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もちぷよ
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#山中柔太郎
65
〜佐野side〜
その日は、じっとりと汗ばむような、重苦しい曇り空だった。
仁人と太智が寝る間も惜しんで暴いてくれた、遠藤の決定的な「罪の証拠」。
架空の企業への不正融資、度重なるキックバック、そして性被害を泣き寝入りさせていた人たちの生々しい証言データ。
すべての爆弾は、すでに俺の手から本社の監査部、そして人事部長の元へと提出済みだ。
何も知らない遠藤は、今日ものうのうとフロアに現れ、デスクに座っている。
だがその精神は、俺がこの数週間仕掛け続けた「心理戦」のせいで、もう限界まで擦り切れているはずだ。
午前十一時。
フロアの自動ドアが開き、厳格な表情をした監査部の人間と、人事部の人間が数名、まっすぐに営業一課のフロアへと歩いてきた。
張り詰めた空気に、周囲の社員たちがざわつき始める。
「営業一課、遠藤さん。ちょっと、別室で話があります。来てください」
監査部の人間に名前を呼ばれた瞬間、遠藤の身体がびくんと大きく跳ね上がった。
あいつは椅子から立ち上がろうとしたけれど、あまりの恐怖に足に力が入らないのか、机に手をついたままガタガタと激しく震え出した。
「え……あ、いや、僕は何も……な、何のことですか……?」
のうのうと生きてきた男の、あまりにも惨めで、見苦しい動揺。
遠藤は救いを求めるように周囲を見回した。
そして、少し離れた席から、冷酷なまでの無表情で自分を凝視している俺の視線に、初めて気がついた。
あいつの脳裏に、あの給湯室での俺の言葉がフラッシュバックしたのだろう。
「あ……っ、お前、佐野……! お前がやったのか!? お前が仕組んだんだろ!!」
遠藤は狂ったように叫び、俺の胸ぐらをつかもうと狂暴な顔で掴みかかってきた。
だが、あいつの手が俺に届くより早く、監査部の男たちが遠藤の身体を後ろからがっしりと押さえつけた。
「静かにしなさい! 遠藤さん、君が地方支店時代に行った業務上横領の確たる証拠、および過去の素行不良に関する複数の証言が、すでに会社側に提出されている。言い逃れはできない。 警察にも、すでに連絡はしてある」
「っ、う、嘘だ……嘘だろ……!!」
遠藤の顔から完全に血の気が引き、真っ青になっていく。
かつて深夜の人気のない路地裏で、柔太朗をあんなにも無残に傷つけ、汚した男。
法律の網の目をすり抜けて、のうのうと生きてきた悪魔。
そのあいつが今、自分が積み上げてきた年齢も、キャリアも、地位も、すべての日常を剥ぎ取られて、大勢の社員の前で惨めに引きずり出されていく。
俺は、暴れて連行されていく遠藤の正面に、ゆっくりと立ちはだかった。
そして、絶望に歪むあいつの耳元に顔を寄せ、低く、冷徹な声を叩きつけた。
「……遠藤さん。俺言ったよな?お前を許さないって。……ざまぁみろ」
暗闇の中で、柔太朗を抱きしめた俺の声を、あいつの脳がようやく思い出したのだろう。
「お、お前……あの時の……っ!」
遠藤は恐怖と怒りに目を血走らせ、絶叫しながら、そのままフロアから強制的に連行されていった。
パタン、と重い会議室の扉が閉まる。
遠藤はその日のうちに懲戒解雇になり、その足で警察へと連行された。
二度と、普通の表の社会に戻ってくることはできないだろう。
完璧な、社会的な抹殺だった。
「……終わったよ、柔太朗」
俺は誰もいない給湯室へ行き、壁に背中を預けて、深く溜息を吐き出した。
張り詰めていた緊張が解け、スマホを握る手が小さく震える。
すぐに、仁人のスマホへメッセージを送った。
《終わった。あいつ、完全に潰したよ》
数秒で、画面に《了解。お疲れ様、勇斗》と、短い、だけど誰よりも温かい返信が届いた。
柔太朗を自分の会社に避難させ、すぐ側で守ってくれた。
そして決定的証拠をあぶりだしてくれた。
俺のために、柔太朗のためにここまでしてくれた、大切な親友。
胸の奥が熱くなる。
俺を信じて、一緒に地獄まで付き合ってくれた仁人と太智がいたから、俺は柔太朗の未来を、今度こそ完璧に守り抜くことができたんだ。
窓の外を見上げれば、あの不気味な曇り空が嘘のように、 雲の隙間からまばゆい春の光が差し込み始めていた。
俺たちはやっと、あのおぞましい過去に、自分たちの手で完璧な終止符を打つことができたのだ。
社内は遠藤の話題で持ちきりで、居心地が悪かった俺は珍しく定時ぴったりに退社した。
何より、はやく帰って柔太朗に安心を伝えたかった。
俺は夕飯の準備をしながら、柔太朗の帰りを待った。
三十分ほど経ったころ、カチャリ、と玄関の鍵が開く音がして、「ただいま!」と柔太朗の明るい声がリビングに響いた。
「おかえり、柔太朗。お疲れ様」
キッチンから顔を出した俺に、柔太朗はジャケットを脱ぎながら、いつも通りの綺麗な笑顔を向けた。
だけどその瞳の奥には、ここ数週間ずっと消えなかった「遠藤が再び現れた恐怖」の影が、まだ微かにこびりついているのが分かった。
俺はコンロの火を止めると、柔太朗の前に歩み寄り、その細い両肩をそっと包み込んだ。
「はやちゃん……?」
不思議そうに俺を見つめる柔太朗。
俺はいつものお兄ちゃんの優しい笑顔を浮かべて、真っ直ぐに見つめた。
「柔太朗。……もう、大丈夫。あの男、今日会社を懲戒解雇になって、そのまま警察に連行されたよ。
……二度とお前の前に現れることも、お前の世界を汚すこともない。
全部終わったんだよ。 ……待たせてごめんな」
俺の言葉を聞いた瞬間、柔太朗の身体からすとん、と強張っていたすべての力が抜けた。
みるみるうちにその綺麗な瞳に大粒の涙が溜まり、唇を噛み締めながら、何度も、何度も深く頷いた。
「……っ、う……、終わった、んだ……っ。ありがと、はやちゃん……っ、ほんとにありがと……っ」
柔太朗は俺の胸へと飛び込むようにして、声を上げて泣き出した。
あの悲惨な光景に絶望した、あの夜から今まで。
俺は、この結末を叶えるためにこいつのそばにいたんだ。
俺は震える柔太朗の身体を強く抱きしめ、その背中を何度も優しく摩り続けた。
to be continued……
コメント
2件
続きが気になってしかたが無いです。