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「本日はお集まり頂き、ありがとうございます。
では、これより―――
ランドルフ帝国の脅威に共同で対抗するための
臨時会議を始めたいと思います」
中肉中背、ブロンドの短髪をした30代の
男性が、円形のテーブルの一席で声を上げる。
新生『アノーミア連邦』から、アラウェン一行が
ウィンベル王国に到着して一ヶ月後……
緊急の案件と見た現国王ラーシュ・ウィンベルは
国交のある国々へ通達。
かくして、ウィンベル王国王都・フォルロワで、
この世界初のサミットとも言える、
国際会議が開かれる事になったのである。
主催するウィンベル王国は元より、
新生『アノーミア連邦』・マルズ国から、
第九王子エンレイン・マルズが、
ウィンベル王国より北方に位置するチエゴ国と、
さらにその西方クワイ国からは王家の一員が
代表として、
さらにそこより北のユラン国、
新生『アノーミア連邦』より東、海を擁する
ライシェ国、その南に位置し、同じく海を
擁しながら広大な湖を持つアイゼン国―――
各国がこぞって代表を送ってきた。
※内陸国でも無ければ、国境を接するほど
隣接した国は無い。
※ウィンベル王国やチエゴ国・ユラン国より
東は海岸線まで一応領土だが、空白地帯もある。
これだけであれば、この世界にしてみれば
ただの大規模な国際会合だが……
明らかに一線を画す参加者がいた。
「―――初めまして。
新生『アノーミア連邦』のポルガ国、
そこの北の湖に住むラミア族の長、
ニーフォウルと申します」
濃い青色の髪をした、筋骨隆々の上半身と
蛇の下半身を持つ男性が、挨拶する。
ラミア族の代表としてニーフォウルが―――
獣人族の代表としてボーロが、
精霊の代表として土精霊が、
ドラゴンを代表してシャンタル、
フェンリルの代表としてルクレセント、
ワイバーン代表、ヒミコ。
魔狼代表にリリィ。
彼女たちはもちろん人間の姿での参加。
魔界・魔族代表として―――
魔王マギア。
人間と交流を持っている人外・亜人といった
別種族も、一堂に会したのである。
次々と自己紹介が終わり、人間側の代表は
多少動揺はあるものの表面上は受け入れた。
「そして最後に―――
参考意見を出してもらうため、そして
調整役としてシン殿に参加して頂いた。
『万能冒険者』と言えば、わかる方も
いると思う」
ラーシュ陛下に促され、私は立ち上がり、
「ええと、ウィンベル王国所属の冒険者であり、
平民のシンです。
よろしくお願いします」
頭を下げる私の耳に……
『平民?』『冒険者ごときが?』と、
疑問の言葉が聞こえてくるが、
「手紙に記した『重要人物』―――
それが『別世界からの来訪者』、シン殿です。
ランドルフ帝国に渡った、かつての
『境外の民』の資料に対抗するためにも、
彼の協力は不可欠なのです」
ウィンベル国王が補足するように入り―――
私の経歴や経緯をしばらく説明する。
そこで空気が一変するが、
「では、ウィンベル王国は今まで彼を
秘匿してきたのか?」
「それにマルズ国は―――
今回の件、どう責任を感じているのだ?」
各国の代表の中から、両国を糾弾する声が上がる。
まあこれは想定済みだ。
淡いパープルの短髪をした―――
二十歳くらいの青年、エンレイン王子がまず
片手を挙げて、
「もちろん、マルズとしても責任を痛感して
おります。
だからこそこの場にいるのです。
幸い、私はワイバーンの女王、ヒミコと
婚約を結んでおります。
もし不安な国があるのならば、彼女に頼んで
防衛の一端をワイバーンに担わせる事も
可能です」
そしてラーシュ・ウィンベル陛下が続き、
「先ほど、シン殿を秘匿といわれたが……
我が国には彼を止める力はありません。
彼に取って、国家の戦力など問題にならない。
そのような人物が強制も命令もせず―――
国の在り方や法に従い、交渉している事自体が
奇跡なのです。
また彼はドラゴンを始め、ここにいる各種族とも
友好関係にある。
