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#異世界転移
花月夜れん
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設楽理沙
880
耀聖(ようせい)
269
耀聖(ようせい)
855
冷水を思いっきり頭から被った煜峰は、長く吐息を漏らした。
「危なかった」
下半身の猛りを落ち着かせようともう一度冷水を浴びて、頭を振る。
ただの官女の戯言に、ここまで意地になるとはどうかしている。ここまで完璧にひた隠してきた秘密を、危うく自ら明かしてしまうところだった。
幸い麗霞は気付いていた様子は全くなく、問題は無いはず。
問題があるとすれば煜峰の方だ。麗霞の言動と行動に反応し過ぎている。
麗霞をただの官女と片付けるには、無理があるほどに。
だからと言って煜峰が宦官として生きていく限り、麗霞を満足させてやることは出来ないし、きっと自分も歯止めが効かなくなる。
その事が分かっているから、自分の気持ちに気付いていても知らぬフリをする。
「ゆっ……煜峰様! 何をなさっているのですか?!」
侍従の宜辰が浴室に入ってきた。肌着のままびしょ濡れになった煜峰を見て慌てている。
「変わった時間に湯浴みをなさっているかと思えば、冷水ではないですか!」
「少し体を動かしたら暑くなったんだ」
「だからと言って冷水はやり過ぎですよ! お風邪を召されたらどうするのですか?!」
風邪を引いたら、か。寝込んで看病されるのも悪くはない。誰にとは言わないが。
我ながら幼稚な考えが浮かんで苦笑してしまう。
「全く、もう少しご自身を労わってください」
「仕方がないだろう? 天子の子と言ったって、その天子に嫌われている私など、たかが知れているからな」
皇帝は数いる子供の中でも、取り分け煜峰を嫌っている。
下女を気まぐれに孕ませただけでなく、生まれてきた子供を冷遇する理由はどこにあるのか。
皇帝に『父上』と呼びかけたことは一度もない。私的な場で会ったことなどほとんど記憶になく、たまたますれ違ったとしても、空気のように扱われた。
皇帝が自分にだけ冷たいような気がするのは気のせい、自意識過剰だと何度も思おうとした。
けれど6年前のあの日。気のせいでは無いと認めざるを得なくなった。
男としての機能を失わせて、絶対に玉座に付かせないよう画策されたのだから。
煜峰が後宮の妃嬪と過ちを犯したとされた際、皇帝の意図にいち早く気づき手を打ってくれたのが暁明皇太子と皇后だ。
後宮の責任者である皇后が、皇帝が下した処分を飲んだふりをし、さらに刑部の実権を握っていた暁明皇太子の工作によって、刑が執行されたように偽装してくれた。
浄身した証拠として皇帝に差し出された男根は、実際には別の男性のもので、煜峰は今も男としての機能を失ってはいない。
『私が皇帝になるまで辛抱してくれ』
最も活力に溢れ、若さを謳歌するはずだった煜峰を慮り、暁明皇太子はすまなそうな顔をしていたが、暁明皇太子や皇后にしてもらった恩を思えばなんて事はない。
世間から父親の妻を寝とったと嘲笑され、後ろ指を指されても耐えられた。
だから今度もきっと耐えられる。
彼女の幸せを思うのなら、これ以上手を出すべきではない。
すっかり身体は冷えて、先程までの熱は止んでいる。
拭き終える頃合を見計らった宜辰が、新しい衣を広げてくれた。袖に腕を通すと、ツルリとした絹の感触が心地いい。
「そのようにご自身を卑下なさらないで下さい。出る杭は打たれる。煜峰様は有能過ぎたと言うことでしょう」
「自分の子供なのに?」
「それは……」
「ははっ、そう困った顔をするな。それで、私の世話を焼きに来たわけではないだろう? 何かあったのか?」
配膳や着替えの手伝いといった雑多な事なら、他の侍従にも出来る。腹心の宜辰が来たということは、何か用があるに違いない。
「皇太子殿下がお呼びです」
「兄上が?」
「長らくお考えのようでしたが、こちらから仕掛けてみるつもりのようです」
「分かった。すぐに向かう」
身支度を整えた煜峰は、皇太子のいる宮へと向かって行った。
コメント
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読み終わりました……煜峰の苦しい胸中がひしひしと伝わってくる回でしたね。冷水を浴びてまで必死に自制している姿に、宦官として生きる覚悟と、それでも抑えきれない彼の想いの大きさを感じました。そして皇帝の仕掛けた衝撃の過去……暁明皇太子の優しさに救われた恩があるからこそ、今は身を引く選択をするしかない切なさがとても印象的でした。ありみさんの描く煜峰の内面、繊細で好きです。