります。すみません」


斎藤さんが仮眠をとった数時間後に、現地に到着した。鬱蒼と木が生い茂る森の中は空気がヒンヤリしていて、目隠ししていたらそれが嫌でも肌に感じ、輝明さんの恐怖心をより一層煽るのは、私でもわかった。


「ここ、おじいちゃんの土地だけど、たまに山菜取りに入る人がいるんだよね」


斎藤さんを先頭に、現地の説明を受けながら奥に進んで行く。


「あちこちに、木の根が出ていて歩きにくいから、大人ひとり抱えて奥に入って行くのは、大変だと思うよ」


「そうね。それとみんなで機材を運ばなきゃいけないことを考えると、奥まった場所での行動は、体力を消耗するわ」


岡本さんの意見に同意しつつ、辺りを見渡した。


「そう言うと思って、私が子どもの頃に遊んだ絶好の場所があるの。しかも、すぐそこに!」


そう言った斎藤さんが細い木を指さし、いきなり左に曲がった。その木には赤いペンキでバツ印がつけられており、なにかの目印になっているらしい。


(とはいえ草むらの中を、突き進んで行くことになるのね……)


膝下くらいまで伸びた草を踏み締めること1分で、その場所に到着した。


「おじいちゃんがね、私のために大きな木にブランコを作ってくれたんだ。その向かい側にある木を見て!」


ブランコが括り付けられている木は、見るからにとても大きくて背も高く、その周りは日が差し込み、とても明るい場所になっていた。それよりも低くて適度に太い木が、目の前にぽつんと一本だけ生えている。


人ひとりを縛りつけるのに、ちょうどいい太さに見えてしまうのは、私が頭の中で輝明さんを鞭打ちしたときのイメージに、ピッタリだったから。


「ブランコのあるこの木の下からの撮影、かなり良さげです」


榊原さんが自身のスマホを取り出し、輝明さんを括りつける予定の木の周りを撮影し始めた。


「本当! 日が差して明るいから、津久野さんの顔がバッチリ映せる」


撮影している榊原さんに寄り添った岡本さんが、感嘆の声をあげた。適度に大きいその声を聞いて、斎藤さんに話しかける。


「輝明さんがここで騒いでも、私たちが使った国道までそれなりに距離はあるから、きっと声は届かないわよね?」


「そうですね。だけど国道に誰かいてもらって、再確認したほうがいいかもしれません。こういう細かいことは、念を入れたほうがいいので」


「だったら私が国道に出るわ。この機会に、皆さんの連絡先を交換しておいたほうがいいんじゃないかしら? なにかあったときのために」


私の提案に賛成した斎藤さんが、周囲を撮影しているふたりを呼び寄せ、スマホを使って連絡先を交換した。


「奥様がこれから国道に出て、ここから声が届くかどうかを、チェックしてくれるって」


「それなら私が行きますよ」


岡本さんが申し訳なさそうな口調で返事をした後に、榊原さんも自分が行くと言い出した。


「私が直接確認したいだけなの。それと高い声と低い声の、両方の響き方の確認をしたほうがいいわよね?」


斎藤さんに訊ねたら、カバンから例のメモ帳を取り出し、喫茶店で記入していた確認事項に視線を落とす。


「奥様の言うとおりです。なので絵里と榊原くんはここに残ってほしいかな」


「それじゃあ行ってくるわね。国道に出たらメッセージします」


そして元来た獣道を躓かないように、慎重に歩いて国道に向かう。


こうしてお互い意見を出し合い、入念な打ち合わせをしてから市内に戻って、必要な物の買い出しをした。その後、自宅に送ってもらう。


この時点で日はとっくに落ちていて、まさに晩ご飯の時間帯。輝明さんからは、接待で夕飯はいらないと、午後一に連絡が入っていたので、慌ててご飯支度しなくてもよかった。


しかも私がしなければならないことを、焦らずに自宅でおこなえる現状は、まさにラッキーだと言える。


「斎藤さん、明日は会社前のコンビニに、9時集合でよかったのよね?」


こうして皆で計画をたてて行く内に、愛人である斎藤さんと、いつの間にか自然に打ち解けて話せるようになった。


私が不妊治療のために、タイミング法を使わなければ、もしかしたら彼女は輝明さんの毒牙にかからなかったのかもしれないという、もうひとつの考えが頭に浮かび、敵対する気持ちが薄れていったのも、普通に話せるようになったキッカケになっている。


「はい。夕方に会社の同期に頼んで、人事のお偉方にアポを取りました。不貞行為についての話と前置きしたら、朝礼が終わってから、聞き取り調査をしてくれることになったんです」


すると斎藤さんの隣に並んでいた岡本さんは、例の書類が入った茶封筒を私に差し出した。


「これ、有効活用してください」


「岡本さん、いいの?」


「はい。これで津久野さんを徹底的に懲らしめることができるのなら、私が持っているより、奥様に使ってもらったほうがスッキリします!」


それを受け取りながら、運転席にいる榊原さんに声をかける。


「榊原さん、この調査をするのに、写真を撮ってましたよね?」


「はい。そこからいいのを厳選して、岡本さんに渡しました」


視覚からのショックを受けたくなかった私は、茶封筒の中に入っている写真を取り出すことができなかった。でも今は、個人的なワガママを言ってられない。


「これからのことで、榊原さんのやることがいっぱいあるのはわかっているのだけれど、すべてプリントアウトできないかしら? お金は私が支払います」


「いえいえ。お金は岡本さんからたくさんいただいているので、プリントアウトくらい無償でやりますよ。当日お渡しでいいですか?」


「ええ、よろしくお願いしますね」


そしてサレ妻である私と、不倫相手の斎藤さんが結託した復讐は、3日後決行することになった。

目には目を裏切りには復讐を

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