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「……っと、こんなものか。
まあ何にしろ、お疲れさん」
「はは……
しかし今回は本当に疲れましたよ」
この世界初の首脳会議から数日後……
公都『ヤマト』の冒険者ギルドの支部長室で、
私はアラフィフの白髪交じりで、眼光鋭い男性と
情報共有を行っていた。
彼はまとめていた書類から目を上げると、
それをそのまま同室にいた丸眼鏡の秘書風の
女性へと差し出し、
「ミリア、これを。
最重要機密の棚へ。
文字通り国家規模の機密だからな」
「はーい。
でもこのテの情報に慣れてしまってきている
自分がいる……」
ライトグリーンのショートヘアを揺らしながら、
事務処理をこなす彼女を見て夫が、
「確かにそうッスねー。
もうシンさん主導の下、何が起ころうと
驚きゃしないッスよ」
褐色の短い黒髪をした―――
いかにも陽キャふうの青年が軽口をたたく。
「何で私が主導する事が前提なんですかね……」
「お前さん中心に、事が進んでいるからじゃ
ねーか?」
意地悪そうにジャンさんが笑う。
そして続けて、
「そういやラミア族や魔狼は、他にもいそうって
話だったが」
「同族だとしたら協力のため、交渉したいと言って
ましたけど―――
ただこれから冬に入りますからね。
クワイ国の森にいる魔狼なら、年内に会いに行く
事は出来そうですが……
他は春を待って、という事になりそうです」
ドラゴンやワイバーンがいるとはいえ、冬季の
長距離移動は避けた方が無難だろう。
「冬といやあ―――
本格的に寒くなる前に、綿が後2回くらい
収穫出来そうだと」
「おお、そうですか。
この公都の子供たちの分は、どうなって
いますか?」
その問いにはレイド夫妻が、
「大丈夫ッス!
シンさんから、優先的にそちらに回してくれって
要望があったんで」
「次の収穫分は恐らく―――
各国の追加発注に使われるんじゃ
ないですかね」
その答えに、ホッと胸をなでおろす。
最初の綿の収穫自体、すでに秋になりかけて
いたし、間に合うかどうか不安だったのだ。
「子供たちの分は元より、各世帯に行き渡った
はずだぜ。
今年の冬は、みんな暖かく迎えられるはずだ」
「結構収穫出来たんですね」
ギルド長の言葉に私が感心していると、
「土精霊様と、水魔法の使い手さんたちがすごく
頑張っていたッスからねー」
「周囲の期待というか、圧がすごくて」
疲れた顔でレイド君とミリアさんが答える。
何があったのかと聞くと、児童預かり所に少数
導入された際―――
綿布団の感触を知ってしまった他の精霊たちと、
各種族の子供たちに懇願とプレッシャーを
かけられ、
ASAPで作業を行ったらしい。
「土精霊様……
精霊代表として首脳会議にも出席したのに」
「つーか土精霊様なら問題を起こさないだろう、
って事で出てもらったんだしなあ」
水精霊様
→初回、勘違いで襲ってきた事アリ。
氷精霊様
→気まぐれ、忘れっぽい、すぐどこか行く。
風精霊様
→売られたケンカは買うタイプ。
というラインナップの中では―――
土精霊様以外の選択肢は無かったのである。
苦労するのってたいてい大人しい、
常識人枠だからな……
「後で何か作って、差し入れに行きます」
「頼むぜ」
ジャンさんの言葉が終わると同時に、
部屋にノックの音が響き、
「ええと、アラウェンさんがお見えになって
おりますが」
女性職員の声が聞こえ―――
「おう、通してくれ」
その後、新生『アノーミア』連邦の、
諜報部隊の三名が入ってきた。
「うぃーっす、どうも」
「……お疲れ様です」
「ど、どうも」
赤髪の短髪をした、半眼のアラサーの男と、
彼の部下である男女……
灰色の髪に白髪混じりの、武人といった
風貌のアラフォーの男と、
薄茶のショートヘアーをした、三白眼の少女が
ソファに座りあいさつする。
その対面にはギルド長が―――
側面には私とレイド夫妻が座る形になっていた。
「で、どうだ?」
メンバーの中で一番年上の人間の問いに、
他国の諜報機関の総司令は、
「あー、来てますねえ。
ウヨウヨいるってほどじゃないですが、
ざっと15・6人ほど?」
その答えに、レイド君とミリアさんが
息を呑む。
「多くないッスか?」
