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朝、目が覚めるとパソコンを使っている聖夜さんが見えた。
画面を見つめたまま、キーボードを叩いている。
静かな部屋に“カタカタ”とキーボードが鳴る音だけが響いていた。
「あ、お、おはようございます……」
私は聖夜さんに声をかけた。
「あ、おはよう」
キーボードを叩いていた手を止めて、私の方を向いた聖夜さんは笑顔でそう言った。
「あの、レイナさんは?」
いつも、朝、目を覚ますとレイナさんがいることが多かった。
でも今日はレイナさんの姿が見えない。
「今日はいないよ。今か稼ぎ時だからね。レイナも忙しいみたい」
聖夜さんはそう言ってクスッと笑った。
「そうなんですね……」
「雪乃はレイナとすっかり仲良しさんだね」
「そんなことは……」
「でもね……」
聖夜さんがいきなり立ち上がった。
“ビクン”と体が揺れる。
私の方へと一歩、また一歩ゆっくり近付いて来る。
逃げようにも私の後ろは壁で、これ以上、逃げることは出来ない。
聖夜さんが私の前に来て、その場にしゃがんだ。
同じ目線にいる聖夜さん。
心臓が煩いぐらいドキドキしている。
切れ長の目が私を捕らえて離さない。
私は目を離すことも出来ずに、聖夜さんの目をジッと見つめていた。
「レイナとは、あまり仲良くして欲しくないな……」
聖夜さんはそう言って、クスリと笑った。
「えっ?どうして、ですか?」
「どうしてか……。それは雪乃は知らなくていいよ。まぁ、しいて言うなら雪乃とレイナは住む世界が違うってことかな」
聖夜さんはそう言ってニッコリ微笑んだ。
えっ?
どういうこと?
仲良くして欲しくないと言っときながら、そのハッキリとした理由を話してくれない。
私とレイナさんは住む世界が違うって……。
聖夜さんに会うまでは、そうだっかもしれない。
でも今は……。
わけわかんないよ。
聖夜さんは立ち上がって、今度は窓の方に行った。
カーテンを少しだけ開ける。
眩しい太陽の光が、ほんの少しだけ開けたカーテンの隙間から入り込み、暗かった部屋を少しだけ明るくした。
「ねぇ、雪乃?」
聖夜さんはこちらを向いて、私の名前を呼んだ。
「今日はクリスマスイブだよ」
「えっ?」
今日は12月24日。
クリスマスイブ。
ここに連れて来られてから時間も日にちの感覚もなくなっていた。
今日がクリスマスイブだったなんて……。
私は、随分と長い間、聖夜さんに監禁されていたんだ。
「あ、雪が降り出した」
聖夜さんは窓の上の方を見ながらそう言った。
「ねぇ、雪乃?覚えてる?」
聖夜さんは、窓の外から私に目を移してそう聞いてきた。
「何を、ですか?」
「聖なる夜に降る雪」
私は無言でコクンと頷いた。
「今日はホワイトクリスマスだね。僕たちの名前みたいに」
聖夜さんがカーテンを閉める。
少しだけ明るかった部屋が暗くなった。
そして、再び聖夜さんが私の前まで来ると、その場にしゃがんだ。
「ねぇ、雪乃?」
名前を呼ばれて、私は無言で聖夜さんの顔を見た。
聖夜さんの手が伸びてきて、私の頬に氷のように冷たい聖夜さんの手が触れた。
肩がビクンと揺れる。
頬を触れた手て、私の横の髪をそっと後ろに流した。
今まで男性と付き合ったことなんかなくて、男性に頬を触られたこともない私の胸は“ドキドキ”と煩いくらい痛いくらい鳴っていた。
「本当は、キミを外に連れて行ってあげたいんだ……」
「えっ?」
私は目を見開いて聖夜さんを見た。
「クリスマスの日ぐらい、外に連れて行ってあげたかった……」
そう言った聖夜さんの顔は凄く切なくて……。
「でも、それは出来ないんだ……ゴメンね……」
わかってるよ。
そんなこと……。
私は、ここからは逃げることが出来ないんだから……。
聖夜さんの言葉に、私は首を左右に振った。
「キミと、こんな形で出会わなければ良かったのに……」
そう言った聖夜さんは、再び私の頬にそっと触れた。
“トクン”と胸が鳴る。
それが、だんだんと“ドキドキ”に変わっていくのがわかった。
「聖夜、さん?」
「キミと、もっと早く出会っていれば……」
聖夜さんは、とても切ない顔で私を見ていた。
聖夜さんの瞳の中に吸い込まれそうになる。
恥ずかしくて顔を背けたいのに、それが出来ない。
私は聖夜さんの目を見つめたまま、じっと固まっていた。
その時、聖夜さんがクスッと笑った。
えっ?
