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ネストの言葉に動きを止めたバイスであったが、しばらくすると会議室の扉がノックされた。
騒ぎを聞きつけた別の教師が様子を見に来たのかと焦るも、そこにいたのはカガリ以外の従魔たちと、それに跨っていたミアである。
ミアは、割れたテーブルを必死にくっつけようとしているバイスをチラチラと気にしながらも、ワダツミから降りパタパタと俺の元へと駆け寄った。
「ただいま。お兄ちゃん」
「おかえりミア。……それで、結果は?」
笑顔を見せるミアの頭をやさしく撫でながらも、ワダツミに視線を移す。
「九条殿、間違いない。全員一致だ。ニールセンとかいう者の屋敷からシャーリー殿の匂いがする」
「気付かれなかったか?」
「もちろんだ。辺りには人通りもあった。それに紛れ、言われたルートを散歩しながら屋敷の前を通っただけ。我らが目を引く存在だというのは百も承知だが、ほんの数秒の出来事。誰にも気取られまいよ」
「どうしたの九条? 何の話?」
「会議の間に、ちょっとミアにお使いを頼んでいまして……」
「何を?」
「何ってシャーリーの弓ですよ。どうやらニールセン公の屋敷に保管されているようです」
さすがにそこまで言えば、アレックスがフィリップと結託していることがわかるだろう。最早言い逃れの余地はない。
とは言え、それをすぐには公表しない。フィリップは俺たちがまだ気づいていないと思っている。そこに付け入る隙がある。
「それで、これからどうするの? まさか強硬手段で奪いに行ったりしないわよね?」
それは愚の骨頂だ。流石の俺でもそこまではしないが、可能であるからこそネストは釘を刺したとも言える。
「まさか、そんな事しませんよ。正直言ってフィリップはどうでもいいんです。恐らくですが、試験のトップを取ることが彼らの目的なんでしょう。ネストさんには申し訳ないですが、俺はその結果に興味はありません。それよりもニールセン公の方を優先したい。フィリップは間違いなくアレックスに雇われている。そのネタで脅して逆に味方につけることが出来れば、アレックスの根性を叩き直すのに有利になるかもしれない……。シャーリーの弓は試験後に回収できますので、その後のフィリップの処遇はそちらにお任せしますよ」
「まあ、こっちとしては九条の評判が上がって、試験が無事終了すれば構わないけど……」
「もちろんそっちが本命なので忘れてはいませんよ? アレックスの方は出来れば――という感じですね。報酬も成功すればということですし、失敗してもこちらにはデメリットはありませんから」
「そういえば九条。ニールセン公には何を要求したの?」
「スパイです」
「……は?」
素っ頓狂な声を上げるネスト。さすがのバイスも、テーブルそっちのけで俺へと視線を移した。
「ニールセン公には今の派閥に残ってもらって、逐次第二王女の情報を流せと言っておきました。酷く悩んでいたようですが、快諾してくれましたよ?」
「あのねぇ……。それは快諾とは言わないでしょ……」
「まあ、いいじゃないですか。第二王女の動向がわかればネストさんとバイスさんも対応がしやすくなるでしょうし、そちらで問題解決してくれれば俺まで問題が回ってくる心配も減ります。一石二鳥じゃないですか」
「はあ、公爵相手にそこまで言える九条の度胸に感服するわ……」
情報は力だ。どの分野にも言えることだが、知っているのと知らないのとではその結果に雲泥の差が生じることも少なくない。
それは確実に第四王女派閥の利益に繋がる。それもほぼデメリットがないのである。
突如カランカランと大きな鐘の音が鳴り響く。それは本日全ての授業が終わった合図でもあり、放課後開始の合図でもある。
「時間ね。じゃあ、九条。後は頼んだわよ? 失礼の無いようにね?」
こはる
「ええ。相手次第ですけどね」
部屋を出ると、ミアと従魔たちを連れて学院の中庭へと赴いた。
調えられた緑の芝生。その真ん中には大きな木。周りには複数のベンチが置かれ、花壇に咲く美しい花たちが彩を添えている。
休憩時には昼食を楽しむ生徒たちの憩いの場とも言える場所だが、放課後はどこか閑散としている場所である。
その一画にあるベンチへと腰を下ろし。ミアを隣に座らせると、笑顔で従魔たちを撫で回す。
「お兄ちゃん。もっと自然に出来ないの?」
「こ……こうか?」
「若干きもちわるい」
「ぐっ……」
ミアからのダメ出しを受け、肩を竦める。自然な笑顔でと言うのは簡単だが、それを言われた時点でもう自然には出来ないのは当然の事。嫌でも意識してしまうのである。
それでも極力そうしなければならないのは、ネストからの指示だからだ。
ただ中庭で座っておけと。そして、生徒たちに声をかけられたら優しく接しろと言われたのだ。
出来るだけ生徒たちとの親睦を深めてこいと言うのが、今回のミッションである。まずは小さな一歩からということなのだろう。
ひとまず放課後の二時間でいいから頑張れと……。そう言われたのだ。
――そしてそれが二十分前の出来事である。