「そんなにいるんですか……」
アラウェンさんが話しているのは―――
暗殺者についてだ。
自分の正体を各国で共有した時から、
ある程度は覚悟していたが……
こうまで早く動くとは思ってもみなかった。
そもそも、『暗殺者が差し向けられる』事を
想定・忠告してくれたのは彼である。
『どこの国にも過激な思考のヤツはいる』
『死は全てを解決すると思っているアホがいる』
『危険な存在は消すに限る、とね』
私は一息つくと、
「しかし、よくわかりましたね?」
その問いにはフーバーさんとルフィタさんが、
「同業者なら『匂い』でわかります」
「ただ、執拗に接触するとあちらも気付くと
思いますので―――」
そこはカンみたいなものなのか。
「まっ、公都の中じゃバカな真似はしないでしょ。
狙うのなら、シンさんがどっか外に出て―――
1人きりになった時。
確実にヤルなら、魔導爆弾を抱いて飛び掛かる、
とかですかね」
アラウェンさんの言葉に、レイド夫妻が
顔を顰める。
自爆覚悟か……
以前、似たような事もあったし否定は出来ない。
(■54話 はじめての ばくだん参照)
「首脳会議で、シンさんはドラゴン始め、他種族と
懇意にしているって話は出たんスよね?」
「国としても、ウィンベル王国とチエゴ国、
新生『アノーミア』連邦だって敵に回る
可能性があるのに」
二人の言葉にギルド長が頭をかきながら、
「そこまで頭が回る人間ばかりなら―――
苦労はしねぇって」
「下手すりゃ自国を滅ぼしても、世界を救ったって
自己満足するんじゃねえですかね」
なんつーはた迷惑な……
そしてアラウェンさんの中では―――
世界の危機クラスになってんのか私。
「そういえばマルズ国では、『境外の民』の
記録が残っているのに―――
私の事は取沙汰されていないんですか?」
すると部下の二人が両目を閉じ、
「とはいえ、70年も前の記録ですから」
「話半分にしか信じられていない、というのが
実情です」
なるほど。
なまじ記録が残っている分―――
真偽が疑われているのか。
それに『参謀』については、半ばタブーのような
扱いでもあったし。
より高度な情報に触れる人も限定的なのだろう。
「しかし、問題は暗殺者どもだ。
公都の中で仕掛けて来ないっていうのは
理解出来るが―――
いつまでそうしているかわからん。
時間が経てば、強硬策に出てくるヤツが
いるかも知れん」
ジャンさんが話を本題に戻し、全員が
両腕を組んでうなる。
「どこかに誘導して、一網打尽に出来れば
いいんですけどねえ……」
アラウェンさんが両腕を頭の後ろに回して、
両隣りの部下に遠慮する事なくソファに
もたれかかる。
「なるほど。
目標は私ですし……
もしかしたら―――」
「おっ? 何かいい案でも浮かんだか?」
ギルド長が顔をこちらに向けると、
同時に全員の視線が集中する。
「うまくいくとは限りませんが……
確か魔物鳥『プルラン』の巡回地の間に―――」
こうして、各国の『暗殺者』対策が小一時間ほど
話し合われた。
「……という事になったんだけど」
夜、自宅の屋敷に戻った私は、家族と情報を
共有していた。
「ぬあ~……
ンな事になってたの?」
「命知らずもいいところじゃのう」
「ピュ!」
同じ黒髪の、セミロングとロングの妻……
アジアンチックな目鼻立ちをしたメルと、
西洋系のモデルのような顔のアルテリーゼが
呆れたように声を出す。
「各国との同盟も成立した事だし、
穏便に済ませたい。
それで、メルとアルテリーゼにある事を
頼みたいんだけど」
「ふむ?
旦那様の言う事なら何でも聞くけど」
「何をするつもりじゃ?」
そこで『暗殺者』対策について一通り
説明すると、
「へー、そういう訓練かあ。
おっ任せー!」
「妻として当然の事よのう」
「ピュー」
同意を得たところで翌日から―――
対策のための訓練を行う事になった。
―――三日後。
「……『目標』が外出する?」
公都『ヤマト』の比較的安い宿の一室で、
『冒険者』が複数、声を交わす。
「ええ。
ここでは、魔物鳥『プルラン』の狩りを
団体で定期的に行っているそうですが……
明日、それに同行するという事です」
室内の男女は顔を見合わせ、
「しかし、『万能冒険者』といえば―――
かなりの金持ちなのだろう?