「なーんてね」
そう言った聖夜さんはクスクス笑い始める。
「ビックリした?冗談だよ。ゴメンね」
聖夜さんは、そう言って私の頭を軽く撫でると立ち上がった。
聖夜さんは再び窓の側に行き、窓の外を見ていた。
窓の外を見ている聖夜さんの横顔は、どことなく切なく悲しい顔をしている。
さっきも切ない顔をしていた。
どうして?
なぜ、アナタはそんなに切ない顔をするの?
「ねぇ?雪乃?」
聖夜さんにいきなり声をかけられ、返事をすることが出来なかった。
「僕はこれから出掛けなきゃいけないんだ」
「えっ?」
「いい?雪乃?」
聖夜さんはそう言って、私に一歩一歩ゆっくり近づいてくる。
目は笑っていない。
私は聖夜さんの目をジッと見ることしか出来なかった。
聖夜さんは私の前に立つと、ゆっくりしゃがみ、目線を合わせてきた。
聖夜さんから目を離すことが出来ない。
「今日はレイナは来ない。僕もこれから出掛けなきゃいけない」
私はコクコクと頷くだけで言葉を発することが出来ない。
「僕の言っている意味わかる?」
コクンと頷く私に聖夜さんさんはニッコリ微笑む。
「雪乃は物分りのいい子だね」
聖夜さんは私の頭をポンポンと軽く撫でる。
私の体はビクンと揺れ、胸がドキンと大きく高鳴った。
そして、聖夜さんは片方の手を壁について、私の耳元に顔を寄せてきた。
私の胸は更に大きく高鳴っていく。
ドキドキと煩いぐらいに。
「逃げれると思わないでね」
私の耳元で囁くようにそう言った。
レイナさんは来ない、聖夜さんは出掛ける。
逃げようと思えば逃げられる。
外に出て助けを求めようと思えば出来る。
それは私にとってチャンスでしかない。
でも、なぜか私は首を縦に振っていた。
私の反応に、聖夜さんはニッコリ微笑んだ。
「良かった」
そう言って、立ち上がった聖夜さん。
「でもね……やっぱり信用出来ない」
聖夜さんはそう言ってクスッと笑った。
そして、クローゼット扉を開けた聖夜さん。
その手には結束バンドが握られていた。
えっ?結束バンド?
これで逃げられないように私の手足を縛るの?
「雪乃?手を出して?」
「い、いや…… 」
私は首を左右に振り抵抗した。
聖夜さんは私に近づいてくる。
逃げたい……。
そう思っていても私のすぐ後ろは壁で、これ以上逃げられない。
「聞き分けの悪い子だね」
聖夜さんは、私の前にしゃがみ込む。
「お願い……」
「僕だって、こんな手荒な真似はしたくなんだ」
「逃げないから……」
「信用できると思う?」
聖夜さんはそう言ってクスリと笑うと、私の手首を掴んだ。
必死に抵抗して手首を離そうとするけど、細い体のどこにそんな力があるのかと思うぐらい私の手首を握る聖夜さん。
「往生際の悪い子だね」
私の目から涙がポロポロとこぼれ落ちていく。
けど、聖夜さんはそんなことおかまないなしで、私の両手の手首に結束バンドを着けてしまった。
「夕方には帰って来るから、それまでの辛抱だからね」
聖夜さんはそう言って、私の頬に流れる涙をそっと指で拭った。
バタンーー。
玄関が閉まる音がした。
いつも静かな部屋の中が余計に静かになって、自分の息遣いだけが耳に届く。
手首に巻かれた結束バンド。
取れないとわかっていても必死に手首を動かして取ろうとしてみる。
「いたっ!」
手首を動かせば動かすほど、結束バンドが手首に食い込み痛みが走る。
なんで、こんなことに……。
私は体を横に倒した。
あの日まで普通に生活していた。
聖夜さんと出会ったことで私の運命は大きく変わってしまった。
お父さん、お母さんはどうしているのか。
高校生の娘が家にずっと帰らなくて行方不明になったまま。
警察に捜索願を出したけど、なかなか見つからずに焦っているかも……。
「はぁ……」
私の口から大きなため息が出た。
そして私は、そっと目を閉じた……。
「また……」
いつの間にか寝ていた私。
また、いつもの夢を見た。
教会で男の子と遊ぶ私。
でもその男の子の顔は見えない。
いつもそう。
男の子の顔に光があたって見えない。
「お兄ちゃんの名前は?」
と、聞いて、男の子が名前を言おうとするところで必ず目が覚める。
不思議な夢
レイナさんが言うように、男の子は聖夜さんなんだろうか……。
聖夜さんとはどこかで会ったことあるような気がしてならない。
でも聖夜さんは私のことは会ったことはないと言っていた。
そんなドラマのようなことなんて現実にはないか……。
私と聖夜さんの関係は、人を殺めた人とそれを見た人。
それだけの関係。
いつ、家に帰れるかもわからない。
もしかしたら、このまま聖夜さんに殺されるかもしれない。
もし、あの時、公園を通らなかったら……。
私は聖夜さんと会うこともなく、今まで通り普通に生活を送っていたはず。
「なんでこんなことに……」
そう独り言を呟いて、再び目を閉じる。
目に溜まっていた涙が ポロポロとこぼれ落ちていった……。
再び眠りに落ちた私が目を覚ました時、部屋の中はさっきよりも真っ暗だった。
暗い中、聞こえてくるのは私の息遣いと壁にかけられている時計の針の音だけ。
今が何時なのかもわからない。
聖夜さんはまだ帰ってないみたい。
夕方には帰ると言ってい聖夜さんがいないってことは、まだ夕方にはなっていないのかな?