うかつな発言は慎んで頂きたい」
実際、最初に紛糾するであろう事は読んでいた。
しかし、今回は事態が事態だ。
そんな事で時間を取られるわけにはいかない。
言葉遣いこそていねいだが―――
要は戦力をちらつかせての脅しである。
「では、詳しい状況を説明させて頂きます」
そこでようやく、本題が切り出された。
「……シン殿の『能力』は把握した。
無暗に力を振るう人間では無いという事も。
それでシン殿から見て―――
今回、どれほどの危険があると見ておられる?」
「ランドルフ帝国の情報が少な過ぎて、
皆目見当がつかない、というのが本当の
ところです。
予算と人命さえ考えなければ、それなりに
脅威となる物を作る事が出来るでしょうが」
ランドルフ帝国は、ここより東―――
海の向こうの国である。
帝国と名乗っており、技術は数段マルズより
進んでいる、という事しかわからない。
今ここにいる国の中では、国力としてならば
マルズがトップ。
そのマルズで誘導飛翔体を作る事が出来たのなら、
帝国もまた―――
それ以上の兵器開発は可能だろう。
「最も可能性があるのは、大型の船を建造して、
そこに魔導爆弾を搭載した誘導飛翔体を載せる
事です。
航続距離を節約出来ますし、離れた場所から
安全に攻撃出来る―――
先に手を付けるのであれば、そこからだと
思います」
各国の代表が顔を見合わせる。
実は私が最も恐れていたのは―――
それを移動手段とする事。
ゴールドクラスを王都や町へ送り込み、
ひと暴れさせるというシミュレーションを
考えていたのだが、
『ゴールドクラスを、帰還方法が確定してない
やり方で、投入するバカはいねぇよ』
と、ジャンさんに言われ……
人命無視の場合でも、そうそう貴重な最高戦力は
捨て駒にしないという前提の元、
あの資料を精査した結果、この結論に至った。
何せ誘導飛翔体は成功例があるからな……
「その兵器を帝国が作ったとして……
どのくらいの期間で攻めてくると?」
「軍勢を用意するのであれば、最低でも2年は
準備に費やすと思います。
新兵器もそれなりに訓練期間は必要でしょうし」
軍を動かす場合、陸上でも最低三ヶ月は
準備を要する。
まして海を越えてくるとなれば……
短期間ではとても用意は出来ないだろう。
そういう意味では、まだ備える期間はあると
いう事だ。
「―――シン殿。
『参謀』の資料は70年前の物だと聞いた。
ならば今こちらで、シン殿の時代の最新鋭の
兵器を作ればいいのではないか?」
その質問も想定していたが、私は黙って
首を左右に振る。
「私のいた世界に魔法はありませんでしたが……
それ以外の技術は、はるかにこちらの世界を
凌駕しています。
70年前の物が実現出来ていないのに、
今の兵器を作る事は不可能かと」
納得しない、という顔の首脳陣に私は
説明を続ける。
「例えば、空を飛ぶ戦闘機という物がありますが、
最新鋭のものはマッハ2.5の速度で飛びます。
マッハというのは音速の単位です。
マッハ2.5というのは、音の2.5倍の
速度で飛ぶという意味です。
ワイバーン、ドラゴンはおろか―――
この世界の何者も追いつく事は出来ません」
先ほど私に質問してきた、アラフィフと思われる
男性の顔が引きつる。
「現状、飛行戦力が欲しいのであれば、
ワイバーンやドラゴンの協力を得た方が
現実的だと思われます。
また、範囲索敵を使える人間を乗せる事で、
かなりの広範囲を把握出来る事がわかって
います。
これらの情報は全て公開しますので、
どうか実現可能な範囲で戦力増強を行って
頂きたいのです」
確かに、再現可能な兵器やコンセプトの物も
あるだろうが、あまり表には出せない。
これについては―――
うかつに手の内をさらして、軍拡競争に入るのを
防ぐという裏事情もある。
「しかし、戦力増強と簡単に言われても」
その指摘はもっともだ。
そこで、予めウィンベル王国・マルズ国・
チエゴ国・マギア様と話し合って決めていた
案を発表する。
私がラーシュ陛下の方へ視線を送ると、
「ここにいる各国の間で―――