どうしてそのような事を」
「聞いた話では、自分が考案した事なら
たいていの事に参加するようです。
常にではありませんが、下水道の清掃にすら
自ら潜る事もあるとかで」
彼らの間でざわめきが生じるが、
リーダー格らしき男の言葉で止まる。
ブラウンの短髪、大人しそうな細目―――
しかし眼光は鋭いその男はゆっくりと口を開き、
「いずれにしろ、ようやく機会が来たのだ。
だが、明日は同行のみに留めておけ。
警戒させてはならぬ」
「しかし、可能であれば―――」
彼は手を水平に差し出して反論を制し、
「急いては事を仕損じる。
どうせ我々は死んだも同然の身だ。
無駄死にだけは避けねばならない。
一度参加して信用を得た後の方が、
成功率は高いだろう」
彼の言葉に、他の仲間らしき『冒険者』たちは
互いに顔を見合わせてうなずく。
「他にも、我々と同じ『目標』を狙う者が
おりますが……
それはどうしますか?」
「放っておけ。
敵対しているわけでも無し―――
むしろいい目くらましになる。
それに弾数は、多い方がいい」
彼が自嘲気味に笑うと、周囲もつられて笑い―――
「後はまあ、この世の名残に美味いモン食えて
死ねるというのが救いですかね」
「そうなると『目標』を消すのも……
もったいない気がしますが」
死を覚悟しての会話にしては、軽く明るく―――
室内は笑顔と笑い声で包まれた。
「えーと、では……
各自はぐれないようにお願いします。
もし何かあったら、魔狼ライダーかラミア族が
足止めしている間に、近場の避難所まで走って
ください。
上空にはワイバーンライダーもおりますので」
翌日―――
『冒険者』に扮する怪しげな一団は、
魔物鳥『プルラン』の狩りという名の回収に
参加していたのだが、
「基本的にはコレ、ただの荷物持ちだよな」
「しかし、護衛に魔狼ライダー、ラミア族……
それにワイバーンライダーも待機していると
なると」
「どうします、キャビン様。
相打ち、自爆覚悟でも厳しいと思いますが」
護送船団方式により―――
ガチガチに安全性重視で、生息地の巡回は
行われており、
その最中に襲うというのは、いくら死を前提に
していたとしても、かなり難しいと言えた。
「今回は同行するだけだと言ったはずだ。
それより―――
この機会に地形や避難施設の位置を
把握しておけ」
こうして彼らは順調にプルランを回収する
『狩り』を続けた。
「ねー、シン。
あの避難所でいいんだよね?」
「うん。
あそこなら、30人くらいは収容
出来るし」
一方で―――
シンは妻と一緒に、ある『作戦』について
話し合っていた。
「しかし、こんな形で避難所を使う事に
なるとは……」
避難所とは、魔物鳥『プルラン』の各生息地近くに
設置されたものだ。
雨や不測の事態に陥った際―――
また、休憩所としても使えるよう、最低限の
生活インフラが整えられている。
土台はラミア族が土魔法で作り、内装は簡素だが
それなりに居心地が良くなるように作られていた。
山小屋のような位置付けだが、それでも一泊や
二泊程度なら過ごせる造りだ。
「メルは私と一緒に待ち構えるって事に
なっているけど―――
大丈夫か?」
「シンの作戦通りなら心配はいらないよー。
むしろ相手に同情するわ」
確かにそうなんだろうけど……
理解のあるお嫁さんで良かったのか
悪かったのか。
「それより、シンが傷付かないように
動かないとね。
もしケガでもしたら、アルちゃんが
黙っていないと思う」
こうして、『作戦』について確認を終えた後、
私たちは『狩り』へと戻った。
「……何?
『標的』が戻っていないだと?」
魔物鳥『プルラン』の狩りから帰還した
『暗殺者』の一団は―――
安宿の一室で、その情報に動揺していた。
「一行と一緒に戻って来たはずだが……
誰か、『標的』の姿を公都内で見た者は
いるか?」
キャビンの問いに、誰もが首を横に振る。
「あ、あまり警戒されてもならないと……
『標的』に近付くな、との事でしたので」
「しかし、別に騒ぎにはなっていなかったと
思いますが」
部下に近付くなと命じたのはキャビンである。
しかし、周囲は自然な感じで―――
騒動も何も無かった。
彼は気を取り直して、
「『標的』の行方について情報はあるか?」
「そ、それが―――
避難所にいるそうです」
その答えにキャビンは首を傾げ、
「どういう事だ?
