テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
深夜0時。
それまで外では世界中に騒ぎが続いていた。ところが「ポーン」という小さな合図のあと、急に静けさが戻ってきた。
そっとカーテンを開けると、さっきまでのざわめきが嘘のように消えていた。
人の流れも、ようやく元に戻りつつある。
「……終わった、のかな?」
騒ぎに押しつぶされていた僕は、思わず小さくつぶやいた。
明日のことを考えるのも苦しくて、夢は遠く、希望なんて手に届かない。
そんな毎日が続いていたのだ。
しばらくすると、街のどこかでまた“騒ぎ”が起きたらしい。けれど今回は、どうやら自分たちとは関係のない場所でのことらしい。
そのとき、隣でテレビを見ていた親戚のおじさんがぽつりと言った。
「向こうは甘いものを欲しがっているみたいだ。だったら作ればいい。俺は元ケーキ職人だからな」
勢いのままに、僕たちは実家を小さな工房に改造し、ケーキを焼き始めた。
おじさんの読みは当たり、ケーキは驚くほど売れた。
その甘さを求める人は後を絶たず、僕の生活にも温かい光が差し込み始めた。
気づけば、僕は家族を持ち、子どもが生まれ、あの頃には想像もできなかった穏やかさを手に入れていた。
そして――あの夜から、いつの間にか八十年が経っていた。
孫もでき、家族に囲まれて暮らしながら、僕は今日もケーキを焼き続けている。
ただ一つ、見て見ぬふりをしていることがある。
既にケーキは別のモノになり、それでも作り続ける僕らのケーキは一口だけ食べられ、あとは街のごみ置き場に静かに積まれていることに。
それを知ってはいる。
とうの昔に気が付いているのだけれど。