テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
次の日の昼休み、購買で買ったパンを手に教室へ戻ると、窓際の自分の席に奏が座っていた。机に肘をつき、窓の外をぼんやりと眺めている。その横顔はやけに無防備で、見ているだけで胸の奥が温かくなる――はずだった。けれど今はその無防備さが、俺の届かない誰かに開かれてしまうのではないかと、不意に不安を煽った。
その場で俺の足は止まり、不安で胸の奥が小さく揺れる。奏の視線の先、グラウンドに神崎が立っていた。偶然そこにいるようでいて、どこかでこちらを意識しているような、そんな落ち着き払った姿だった。
「蓮……?」
呼びかけられたことにやっと反応し、僅かに息を整えてから自分の席へ歩み寄る。
「奏……なにを見てた?」
「え? ああ、部活の様子。今日は風が強くて寒いのに、よくやるなーって」
なんでもないように、屈託なく笑う。奏の言葉をそのまま受け取ればいい。けれど耳の奥では、神崎の声が重なる。
『君が大事にしてる奏は、俺が一番よく知ってる』
奏のほんの些細な仕草まで、すべて裏の意味を探してしまう。その笑顔を信じればいいのに、心の奥底で誰かの小さな声が囁く。
(……本当にそれだけか? 俺の知らないなにかを、アイツと共有してるんじゃないのか?)
自分でも嫌になるほど、疑り深くなっている。パンの袋を開ける手に余計な力がこもり、ビニールの小さく裂ける音が教室のざわめきの中で、やけに響いた。
その物音に、奏が怪訝そうな目を向ける。
「蓮、どうかした?」
「いや……なんでもない」
その瞬間、ほんの一瞬だけ奏の瞳が揺れ、まつ毛が小刻みに震えた。それに気づかないふりをして、そっと視線を外す。
窓の外では、神崎が誰かと話をしながら、ゆっくり歩き去っていく。
視線を手元に戻して、パンを口に運ぶ。確かに甘いはずなのに、舌の上で砂のように乾いて広がり、喉を下りていくたびに胸の奥をざらつかせた。