『標的』は『ジャイアント・ボーア殺し』でも
あるのだろう?
まさか、ケガをしたわけでもあるまい。
それとも急病か何かか?」
「いえ、それが……
何でも足をつったとかで。
それで念のため同行していた奥さんと一緒に、
いったん避難所で休む事になったと。
『標的』に結構ある事なんだとか」
『はあ?』『へ?』と、気の抜けた反応が
あちこちから返ってくるが、
「確かに『標的』は若くは無かったし……
考えられん事ではないが。
もし事実だとしたら、千載一遇の機会となる」
部下たちが色めき立つ中、彼は手を振って
それを制し、
「しかし、話がうま過ぎる。
公都外での施設に―――
さらに『標的』と滞在しているのはその妻
1人だけ。
巻き添えは最小限で済む。
我らに取ってはこの上なく理想的な状況だが」
リーダー格の彼の指摘で、『それは……』と
部下たちはクールダウンする。
「確か他にも―――
同じ『目標』を狙う連中がいたはず。
そいつらの動きを調べろ」
キャビンの命令に彼らは無言でうなずくと、
誰からともなく退室していった。
そして二時間ほどして……
情報を各自入手して宿へ戻って来た
彼らは―――
「どうやら連中も動くようです。
個人・複数と差はありますが―――
恐らく全員が」
報告を聞いて、キャビンは眉間にシワを寄せる。
「この機を逃せば……
さすがに『標的』も警戒するだろうな。
仕方がない。
こちらも動くぞ」
彼は部下たち一人一人と視線を合わせ、
「決行は……深夜だ。
まずは俺が行く。
俺がダメだったら誰かが続け。
最後の一人まで諦めるな。
―――世界の脅威を排除するために」
「「「はい!!」」」
彼らは決意を固め……
『その時』を待つ事になった。
「おう、どうだ2人とも」
同時刻―――
人通りが少なくなった公都の一角で、
アラウェンが部下の男女と落ち合っていた。
「宿泊施設、料理店、大浴場に富裕層地区に
至るまで―――
シンさんの話をばら撒いてきました」
「そのおかげでアイツら、明らかに動く気配
バリバリですよ。
同業者にしては、ちょっと練度が低いんじゃ
ないですかね」
彼はフーバーとルフィタの報告を聞いて、
「その辺は諜報機関と実行部隊の違いだな。
さてと……
ちょっくらギルド支部に行ってきますかね」
今回のシンの『作戦』は、当然彼らや
ギルドメンバーも絡んでおり―――
着々と手筈が整いつつあった。
「隊長……
いえ総司令が軽いのはいつもの事として」
「相変わらず緊張感が薄い人ですねー」
「酷くね!?」
部下二人の感想にアラウェンは反発するも、
「まあ確かに、今回はそれほどと言うか
全然深刻にとらえてねーけど。
シンさんの『訓練』を見ちまったらなあ……」
「あれは……確かに」
「万が一すら無いでしょうからね、
あんな事が可能なら」
すでに協力している彼らは、シンの『作戦』の
全貌を知っており―――
感想を次々に口にすると、目的地へと姿を消した。
「あれか?」
「はい。
あの中には今、『標的』とその妻しか
おりません」
公都『ヤマト』郊外にある―――
避難所の一つ。
そこに、複数の影が近付きつつあった。
フードを被り、顔の下半分はマスクのように
布を巻き付け……
少なくとも一般人では無い事は、
外見が保証していた。
「『他』の『連中』は?」
「別方向から建物に向かって接近中です。
おかげで『標的』を取り逃がす事は無いかと」
夜陰に乗じて『暗殺者』たちが距離を詰める中、
『標的』はと言うと……
「早く来てくれないかなー。
眠くなっちゃうよ」
「いや、多分寝るのを見計らって来ると
思うから」
避難所内で私は、大きなあくびをするメルを
たしなめていた。
「でも倒すんじゃなくて生け捕りかあ。
なんか面倒」
「気持ちはわかるけど―――
同盟が成立したばかりだし、それに
何度も来られる方が面倒だからね。
それと、多分一方的になると思うけど、
なるべく穏便に頼むよ」
「りょー」
そして、魔導具の照明を最低限残して落とし、
襲撃を待ち構える事にした。
「鍵もかけてない、だと?」
入口から入った侵入者たちは、あっさりと
扉が開いた事に拍子抜けしていた。
開ける際、カランカランとベルが鳴ったが、
それ以外に何が起こるという事もなく、