『最恵国待遇』の制度を取り入れたいと思う」
彼の発言に、各国代表の視線が集中する。
「シン殿の世界にあった制度だが、要は複数の国と
国交を結ぶ際―――
他のどの国よりも、関税や軍事協力、技術移転を
最優先させるというものです。
ただしこの制度は、我がウィンベル王国と
チエゴ国、新生『アノーミア』連邦及び、
魔族はお互いに結ばないものとします」
指摘のあった国以外の代表は、その提案に
困惑していた。
それはそうだろう。
一番優遇してくれるのであれば、
強国同士がその制度を結ぶのが当然だ。
それは行わないと宣言したのだから。
ウィンベル王国の言葉を引き継ぐように、
今度はチエゴ国の代表が口を開き、
「今、名が挙がった国々は―――
すでにシン殿の恩恵をかなり受けている。
ランドルフ帝国に対抗するためには、
各国の底上げが重要であると……
我々は判断した。
どうかこの提案を受け入れてもらいたい」
次いで、魔族・魔界代表が口を開き、
「魔族も、シン殿より広く技術提供を
受けているが―――
素材は人間の作る物が多くてな。
直接交易をしてくれる国があれば助かる」
ユラン国・ライシェ国の代表がおずおずと
片手を挙げ、
「では、我が国がウィンベル王国や魔族と、
『最恵国待遇』を結んでもいいという事か」
「海があり、恐らくランドルフ帝国侵略の
最前線になるであろう我が国に取っても、
その申し出はありがたいが」
あまりにも美味い話に、半信半疑のようだ。
『最恵国待遇』を結んだところで―――
自分たちが渡せる物はたかが知れている。
それと引き換えに、強国の支援を受けられると
いうのだから……
『裏がある』と見られるのは仕方ないだろう。
私は周囲を見渡すと一息ついて、
「もちろん、条件はあります。
ここにいる国同士での軍事同盟の締結。
向こう10年間、同盟国同士での戦闘禁止。
ランドルフ帝国に対する情報の共有。
また、他種族・亜人の協力を取り付けるため、
もし自国に人間以外の種族がいても、まず
交渉を試みて欲しいのです。
獣人族以外でも、彼らを通じて意思疎通は
可能ですから」
「それは、他種族への差別的扱いは禁じると
いう事で―――」
エンレイン王子から出た意見に、私は首を左右に
振って否定する。
「そういう要請はしません。
そもそも、各国にそれぞれ歴史や経緯があると
思いますので―――
認識を改めると言っても限度があるでしょう。
ただ、もし自国で手に余るようであれば、
それはすでに受け入れている国に交渉を
任せる事も出来ます」
各国の代表がそれを聞いてざわつく。
そこでチエゴ国の代表がラーシュ陛下へ、
「そういえばウィンベル王国では―――
奴隷制の撤廃を進めているそうですな」
「それは……少し語弊があります。
正確には待遇の改善―――
それに、最長3年で解放するように法改正する
つもりです。
そもそも以前より、連座制で罪の無い女子供まで
奴隷に落とすのはどうかと問題視されており……
また、所縁のある家が彼らを購入、ほとぼりが
冷めた頃に奴隷身分から解放するというのも、
よくある話でした。
今回は公式に、国家としてそれを認める形に
しただけです」
ウィンベル王国の代表は腰を掛け直し、
「もちろんこれは我が国が独自に推し進めている
案件なので―――
他国に強制するものではありません。
『最恵国待遇』についても同様です。
シン殿からも、内政干渉は絶対に避けるようにと
釘を刺されておりますゆえ」
注目が私に移ったところで、
「先ほどの、差別に関してもそうですが―――
歴史も文化も風習も異なる国で、同じように
しろというのは無理があるでしょう。
私の世界でも、それでうまくいった例は
ありません。
今回はあくまでも、ランドルフ帝国に対する
軍事同盟の締結……
そして技術交流に限定してのものです」
そこで会議中の広間にノックの音が響き、
「シンー、持ってきたよ!」
「こちらに並べていけばいいのかの?」
「ピュウ」
アジアンティストの黒髪セミロングの妻と、
