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第1章 スキ



人には得手不得手ってあるものだと思う。


それはもちろん、生まれ持った身体の差や能力の差でもあると思うし、生まれた家の環境もあるだろう。


“親ガチャ”なんて言葉も流行ったけど、結局ガチャは出てしまえばそれはそれで使い道を探せばあるもので、最終的にそれは引いた人の柔軟な発想の差なのだと思う。


生まれた時からやや体が大きかった私は、成長につれてもやはり周りと比べてふた周りくらい大きくて、何をしても目立ってしまうような人間だった。


これはたぶん、よくある子供の我慢の記録。








背が低い、と言われたことは一度もなかった。

そして必ず言われる言葉は「運動神経良さそう」。

しかし、徒競走はクラスのドベ争いで輝く方で陸上競技場は全滅。

バスケは高さがあるのでできるけれど、

ドッチボールはキャッチの仕方が分かりません。

ピンポイントでまあできるものがある程度で、

ほとんど運動神経は壊滅的だと言ってもいいけれど、この身長と体格はスポーツマン体型だったため、そのアンバランスさが余計に目立った。


さらにこの体型は当時の私の中の乙女心を打ち壊すのには効果抜群。

肩幅が合わないのだ。女児用の服では。

当時は今ほど種類も大きさもないので、

残念ながら着たいと思った服も私が着ると肩パットが入ったピチピチになり想像と大きく違った。

よって着るのは一回り違う従兄弟からのお下。

中性的な顔にやや男よりの髪型。

私はそのスタイルに慣れていけば行くほど本来の自分とは違う人間になっていくような、そんな気持ちになりながら道着へと着替えるのだ。



道着はとても好き。

トイレはしにくいけれど、

あの洋服では味わえない感覚と腰辺りを締める袴の結び目は着るだけでかっこよくなれる気がしたし、何より私は似合ってた。

声を出すのも好き、竹刀を振るのも好き、痛かったり、疲れたりしても、なんだかんだ好き。

たぶん好きなもの。

練習には行きたくない、と泣いても、

試合は出たくないと言ったことは一度もない。

私の中ではとにかく好きだったものが「剣道」だった。

その想いのせいなのか、大人たちは私に期待していた。


親戚は「天才」だというし、

先生たちは「才能の塊」。

でも親は「そうなの?」と言っていて、

私にはどれが正しいかもわからないし天才だと思ったって負けるのだから本当によくわからない。


でも確かに人と違うなと、

思ったのは私は動体視力が異常にいいことだったんだと今思う。


相手が動いた瞬間が、息が止まった瞬間が、足が踏ん張った瞬間が見えるのだ。


だから私はその瞬間に合わせて飛ぶだけ、

それで勝てる。私が一番最初に人と違うかもしれないと思った瞬間だった。


その異常な動体視力にももちろん欠点がある。それは見えても、体が追いつかないこと。


元来運動神経が良くない私が人と跳躍勝負で勝てることはないのだけれど、幼いうちはその視力と身長のおかげで同い年と打ち合いすれば勝てる速さと勘の良さは持っていた。

でもそれが通用したのはせいぜい3位までだった。




毎年ある市の個人戦は誰でも出れるものが2回行われていて、小学4年生以下女子の部で3年生で初めて出た時のこと。結果優勝した違う道場の4年生の女の子は私と同じ体格があって、タイミングも捉えたはずだったのにも関わらず打ち合いで負けた。

上級生に勝つにはそれだけじゃ足りなかった。

私の親は熱心にその子に「強いね、どうしたらそんな強くなれるの?」と聞いていて、私は少しだけモヤモヤしながらもそれでも勝ちたいから黙った。

でもその返答は私が求めてたものとは違って、


「今年は上級生がいないから、私の番だと思った」


親も一緒の道場の子もみんな「そうなんだー」「すごいね!」「おめでとう!」とかそんな会話をしていたけれど、私は口が動かなかった。私の中で、一番屈辱に感じた瞬間と言っても過言じゃないかもしれない。


「バカにしてんの?」


負け犬の遠吠えにならないように、口を開いたら出てしまいそうなこの言葉を飲み込んで。

とにかく私は誓った。



コイツには二度と負けない、と。




私の学校以外の1週間のスケジュールはこうだ。


月曜日は休み

火曜日は稽古

水曜日はピアノ

木曜日は稽古

金曜日は休み

土曜日は稽古×2

日曜日は試合or稽古


見事に週休二日で実際練習はこれ以上したくなかった。

小学生としては放課後友達と遊ぶ時間も欲しいし、ゲームもしたいし、絵も描きたいし、これは変わってるかもしれないけれど勉強もしたい。



したいことは沢山あったから、賢く効率良く。当時こんな言葉は知らなかったけれど、やっていたのはそんなこと。

練習時間は変えない、その代わり動体視力+予測をするようになって、あと自身の呼吸を意識した。



人は息を吸ったタイミングは跳べない事をご存知だろうか?