手を結束バンドで縛られているため、体を起こそうに簡単には起こすことが出来ない。
その時、玄関の鍵を開ける音が聞こえてきた。
ドクンと高鳴る胸。
ガチャーー。
玄関を開ける音がして、誰かが部屋に入ってくるのは気配を感じた。
「雪乃?」
真っ暗な部屋の中で、聖夜さんの私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
急に部屋の中が明るくなって、眩しくて思わず目を細めた。
「雪乃?」
もう一度、聖夜さんに声をかけられるけど、返事をすることが出来ない。
私の前に聖夜さんがしゃがんでくる。
「寝てたの?」
私は何も答えることが出来ずにいた。
「こんな状態で寝れるなんて、無防備だね」
聖夜さんはそう言ってクスッと笑った。
私は首を左右に振る。
「僕が帰って来たから、これはもういいね。すぐに取ってあげるからね」
聖夜さんはそう言って、その場から立ち上がるとキッチンの方へ行き、すぐに戻ってきた。
手にはハサミが握られている。
結束バンドを切るだけ。
そうわかっていても、私はそのまま殺されるんじゃないかという恐怖に襲われていた。
再び、私の前にしゃがむ聖夜さん。
「どうしたの?そんな怯えた目をして……」
そう言った聖夜さんの目は笑っている。
「これで刺されると思ってるの?」
聖夜さんはハサミを見ながらそう言った。
まるで私の心の中を見透かされてるような言葉に、私の胸がさっきよりも大きく跳ね上がる。
「雪乃はバカだね。刺すわけないでしょ」
そう言った、聖夜さんは私の手を掴んだ。
聖夜さんの冷たい手。
背筋がゾクゾクする。
「雪乃の手、あったかいね」
聖夜さんはそう言って、私の手首に巻き付いていた結束バンドをハサミで切った。
手が自由になって、体を起こそうにも体が言うことを聞かない。
「手首、真っ赤だね……」
聖夜さんは私の手首を再び掴むと、優しく手首を摩った。
ドクンと胸が高鳴り、思わず手首を引っ込めようとするけど、聖夜さんは手首を離そうとしない。
「離し、て……」
そう言うけど、聖夜さんは手首を離さない。
「ゴメンね……」
手首を優しく摩りながらそう言う聖夜さん。
なぜか、私の目に涙が溜まっていきポロポロとこぼれ落ちていく。
「雪乃?なんで、泣くの?」
自分でも何で泣いてるのかわからなかった。
手首を離した聖夜さんは、私の頬に触れる。
ビクンと体が跳ねた。
聖夜さんが優しく私の涙を拭っていく。
「泣かないで?」
聖夜さんの笑ったような困った顔。
「ゴメン、なさい……」
私は聖夜さんに謝ることしか出来ない。
ねぇ、聖夜さん?
どうして、アナタは私にそんなに優しくするの?
アナタは人を殺めた人……殺人者で……。
私はそれを目撃した人。
アナタは私のことが憎いはず。
殺したいぐらい憎いはずなのに……。
なのに、なんで?
聖夜さんが、私の体を優しく起こしてくれた。
その時ーー。
私の鼻を掠める甘い香り。
……えっ?
気付くと私は、聖夜さんにギュッと強く抱きしめられていたんだ……。
「聖夜、さん?」
私が名前を呼んでも、聞こえてないかのように、そのまま私の体を抱きしめ続ける。
ギュッと強く強く、さっきよりも強く……。
「雪乃……」
聖夜さんの私の名前を呼ぶ声が耳に届いて、胸がドキドキしていて、溶けそうなぐらい体が熱くなっていく。
「雪乃……」
聖夜さんは私の名前を、ただ呼ぶだけで……。
でも、その声はどことなく切なくて、悲しそうで……。
なんで……。
聖夜さんは、私の体をそっと離した。
「ゴメン……」
私は、聖夜さんの言葉に何も言えず、首を左右に振るだけ。
聖夜さんは私の側を離れると、窓のところへ行き、閉められたカーテンを少しだけ開けて外を眺めていた。
少し開けられたカーテンの隙間から外が少しだけ見れる。
外は真っ暗で、今が夕方ではなく夜だとわかる。
聖夜さんは窓の外を眺めたままだった。
何を考えているのか、なぜ私を抱きしめたのか……。
私には何もわからなかった。
ただ、私も体に甘い香りと切ない温もりだけが残った……。