テラーノベル
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ー翌日
朝の回診のあと。
永夢は病室のベッドに座っていた。
体調は悪くない。
むしろ、少しずつ回復している実感がある。
それでも――落ち着かなかった。
ガシャットを握る手に、無意識に力が入る。
その時。
扉が開いた。
貴利矢だった。
「ちょっと時間ある?」
軽い口調。
永夢が顔を上げる。
「はい」
貴利矢はベッドの横に立つと、軽く顎をしゃくる。
「車椅子、いける?」
「え?」
「パラドのとこ」
その名前に、永夢の表情が少し変わる。
数分後。
病室の廊下。
車椅子は静かに進んでいた。
押しているのは貴利矢。
飛彩の姿はない。
永夢がふと小さく呟く。
「飛彩さんには……言ってるんですか?」
「車椅子で移動すること」
貴利矢は前を見たまま、あっさり答える。
「いや」
一拍。
「内緒」
永夢は思わず顔をしかめる。
「怒られるの僕なんですけど」
貴利矢は気にした様子もなく続ける。
「まあ、その時はその時で」
軽い調子。
そして少しだけ視線を落とす。
「それにさ」
一拍。
「行きたいんでしょ」
永夢の指が、ひざの上で少しだけ動く。
「……はい」
短い返事。
それ以上は言えなかった。
貴利矢はそれに何も突っ込まない。
ただ、いつもの軽さで言う。
「じゃあいいじゃん」
病院の窓から光が差し込む。
廊下の白い床に、ゆっくりと影が伸びていく。
車椅子は、その光の中を静かに進んでいった。
ーCR
パラドは、まだ目を覚ましていない。
モニター上では安定している。
生命反応はある。
ただ。
動かない。
目を閉じたまま。
永夢の表情が強張る。
「……パラド」
車椅子が止まる。
貴利矢は後ろに立ったまま、静かに言う。
声は小さかった。
ほとんど音にならない。
でも、その一言だけで十分だった。
視線が外れない。
瞬きも少ない。
ただ、そこにいる“存在”を確かめるように見つめている。
元気に喋っていたあの姿ではない。
軽口を叩いて、真っ直ぐぶつかってきたあのパラドでもない。
今そこにいるのは、静かすぎるほど静かな“眠り”だった。
永夢の胸の奥が、少しだけ締めつけられる。
(……こんなになるまで)
言葉にはならない。
ただ喉の奥に残る。
視線が少し揺れた。
それでも目は逸らさない。
逸らしたら、いなくなってしまいそうで。
貴利矢が後ろで小さく息を吐く。
「安定はしてるよ」
「でも、まだ完全回復ってわけじゃない」
「ほんと無茶したよな、あいつ」
永夢は視線を落とす。
「僕のために」
「パラドが、命をかけて抗体を作ってくれた」
少しずつ、言葉が溢れる。
「飛彩さんも」
「貴利矢さんも」
「大我さんも」
顔を上げる。
「このガシャットを作るために、ずっと……」
そこで言葉が止まる。
胸の奥が重い。
全部、自分のためだった。
その事実が、逆に苦しい。
貴利矢はしばらく黙っていた。
そして、軽く息を吐く。
「ほらほら」
肩をすくめる。
「んな事気にすんなよ」
永夢が顔を上げる。
「でも……!」
貴利矢は一歩だけ近づく。
いつも通りの軽い笑顔。
でも、少しだけ真面目だった。
「いいんだよ」
「気にしてるのは分かるけどさ」
パラドを見ながら続ける。
「あいつはあいつで、自分で選んでやった」
「俺たちだってそうだ」
「お前のせいじゃない」
永夢の目が揺れる。
「でも……僕は……」
言いかけたところで、貴利矢が軽く手を振る。
「はいストップ」
少し笑う。
永夢は言葉を失う。
貴利矢は車椅子の前にしゃがみ込むようにして、目線を合わせる。
「な?」
「今はさ」
「考えること、2つだけじゃん」
永夢が小さく息を飲む。
「……2つ?」
貴利矢は親指でパラドを指す。
「こいつ、ちゃんと起きるかどうか」
一拍。
「それと、お前の笑顔を取り戻すこと 」
静寂。
