「……大我…」
呼び捨てにするのを一瞬ためらったが、一緒に花火を見に出かけた仲だ。
樹は、部屋のベッドに寝かされた大我の手を握っていた。冷たいようでほんのり温かい、不思議な温度だった。
大我は昨夜ビーチにいたのを見つけられ、戻ってきた。いくら瀬戸内とはいえ、11月も下旬になると冷え込む。それなのになぜ海に出ていたのか、そして下半身を水に浸けていたのかは分からない。
きっと海が好きだったんだ、と解釈した。
「ありがとね、大我。短かったけど、楽しかった。俺もすぐそっち行くから待ってて」
その言葉を聞いて、そばに立っていた若いスタッフが顔を手で覆った。最近見るようになったから、新人さんだろう。
「昔のこと、思い出せて良かったな」
花火を見たあの夜のことを、憶えていた。確かに彼は、過去を語っていた。
そっと、大我の頬を撫でてみる。白かった肌は血の気が引き、さらに透明感が増した。その美しい寝姿に、「眠れる森の美女」みたいだな、と場違いなことを思った。
もう一度強く手を握り、別れを告げた。
「じゃあな」
「よっ」
部屋に入り、まるで地元の友達のようなテンションで声を掛けた樹。掛けられた慎太郎は、ふふ、と笑った。隣にいる北斗は察した。
「ごめん、眠かったか」
布団に入っていた慎太郎を見て、樹は微笑する。
「ううん。ちょっと誰かと話したいなーって思ってたから、嬉しいよ」
「ほんと?」
慎太郎は首を縦に振る。
「さっきね、マスターにアロマセラピーしてもらってたんだ。それで寝ちゃって、起きたら誰もいなかったから寂しくて」
2人はベッドサイドに腰掛ける。
「動けなくなってきたんでしょ?」
北斗が、声は柔らかくオブラートに、言葉は同じ当事者だからこそはっきりと言った。
「…うん。でもまだ食べれるし、喋れる。俺お喋り好きだから、話せなくなったら嫌だな」
北斗は、父のことを思い出した。
最期は意識がもうろうとしていて、意思疎通はできなくなっていた。でもそれは強い鎮静剤を入れていたからだ。自分たちは何も薬を服用していない。
「大丈夫だよ。俺らがいる」
あまりにも頼りなさすぎる励ましだとは思いつつも、北斗は言う。樹もうなずいた。
「どうせ行ってもさ、すぐ会えるよ」
「そうだといいね」
「でもみんなだんだんいなくなっちゃって…。怖いんだよね、ちょっと」
北斗は足元を見つめ、ぽつりと言う。
「確かに。次は誰かな、なんて」
屈託のない笑顔で慎太郎が返す。
「まあみんな同じくらいのタイミングっしょ」
樹も笑って明るく飛ばした。北斗もニコリとする。
「じゃあさ、約束しよう」
慎太郎が口を開く。首を傾げ、次の言葉を待つ。
「もし、この中の誰かが最後に旅立つとき、6人のことを思い出そう。そしたら、空の上でもきっと会える」
「最後じゃなくてもいいじゃん」
「そうだよ。みんな思い出そう。最後の人じゃなくて」
2人は口をそろえた。
「そっか。そうだよね」
優しい笑みが、3人を包んだ。
「なんか俺眠くなってきたな…。ちょっと寝ていい?」
「うん。じゃあ帰るね」
「おやすみなさい」
2人が出ようとするとき、樹が振り向く。北斗もつられて首を動かした。
その瞬間、目を閉じていた慎太郎の口元に儚げな笑みが見えた。
樹と北斗は顔を見合わせ、口角を上げた。
そのまま慎太郎が永久の眠りについたことは、彼らはまだ知らない。
続く
コメント
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最初からずっと読ませて頂いてます。一人、また一人と旅立つたび胸が締め付けられて悲しくなります。死ネタはどちらかと言えば苦手なんですが、このお話は最後まで読みたいと思いました。