「それでそれで? アンカース先生はどうしたんですか!?」
「|金の鬣《きんのたてがみ》から放たれた稲妻を前に、もうダメかと思ったその時、ネストは|魔力障壁《マナシールド》でそれを防いだんだ」
俺の両隣には女生徒が腰掛け、屈託のない笑みを浮かべながらも、話を聞いてはきゃいきゃいと甲高い声を上げていた。
俺が話しているのは、|金の鬣《きんのたてがみ》を討伐した時の記憶だ。
それをネストに聞いても、教えてはくれないらしい。なので、教えられる事だけを掻い摘んで話しているのだ。
その程度の話ではあったが、生徒たちは手に汗握る冒険譚でも聞くかのように満足気に耳を傾けてくれた。
生徒たちに詰め寄られ、居場所を無くしたミアは俺の膝の上。今や中庭は大盛況である。
最初は一人の女生徒だった。ぎゅっと握った手を胸に押し当て、勇気を振り絞るように声を出すと、従魔たちを触らせてほしいと願い出てきたのだ。
どこかで見覚えがあると思ったら、その子は模擬戦の時に俺が筋がいいと褒めた女生徒であった。
その願いを聞き入れると、女生徒は恐る恐るコクセイに近づき手を伸ばす。
おどおどと物怖じしていたのも束の間、コクセイが大人しいとわかると遠慮は次第になくなっていき、女生徒がモフモフを堪能している姿を見ていた他の生徒たちも、我先にと寄って来たのである。
数十名から撫でられまくっている従魔たちの我慢の限界が来ないか心配ではあるものの、そのおかげで生徒たちとも打ち解けるのは早かった。
――――――――――
ネストは職員会議を終え、そろそろ合宿引率のために準備をと考えつつも、欠伸をしながら廊下を歩いていた。
(そういえば、九条は首尾よくやってるかしら? 生徒たちと仲良くなれてるといいんだけど……)
ふと、思い出し中庭に目をやると、ネストは持っていた書類を全て落としてしまうほどの衝撃を受けた。
そこには、あり得ない光景が広がっていたからである。
「俺の故郷にはこんな言葉がある。『散ると見たのは凡夫の目、木の葉は大地へ帰るなり』。ただ木から葉が落ちただけのようにも見えるが、別の見方をすれば、その葉は大地へと吸収され、また木の養分となる。と言う意味だ。これは人間にも同じことが言える。死は最後ではない。魂が天へと帰り、また別の命へと生まれ変わる。これは輪廻転生と呼ばれ……」
芝生に行儀よく座る生徒の数は優に五十を超え。胡坐をかく者や正座、体育座りとその姿勢は様々であるが、皆一様に九条の話に耳を傾けていたのだ。
(そんなに真面目に出来るなら、私の授業もちゃんと聞きなさいよ!)
生徒たちは初めて聞く話に興味津々。周囲を取り囲まれながらも平然と語っている九条は、まるで怪しい宗教を広める宣教師のようでもあった。
ネストは確かに仲良くしろとは言ったが、それはもう仲がいいというレベルではなく、傍から見れば洗脳である。
「ちょっと九条! 何してんの!?」
急ぎ中庭へ向かうと、注目を集めているにもかかわらず、ネストは九条へと歩み寄る。
「何って、法話を説いてるんですけど……」
「ほう……わ?」
「はい……。えーっと……そろそろ時間ですか?」
「え? ……ええ、そうね。今日はもうこのくらいで……」
「「ええー」」
生徒たちから上がる不満の声に、ネストは一瞬のためらいを見せるも、それに屈することなく生徒たちを睨みつける。
九条は、ネストから送られてくる目配せの意図を理解し、空気を読んで同調した。
「まあ、この続きはまた機会があればにしよう。日も落ちてきたしそろそろ解散だ」
「「はーい……」」
渋々立ち上がる生徒たちに、手を振りつつ見送っていると、美しい赤髪を靡かせつつも、血相を変え九条へと迫るネスト。
「ちょっとどういうこと?」
「どうもなにも、知っている話を聞かせていただけですけど……」
ネストからもそう見えた。だが、生徒たちと打ち解ける速さが尋常ではなかったのだ。
九条はプラチナであり、学院内だけならばそこそこ人気はある方だ。とは言え、ネストだってそれなりに慕われている方である。
教師という傍ら、貴族でもありゴールドプレートの冒険者でもあるのだ。九条と共に|金の鬣《きんのたてがみ》を討ち取った功績もそうだが、リリー王女とも懇意にしているし、それに関しては九条よりも一日の長があると自負している。
しかし、それを差し引いてもあり得ないほどの懐柔速度。ネストが教師になった時でさえ、生徒たちと仲良くなるにはそれなりの苦労をしているのだ。
(慎重に慎重を重ねて、一か月はかけたのに……)
九条はものの数時間で、あの手懐けようである。そして、ネストの中に一つの答えが生まれた。
(あれ……。私って教師、向いてない……?)
「ネストさん? おーい……。聞いてます?」
ぷるぷると震えるネストはその瞳にうっすら涙を浮かべると、しばらく突っ立ったまま微動だにしなかった。
それは、九条が場慣れしているだけなのだが、ネストがそれに気付くのは、もう少し時間が経ってからのことであった。
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