ロングの黒髪をした、対照的に掘りの深い
顔の妻が、ドラゴンの子供と共に室内を訪れ、
それに続く人たちが、料理が載った移動式の
長テーブルを、円卓から離れた場所に設置して
いった。
「では、固い話はこれくらいにして……
料理をご賞味ください。
立食形式ですが、立ち話で軽く意見交換でも、
と思いまして」
こうして―――
各国・各種族の代表は、食事を交えての
話し合いをする事になった。
「魔族領とは、我が国の北方にあったのですか。
確かにあのあたりは火山地帯で、ほとんど人が
立ち寄らぬ場所だったのですが」
「我らであれば、多少環境が厳しくとも生きて
いけるのでな」
5・6才ほどの、ベージュの巻き毛をした
少年のような外見で―――
マギア様が大人びた目と態度で、一国の代表と
対等に語る。
「先ほど話されたユラン国との酒の交易、
案じてみよう」
「ありがとうございます。
それと魚醤ですが、公都『ヤマト』で
作られているものとは別なのですか?」
「どちらもシン殿から作り方を教わった。
ただ、公都『ヤマト』の東の村の物は、
昔ながらの作り方で、1年以上熟成させて
いると聞く。
我らの物が汎用品というのであれば、
あちらは高級品だ」
魔族・魔界代表とユラン国代表が独自に話を
詰めていく一方で、
「ほうほう、海藻からこのような物が。
重曹なる存在は我がライシェにも入ってきて
おりましたが……」
「シン殿から教えてもらった技術は基本的に
公開しておりますので―――
海に面しているのであれば、そちらでも
作ってはいかがでしょう」
ラーシュ・ウィンベル陛下は、東方の南、
ライシェ国の代表とサイダーを一緒に飲み、
「フェンリル様は、チエゴ国の出身なのですか?」
「いや?
ウチはただ、チエゴ国に夫(予定)が
いるんで―――」
銀髪の長いストレートヘアーをした、切れ長の
目を持つルクレさんが、蒸留酒を片手に
クワイ国の代表と話す。
そこへフラフラと、10才くらいの……
サラサラした緑の髪とエメラルドグリーンの
瞳をした少年がやってきて、
「お、お疲れ様です土精霊様」
「い、いえ。
精霊代表として来ていますから、
これくらい大丈夫です」
さっきまでご年配の代表の方々に、
『ウチの孫娘の婿に!』『いやこちらが先だ!』
『ぜひ王家に!!』
と争奪戦になっていたからなあ。
「でも、各国はわかりますけど……
ボクたちはどうすれば?」
「そこは難しく考えなくとも―――
気に入ったら力を貸してあげる、程度で。
断って頂いても構いませんし」
彼ら、人外の別種族に対しては……
『協力関係を持った方が得ですよ』
くらいに思ってもらえればいい。
それから一時間ほどして―――
各国・各種族の代表は、再び円卓の席に着いた。
「では―――
多国間軍事同盟。
今後10年間、この同盟国間での戦闘禁止。
ランドルフ帝国に対する情報の共有。
自国内の、人間以外の種族に対する交渉と
そのための移動の自由。
これらの締結に至った事を心より感謝します」
会議再開から二時間もすると―――
開催国の代表の言葉を持って、当面の目的は
果たされた。
また、『最恵国待遇』については、
ウィンベル王国とライシェ国。
チエゴ国とクワイ国。
新生『アノーミア』連邦とアイゼン国。
魔族・魔界とユラン国。
それぞれの国で相互に結ばれ……
また、『最恵国待遇』が結ばれなかった国に
ついては『“準”最恵国待遇』及び、他種族との
交渉優先権が与えられるなどの便宜が図られた。
「シン殿の『能力』の情報に付きましては、
各国ともに慎重に扱うよう……
重ねて申し上げます。
では、各種調味料やお酒、苗などは
担当者と交渉してご購入を」
ラーシュ陛下の合図と共に、その交渉のために
各国の代表は退室し、
「えー、あの~」
会議が締められた後、私はおずおずと
手を挙げる。
「?? 何でしょうか、シン殿」
「いや何か、やけにあっさりと決まったので……
いったん持ち帰ってから検討とか、そういう国は
無かったのかなあ、と」
するとウィンベル王国の代表は苦笑し、
「彼らは仮にも国を代表して来ております。