永夢はゆっくりとパラドを見る。
眠っているパラド。
無茶をした相棒。
その姿を見て、ようやく少しだけ呼吸が整う。
「……はい」
小さく頷く。
貴利矢は立ち上がると、軽く背中を叩いた。
「よし」
「その顔その顔」
そして、いつもの調子に戻る。
「ほら、変なこと考えすぎると大先生に怒られるよ?」
永夢が笑う。
「そうですね」
永夢の顔色が少し明るくなった
検査当日
朝。
いつもより少しだけ空気が重い。
永夢は検査室へ向かう前、窓の外を見ていた。
手には、あの白いガシャット。
もう一度握り直す。
「……これで、どうなったか分かるんだよね」
小さく呟いたところで、病室の扉が開く。
飛彩。
貴利矢。
大我。
三人が揃う。
飛彩が永夢を車椅子に乗せる。
「行くぞ」
それだけ。
余計な言葉はない。
永夢は小さく頷いた。
「はい」
車椅子。
片手には点滴スタンド。
ゆっくりと、検査室へ向かう。
廊下を進む音だけが静かに響く。
点滴のポールが、規則的に揺れる。
検査室。
静かな機械音。
白い光。
採血。
骨髄検査。
いつもと同じ手順。
違うのは、空気だけだった。
時間が過ぎる。
モニターにデータが流れ始める。
飛彩が目を細める。
貴利矢の表情が変わる。
大我が無言で画面を見る。
数値が揃う。
一点に収束する。
そして――
沈黙。
モニターの光が、静かに揺れている。
検査室。
誰も言葉を発さない。
数値が並ぶ画面だけが、淡々と変化を続けていた。
やがて――
貴利矢の目がわずかに動く。
「お…! 」
小さな声。
大我が画面を見たまま言う。
「……収束してるな」
飛彩が一歩だけ前に出る。
モニターに視線を固定したまま、指先でデータを追う。
沈黙。
一拍。
そして。
「……レウコイド因子」
飛彩の声は、いつも通り低く、揺れていなかった。
「消失」
空気が止まる。
永夢の指が、車椅子のひざの上でわずかに動いた。
「……え」
声にならない音。
貴利矢が画面を見直す。
「確かに無くなってるな」
大我が短く息を吐く。
飛彩は続ける。
「バイタル、血液データともに正常範囲」
「異常反応は検出されていない」
一拍。
「レウコイド因子は、完全に消失している」
静寂。
機械音だけが、やけに大きく聞こえる。
永夢はしばらく動けなかった。
理解が追いつかない。
それでも、ゆっくりと息を吸う。
「……本当に」
かすれた声。
「なくなった……?」
飛彩は一度だけ目を閉じてから、静かに言った。
「ああ。少なくとも、この問題は終わった」
貴利矢が小さく笑う。
「いやぁ……ほんとよかったな、永夢」
大我が鼻で笑う。
ほんのわずかに空気が緩む。
でも飛彩はすぐに続ける。
「白血病については別だ」
その一言で、現実が戻る。
飛彩は永夢を見る。
「治療は継続する」
「抗がん剤治療も、今まで通りだ」
永夢は小さく頷いた。
それでも――
胸の奥の重さは、確かに軽くなっていた。
ゆっくりと、息を吐く。
「……よかった」
その一言だけが、静かに落ちる。
コメント
1件
読了しました。第24話「繋がる命」、良かったです…。 永夢くんがパラドの病床に連れていかれる場面、すごく印象的でした。貴利矢さんの「内緒」と軽く言うところ、でもちゃんと永夢の気持ちを汲んで動いてくれる感じが、とても優しくて。自分で選んだことだから気にするなと言う貴利矢さんのセリフには、ぐっときました。 検査結果で因子が消失したときの安堵感、一緒に味わいましたね。それでも白血病の治療は続く現実があるからこそ、余計に一歩進めた気がしました。永夢の「よかった」がシンプルで胸に響きます。
チトセ_kt国
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よんがつ
126
#夢小説
しらすのお部屋
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