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低く鋭い声とともに、強烈な力で腕を引き寄せられる。
視界が回転し、気づけば私はレオン様の厚い胸板の中に収まっていた。
ジャ、という音を立てて、溢れた紅茶は私たちの代わりに地面を黒く濡らしていた。
「……っ」
鼻先に感じる、清潔感のある微かな香り。
抱き寄せられた腕の、鎧越しでもわかるたくましく強固な感触。
推しに抱きしめられて守られたという現実に、私の脳みそは完全にフリーズ(処理落ち)した。
「レ、レレ、レオン……様っ!? す、すみません! 大丈夫かしら?!服に跳ねてない!?」
パニックで敬語とお嬢様言葉が混ざり合うが、そんなことは言っていられない。
慌てて離れようと身悶えすると、レオン様は名残惜しそうにゆっくりと私を解放した。
「メリッサ様、お怪我はありませんか。火傷は……なさっていないようですね」
「へ、平気よ」
「……怪我がないようでよかったです」
レオン様の声は凍りつくほど冷たかった。
けれどその青い瞳が向いていたのは、私でもマリンでもない。
ティーポットの側で、私を突き飛ばしたまま呆然としている、別の貴族令嬢の方だった。
「失礼。不審な動きをした者がおりますので、私は少し席を外します。お二人はここで待っていてください」
レオン様は有無を言わさぬ
底冷えするような口調で言い放つと、震え上がる令嬢を連れてどこかへ行ってしまった。
……あのご令嬢、命あるかしら。
取り残された私は、目を丸くしているマリンと視線を交わす。
「メ、メリッサさん、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「え? ええ。驚かせちゃったわね。貴方にも怪我がないようで何よりだわ」
お互いぎこちなく、けれど確実に「敵対」ではない挨拶を交わす。
先程のハプニングで、結果的に「紅茶ぶっかけ事件」は回避できた。
(計画通りとはいかなかったけど、レオン様に助けられたし、マリンとも険悪にならなかったし、結果オーライよね!)
内心で派手にガッツポーズを決めていると、レオン様が戻ってきた。
彼の表情はいつも通り無愛想だったけれど、私を見つめる瞳の奥に…
今までにはなかった、熱を帯びた「何か」が揺らめいているような気がした。
(ま、まさか殺意……じゃないよね?今のは不可抗力だし、一先ず安心…かな)
「メリッサ様。先程のお騒がせ、お許しください」
「いいえ。むしろ私がお礼を言うべきだわ。ありがとう、レオン」
私が素直に、精一杯の感謝を込めて微笑むと、レオン様は一瞬だけ呼吸を止めたように硬直し
それから視線を逸らして小さく、本当に小さく頷いた。
その日の夜、ヴァリエール公爵邸の私の寝室。
ふかふかのベッドに横になりながら、私は今日一日の激動を思い返していた。
今日は危機一髪だったわ。
(でも、何とかなった。これで明日からはマリンとも仲良くなって、レオン様とも良好な関係を維持していけば……)
ヒロインのマリンも無事。
私も推しに嫌われることなく、むしろ守られた。
(これでいい、断罪エンドを回避して、二人の恋を応援しつつ、私は一生推しを崇める隠居生活を手に入れるの!)
そうなれば順風満帆!
私の未来は明るいわ!