「避難所ですから―――
施錠のような物が無くとも
不思議ではありませんが……」
「一応、誰かが来た事に気付くよう、
音が出る仕掛けがあるだけのようですね」
キャビンの疑問に部下が答え、一行は
建物内の暗闇の廊下を進んでいく。
「! 今、どこかで音が」
「恐らく他の連中も入り込んだな。
『目標』を見間違えなければいいのだが」
侵入者たちが続々と避難所に潜入し―――
別の潜入者に警戒するという、奇妙な状況が
出来上がる。
「しかし、広いな。
避難所というより、まるで屋敷だ」
「最大、30名ほど寝泊まり出来るように
作られているそうです。
この広間を抜けた先に寝室が―――」
進み続ける彼らに、突然人工の明かりが
照らされた。
「!!」
「……ッ」
恐らく、大勢で食事をするための木製の
長テーブル……
それが複数規則的に置かれている中、
一番奥にアラフォーと―――
二十歳そこそこの男女の姿が現れた。
「えーと、いらっしゃいませ?」
「本日は当避難所にお越しくださり、
ありがとーございますっ」
何とも我ながら間の抜けた対応だと思う。
襲撃者を迎えるのはこれまでにもあったにしろ、
慣れるものではない。
メルはどこかノリノリのようだが。
「『万能冒険者』―――
シン殿か」
「そうも言われているみたいですけど」
自信無さそうに答える私に、彼らはあくまでも
警戒を解かず……
ふと、一番前にいた男がフードとマスクを外す。
年齢はまだ三十手前といったところだろうか。
「恨みは無いが……
この世界の平和のため―――
死んで頂く」
彼と動きを同期させるかのように、周囲の
人間も身構える。
「平和を乱した覚えは無いんだけど」
「そーそー。
アンタたちみたいに襲い掛かってくる連中も、
ほとんど反省を促して帰しているんだよ?」
私とメルの反論に、彼らは表情を崩さず、
「『別世界からの来訪者』―――
その存在そのものが脅威なのだ」
「脅威と言われましてもねえ……
ちなみに、私の『能力』について、
どれだけ知っているんですか?」
きちんと把握していれば、こんなバカな真似は
しないだろう。
彼から返ってきた答えは、
「魔力・魔法の全無効化だったか?
強力な『抵抗魔法』の使い手―――
それが貴様の正体であろう?
当然、備えはしてあるさ」
そして、握りこぶしほどの大きさの魔導具を
見せつけるように掲げる。
「これは我々の魔力と連動している。
全員を殺さない限り止まらない。
どれか一つでも起動させればいいのだ。
『抵抗魔法』で、これだけの人数を
同時に対処出来るか?」
アラウェンさんの言う通り、死ぬのが前提か。
しかし、それはもう不可能だ。
正確には彼らがこの避難所―――
もしくはその存在に私が気付いた時、全ては
終わっている。
「てゆーかさ。
さっきから私は無視なの?」
メルもそれを知っているからか、動揺も怯えも
全く見られず、
「妻がいるとは聞いていた。
女まで巻き添えにするつもりはない。
今、逃げるのなら見逃そう」
「あのさー。
私の他にもう1人、ドラゴンの妻がいるって
聞いてないの?」
不機嫌そうに言い返す彼女に、
「ワイバーン騎士隊もドラゴンも、この公都で
確認した―――
だが別世界の存在とはいえ、人間がドラゴンを
従えられるとは思えん。
何らかの協力体制はあるだろうが。
どうせ欺瞞情報だろう?」
あちゃー……
そこから始めなければならないのか。
ここに来て、情報伝達の不正確さが
露呈した感じだ。
考えてみれば、アルテリーゼは基本人間の姿をして
過ごしているし……
一度も変身を見た事の無い人が、その情報を信じろ
というのは無理があるよな。
私はふぅ、とため息をついて、
「……もう少し確認に時間を割くべきでしたね。
それに、私の『能力』は『抵抗魔法』では
ありません。
私には魔法はおろか、魔力すらありませんし。
『そういう世界』から来たんですよ、私は」
そこで私はメルの方を向いて、
「そろそろかな」
「そーだね。
もう来るんじゃない?」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、
避難所のあちこちから、物が壊れるような音と
叫び声が上がる。
「……っ!
