「それにしても、『三センチ』の後に『一寸』を持ってきたのには恐れ入ったでござるよ。 コユキ殿トンチが利いているタイプだったのでござるなぁ」
答えてコユキが言う、大分恥ずかしそうだ、きっと褒められる事になれていないのだろう。
「いいえ、必死に考えて何とか絞り出したんですよ~。 意図が伝わったんなら良かったですけど……」
やや、上目遣いで答えた。
気持ち悪い事この上ない。
この上無いにも拘(かかわ)らず善悪は平気な顔で会話を続けた。
「『寸』までは意味を為す言葉でござったが、最後の『ス』は、まあ、残念でござったな…… まぁ回避の技自体は見事でござったが、一文字で意味を為すって事自体、土台無理な話であるから仕方の無い事ではあろうが……」
「えっ? 意味が無いですか? ? 意味…… あるつもりで言ったんですけど?」
いやいやいや、幾らなんでもそれは無理ゲでそ?
寸を絞りきれなくて、適当にスって言ってた以外ありえないじゃん! と善悪は思った。
でも善悪は大人である。
コユキの精神年齢が四つ位だとしたら、善悪の精神年齢は十四歳、所謂(いわゆる)中二であった。
全然違うのだ、その差は優に十もあるのだ。
だからこそ善悪は言った、目の前のクソガキを慰めるように……
「いや、そこはムキになる所では無いでござろ? 結果が望んだ以上であったのでござるから、それで万事オッケイであろ?」
しかし、目の前のおろし専の馬鹿が空気を読まずに言い返してきたのだ。
善悪には本当に馬鹿に見えた。
「えっ? 回避の極限って言えば、『ス』ですよね? 先生ともあろう人が、そんな事も分からないとか、普通に有り得ないんですけど?」
なんか、嫌な感じで攻めてきやがった、と善悪は思った。
分かりますよね? えっ、嘘?
分かんないんですか? マジですか?
いやいやいやそんな訳無いですよね?
こんな簡単な事ですよ?
知ってる、この論法。
平成の最初の頃にあった『褒め殺し』からのマウント取られっぱなしになるヤツだ。
そう、善悪は気付いたのだ。
気付いたのだが、この迷宮に誘いこまれてしまった、哀れな被害者には後戻りの道は無い。
只、ひたすら、投げ掛けられるクエスチョンからの嫌味を打ち消し続けるしか、生還への途(みち)を開く術(すべ)は無いのだから。
そうか、そう来たか。
ならば、良い、受けて立ってやろうじゃないか!
回避は一人前かも知れんが、まさか搦手(からめて)からの攻めまで、この善悪に勝ると言うのなら教えてやろう。
頑固さと屁理屈では、二ちゃんねらーも裸足で逃げ出すと、勝手に一人よがりだが思っていたこの俺の実力を、見せてやろう!
ちょっと『経験』したらこんな事を考えていました。
困った物だな、我らが王国の剣(つるぎ)ったら……
その後、こんな感じでした。
「回避の極限って言うんだったら、『サッ』一択であろー。 残念ながら『ス』は無理アリスギ? ではなかろか?」
ナニイッテルンダロウ?
「いいえ、先生のお言葉ですが、『サッ』は確かに多用される表現ですけど、急いで動いたギリギリだった的な意味も感じさせる言葉だと思うんですよね。 なんか必死に避けた、良かった的な…… 対して『ス』にはなんて言うか余裕と言いますか、立ち居振る舞いも居住いも通常のまま、当たり前に避けたんだが『何か?』的な物があると思うんですよ。 先生が仰った『回避特化』って、そう言う事なんじゃ無いんですか? ほら、あの? 『当たらなければ、どうと言う事は無い!』的な余裕が必要だと思うんですけど!」
一気に話したコユキはそこで呼吸を整えてから再び言葉を続けた。
「故に、あ・え・て! 『ス』だった訳です! お判り頂けますでしょうか? 意味は有ったのです! 意味の無い言葉でしたら『ン』も選択肢には残っていた訳ですし。 いや寧(むし)ろ最近のなろうファンタジー的に言えば、無口な豪傑(ごうけつ)キャラの傾向だけで言えば、『ン』が本命だったと言っても過言では無いのでは? そこを分かった上で敢えてチョイスした『ス』に意味が無かったとか、先生は私を試すことに夢中になりすぎて、ご自分の尊厳を貶(おとし)めるおつもりなのでしょうか?」
完全敗北であった。
善悪は辛うじて、
「……あぁぁー、なるほどね…… ワカッタ、ソウダヨネ……」
と呟くのが精一杯であった。
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