それに言って見れば、『最恵国待遇』は
早い者勝ちのようなもの……
遅れれば遅れるだけ国益を失う。
即決したのは正しい判断だと思います」
他国の目もあるし約束は反故に出来ない。
その上、ほぼ一方的に利益のある提案を
出されたのだからなあ。
多少の裏はあれ、受け入れた方が得と見たか。
「それと、エンレイン王子様……
チエゴ国の代表もお疲れ様でした。
マギア様もご協力感謝いたします」
「いえ、シン殿の頼みであれば」
「実に自然な流れで話を差し込んでいました。
さすがは私が夫と望んだ方……!」
燃えるような赤く長い髪と、真紅の瞳を持つ
ワイバーンの女王が、パートナーを称える。
実はこの会議に入る前に―――
二つほど仕込みを彼らと行っていたのだ。
やはり話の途中で、他種族に対する差別や、
奴隷の扱いについて―――
問題になるのは目に見えていた。
ウィンベル王国と結び付きを深めたい国に
取っては、アキレス腱であり……
急激な変化はマルズ帝国の二の舞となる
可能性もあったため、
そこで彼らからわざと話題を振ってもらい、
『強制するつもりはない』という表明をして
もらったのである。
確かに、この機会に推し進めた方がいいと
思ったのは事実だが……
生活レベルが向上すれば、自ずと無意味な
差別や、理不尽な扱いは消えていく。
長くテロを続けた組織が―――
自国が先進国や富裕国になった途端、
活動を停止したという例はいくらでもある。
結局、先の見えない不満や絶望が、破壊という
行為に走らせるのだ。
「そういえば、面白い話を聞きましたよ。
アイゼン国ですが、我らと同じラミア族の
ような亜人がいるそうです」
ニーフォウルさんが新たな情報を提供し、
「魔狼についても―――
各国の代表から、自国の森での目撃情報が
あると聞きましたので……
機会があれば誘ってみたいですわ」
ダークブラウンの長髪を持つ、エキゾチックな
美人という体の、リリィさんも語る。
「ドラゴンの目撃情報は、さすがにありません
でしたね。
まあいたとしても、協力してくれるかどうか
わかりませんが……」
白銀の長髪に、白眉を持つ―――
シャンタルさんがため息をつく。
強い・外界にほとんど興味無し・引きこもろうと
思えばいくらでも引きこもる事が出来るという、
種族特性だからなあ。
「しかしまあ、危機に向き合うとこうも容易く
一致団結するものなのだな。
シン殿が言うところの―――
『呉越同舟』か」
マギア様はかつて、人類共通の敵として
祭り上げられた事があったし、複雑な気分かも
知れない。
「口実としては、ちょうど良かったかも
知れません。
最悪、ランドルフ帝国に対する危機とやらは、
どうにでもなりますからね」
ここにいる―――
ウィンベル王国、新生『アノーミア』連邦、
チエゴ国、魔族・魔界の代表がうなずく。
表面上は帝国の脅威に対抗するための軍事・
技術同盟だが……
真の目的は技術拡散の加速、全体の生活レベルの
向上であった。
帝国の危機は確かにあるが―――
『ゴールドクラスを、帰還方法が確定してない
やり方で、投入するバカはいねぇよ』
ジャンさんが言った言葉には続きがあり、
『それにこちらには、人の姿になれるドラゴンや
ワイバーン、フェンリルがいるんだ。
もしアルテリーゼやシャンタル、ヒミコ、
ルクレセントや魔族が人の姿で帝国に潜入―――
その後、内部で変身して暴れたら?
恐らく誰も止められねぇぞ』
完全なテロ行為ではあるが……
少数勢力が圧倒的に強大な相手に立ち向かう際、
ゲリラ戦や内部かく乱は立派な戦術であり戦法だ。
そして彼女たちなら『帰って来られる』。
もちろん、これは禍根を残すやり方というのは
全員が承知している。
だから本当に、最後の最後に使う手段だ。
その前に自分も一緒に潜入して、片っ端から
魔導兵器を無効化して回るという選択肢も
あるわけだし……
「それより―――
縁談の話が多くて困りましたわ。
すでに結婚していますって言ったら、
今度は息子や娘に話がいって」
「リリィさんも?