アイゼン万歳!!」
リーダー格であろう男が、手にしていた魔導具を
天井へ差し出すように持ち上げるが、
「……!? ふ、不発か!?
おい! 誰でもいいから起爆させろ!!」
「そ、それが……!
何度も起爆させようとしているのですが」
「わ、私のもダメです!!」
一団は慌てふためいているが―――
私やメルにしてみれば、想定通りの結果だった。
実はここ数日、妻たちや他のメンバーと一緒に、
無効化の範囲を特定する実証と練習を行って
いたのである。
幸い、侵入は音の鳴る仕掛けを施してあったので、
それに気付いた時、訓練と同じようにそれを実行。
自分の一メートル以内にいる人間を抜かして、
半径五十メートルの範囲に対し、
魔力で動く魔導具と魔法を無効化させた。
また、避難所から五十メートル離れたところに、
アルテリーゼ、ジャンさん、他ラミア族や魔狼を
複数潜ませ……
避難所の明かりが点くのを合図に、突撃させる
手筈になっていたのだ。
「魔法・魔力の否定はもとより―――
私の世界に無かったものも無効化出来る……
首脳会議でこの情報は共有されたはずですが」
「ま、まさか……
そのような事が本当に……!?」
現実感を喪失したのだろう、完全に浮足立った
彼らを見て、
「メル、武装解除をお願い。
なるべくケガさせないように」
「ほーい」
そして彼女が突入し―――
あっという間に彼らは鎮圧された。
ドラゴンの魔力の影響を受けている事。
ギルド長お墨付きのシルバークラスである事……
魔法が使えなくなった彼らは、反撃すらろくに
許されなかった。
「シンー、こっちも終わったぞ」
「多分、これで全員だろう」
もう一人の妻とジャンさんが、人を複数ロープで
縛り上げて、広間まで運んで来た。
「くそ、殺せ!!」
「何もしゃべらんぞ!!」
悪態をつく彼らを横目に、回収した魔導具や
武器を前に相談する。
「どうしましょうかね、これ」
「無効化してあるのはわかるが―――
近くにあって気分のいいモンじゃねえしな」
私とギルド長は処分について話し合い、
「バラバラにすればいいか。
その後、アルテリーゼに燃やしてもらうと
いうのは」
「それでいくか」
そこで私はメルとアルテリーゼを呼び―――
「う……っ」
「しょ、正気か!?」
素手で魔導具や武器を壊していく妻二人を見て、
『暗殺者』たちは目を大きく見開く。
まあ向こうからしてみれば、なぜか不発だった
それをわざわざ、爆発させようとしているとしか
思えないだろうからな……
「シンー、これくらいでどう?」
「念入りにやってみたぞ」
もはや原型を留めていない―――
部品やら金属片の山を見て、
「ありがとう。
じゃ、さっそくだけど外で燃やしてきちゃって」
「ほーい」
「行ってくるぞ」
妻二人を見送ると、改めて先ほどの襲撃者の
一団……
そのリーダー格の人間と相対する。
「……殺さないのか?」
「殺しませんよ。
それなら生け捕りにしてないでしょう。
それにまあ……
自分より若い人たちが死ぬのは抵抗が
ありまして」
私の言っている意味がわからない、という顔を
彼らはするが、それに構わず話を続ける。
「どの道、我々が生きていたら―――
祖国に迷惑がかかる。
自害を許してもらえれば有難いのだが」
「あー、詳しい事情を聞く気はないですから、
それは大丈夫ですよ。
死ぬのはいつでも出来ますし……
もうちょっとだけこっちに付き合って
生きてみたらどうです?
まだ食べていない料理もあるでしょ?
どうか頼みを聞くと思って」
私の提案に彼は苦笑し、
「敗者である我々に頼み、とはな……
そっちのギルド支部長はいいのか?」
さすがに有力者として調査はしていたのだろう。
彼の質問にジャンさんは振り返り、
「穏便に済ませるよう、本国から言われている。
今夜は何事も無かった―――
それだけだ」
その言葉を最後に、広間は諦めとも自嘲とも
つかないため息で支配された。