このタイミングで飛び込まれると反応が遅れてしまい、合わせ技は打てないし辛うじて動けても決して打ち負けることは無い。

まして小学生のうちにこれを覚えたら強いと思った。

剣道において、一足一刀の間合いというのがあってそこから一歩で打突が可能な自分の間合い。人によって違うけれど、竹刀の剣先が触れあったところから少しだけ前に出たところがそれに当たることが多い。


小学4年生でこれを理解した。


出来るかどうかは置いといて、ここから私の結論は、


一足一刀の間合いに入ったら呼吸をしなければいい。


だった。




最初は息が続かなかった。

止めて、入って、……はぁっと間合いから下がって、とやっていると先生からは何やってんだと面を叩かれた。


水泳は25メートルでも泳げるし、潜水もできるので、人よりも肺活量はあるはず。それでも動きながら呼吸を止めるのは至難の業で、ちょっと酸欠になったり。

グラっときたり、トイレに行った時に意識が飛ぶこともあった。


そして、小学生あるあるだと思うが、先生に竹刀を飛ばされる。

正確には叩き落とされたり擦り上げられて竹刀から手が離れてしまうこと。

これは試合に置いては反則で、場外よりもやってはいけないという暗黙のルールがある。

場外反則は周り見ろ、だが、竹刀落としはテメェ何やってんだこの野郎。位の差があるのだ。


離さなければいい、しっかり握ればいいと簡単に考えるかもしれないが、1つの稽古約2時間ほどとして、その意識を常に考えられるようならば既に大人。

そして私はこれに対して最大の欠点を見つけた。

両手でしっかり握ると疲れる上に咄嗟に反応が遅れるのだ。


私は何気なく、先生に、

「ずっと握り続けるのは無理です」と少し不貞腐れたように、どーしようもないじゃないかという雰囲気で聞いた。


すると、先生は呆れながら、

「竹刀は左手の小指、薬指、中指で握るもの。それ以外に力はいれなくていい。」

竹刀の構造上それは竹刀の持ち手の一番端の指三本。そこだけ。

振り上げるのも、振り下ろすのも基本はその指さえ出来ればいい。

ただし、振り下ろす時に右手の力を一時的に加えることでスナップを効かせられる。


ここまでが小学4年生の大会前に教えて貰ったことだった。



頭で理解しても自分の思うように動かない。

それは当たり前だけれど、でも確かにその芽は出ていたのだと思う。



夏休み。

一番最初にあの負けた大会に出た。

結果は2回戦で負けた。

集中していなかったし、とんでもなく悲惨な試合。

やってしまったなぁ、と反省する間もなく先生にぶん殴られた。2回。


そしてそれからひと月後の秋。

芽は、土の上へと顔を出した。


その日の集中力は違った。

朝、スッキリ目が覚めて、何故か朝から算数の計算問題をひたすらしていた。

落ち着かなかったのもあるけれど、ただ式、答え、式、答えの流れが非常にスムーズで心地よかった。


会場では普段よりも静かだったと思う。

一人一人の顔がハッキリと見えてて、必要な音しか聞こえなくて、自分のドキドキとしている内側の音がくすぐったい。

この音がお腹に響く時はあまり良くないのだけれど、その日はなんだか心臓がくすぐったい。そんな感じ。


まだ呼吸も思った通りではないし、竹刀の握りも使い方も甘かった。

でも、同世代よりも上の人達と稽古をしていた時間があった分、私の予測は同年代の中では遥かに優れていたみたいだった。


気がついたら応援にと道場の人達が私側の後ろで座ってて、「がんばれ」「ファイト」「ないす!」とか沢山、たくさん、声を掛けてくれたのがすごく鮮明に聞こえて。


私はその年の初めて市の大会で“優勝”の称号を勝ち取った。



その後、

先生が涙目だった。

「おめでとう、良かったな。良かった!」って。


先生泣くの?って人だったのに。

でも私はその先生が教えてくれる剣道が大好きで。

口は悪かったけれど、でも、先生は私が勝った時に笑ってくれて。


親もそう。

みんなそう。


優勝ってすごく気持ちよかった。



通信簿で左しかない時も味わえないし、テストで100点とっても違うし、すごく模写が上手くいって絵を褒められた時も違う。



みんなが喜んでくれた。


だから私はまた、

頑張ろうって、

ただそれだけのことだった。



優勝のお祝いに、新しい道着に自分の名前を紫の刺繍でいれた。

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