わたくしもそうでしたよ。
人間って結婚願望強いんですかね?」
人妻の魔狼とドラゴンがフゥ、と一息つく。
「婚姻が一番手っ取り早く―――
国同士を結び付ける方法と見ているのであろう。
余も独身と言った途端、娘や孫娘と会ってくれと
言われまくって困ったわ」
「そういえば土精霊様も、各国の代表に囲まれて
おりましたね。
私のような者にも持ち掛けられましたし」
マギア様とニーフォウルさんが困ったような
表情で語る。
まあこの人たちの場合は、美男美女というのも
あるんだろうけど。
「あれ? ボーロさんの姿が見えないんですが」
そこでいったん離れていた妻二人が、
ラッチを連れて戻ってきて、
「ボーロさんなら、カレーに使う香辛料の交渉で
捕まっていたよー」
「カーマンさんも一緒だったけど、当分解放は
されないであろうのう」
「ピュ!」
ようやく残暑も過ぎ、涼しくなってきたので、
立食パーティーの中にカレーを入れたのだが、
思ったより好評を博し、
それが獣人族代表であるボーロさんに権利があると
伝わると―――
交渉が殺到したらしい。
「恐らく、各自話がまとまるまで数日はかかると
思われますが……
一泊でもすれば、綿の寝具も先を争って
交渉が入るでしょうね」
ラーシュ陛下の言葉に一同がうなずき―――
残った四ヶ国のメンバーもそこで解散となった。
「お疲れ様でした、マギア様」
「交渉は上手くいったようで、何よりです」
王都・フォルロワにある高級宿の一室で―――
やや外ハネのパープルの髪を、ミディアムボブ
ふうにした、モデルのように掘の深い女性と、
漆黒の肌と対照的な、雪のように白いロングの髪を
持つ魔族が、魔王の周囲を忙しなく動く。
イスティールとオルディラ―――
彼女たちは公都にノイクリフ・グラキノスを
残し、魔王・マギアの護衛として同行していた。
「……しかし、フィリシュタといい次々と
結婚を求められるというのはな。
余はそれほど好色に見えるのであろうか」
その問いに、魔族の女性二人は、
顔の前に手を垂直に立てて振る。
「い、今の魔王様は―――
人間でいえば幼子も同然のお姿ですから」
「そのようなご懸念は不要かと」
今ひとつ、自分の外見……
その幼さと美貌に自覚が無いのか、マギアは
純粋に疑問に思う。
「で、ですがっ!
人間の女だけは絶対に反対いたしますわ!」
「ユラン国との交易にはわたくしも賛成ですが、
婚姻ともなれば、慎重にご判断を……!」
魔王・マギアはそんな彼女たちを見て、
「……まだ、300年前の事が忘れられないか?」
「当然です!」
「魔王様に封印を施す事になったのも、
元はと言えばあの女が―――」
そこで彼はフッ、と意地悪そうに微笑み、
「わかっておる。
余も彼女の事を忘れた事は無い。
そもそも同盟と交易のために来たのであって、
見合いに来たわけではないからな」
ホッと同時に胸をなでおろす二人を見て、
魔王は続けて、
「しかし、こうしてお前たちだけと過ごす事も
ほとんど無かった気がする。
他の国が接触してくるかも知れぬゆえ、
数日は残るが……
その間は余に付き合うがよい」
その言葉に、イスティールとオルディラは
顔を赤らめて、
「は、はい! 喜んで……!」
「でで、では飲み物でも持って参りますっ!」
なぜか二人で退室してしまった後―――
部屋には魔王・マギアが一人残り、
両目を閉じてソファの背もたれに背中を預けた。
『―――違う、違うの!!
こんなはずじゃなかったの!!
こんなつもりじゃ……!』
(……今一度、人間たちが別の脅威に対して、
結束しようとしている。
貴女は今のこの世界……
どのように見えるだろうか?)
マギアは、過去に向かって語り掛ける。
(あの時は人間だけだったが―――
今回は他種族・亜人とも手を組もうと
している。
ほんの少しでも、貴女が望んでいた世界に
近付けているだろうか?
……聖女様―――)
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