テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
下から愛娘のキュウリが大きな瞳でじっと自分たちを見上げているのを感じながら、大葉は羽理の頬からあごへ向けてツツッと指先を滑らせる。
「俺、家一軒程度なら現金一括で難なく買えるくらいの資金力はあるつもりだぞ?」
趣味は土いじりと料理。
せいぜい肥料や野菜の苗、それから育った作物の支柱や畝を覆うビニールトンネルなど……そんなものや食材くらいにしか金を使ってこなかった大葉は、同年代の男たちに比べてかなり潤沢に貯金をしている方だ。
(ウリちゃんだってそんなに金食い虫じゃねぇしな)
通院などになれば人間みたいに健康保険が利かない分、実費で全額負担になってしまうが、キュウリを家に迎え入れた頃から大事を取ってペット用の医療保険には加入している。
幸いキュウリはまだ年若くてこれといった持病もないから、今のところ年に一度の狂犬病予防接種と、ジステンパー・パルボ・犬アデノウィルスなどを予防する混合ワクチン。それからフィラリア・ノミ・ダニの予防がひとつで出来るオールインワンタイプの予防薬を春から秋にかけての数ケ月間処方してもらっているくらいで、保険適用外での通院ばかりだ。
『お父しゃ。あと……あたち、月に一回トリミングにも連れて行ってもらってまちゅよ?』
愛らしいリボンが両耳についているウリちゃんにキュルン♪とした目で見詰められて、大葉は(可愛いな、ウリちゃん!)とハートを鷲掴まれながら『それも問題ないでちゅよ』と心の中で返答する。
「でも……」
「なぁ、羽理。子供が出来たとき、庭で思いっきり駆け回らしてやりてぇなとか思ってるの、俺だけか?」
キュウリちゃんと一緒に羽理似のクッソ可愛い娘がキャッキャいいながら自分が作った家庭菜園の周りを駆け回る姿を想像して思わず口元を綻ばせた大葉に、「こ、ども?」と羽理が瞳を見開いた。
「あの……大葉は……私との間に赤ちゃんが出来てもイヤじゃ……ない? 迷惑だって思ったりしない?」
ややして心配そうに眉根を寄せた羽理からそう問い掛けられた大葉は、息を呑んだ。
きっと羽理はずっと……自分が出来たことで父親からは疎まれ、母親には苦労を掛けてきたと、心の中にわだかまりを持ってきたんだろう。
「忘れたのか? 俺はお前と家族になりたいんだ。そんな俺が、お前との間に子供が出来たとき、喜ぶ以外の選択肢なんてないと思わねぇか?」
羽理の母親と祖母に、同棲はもちろん結婚の承諾だって取ったのだ。
大葉の中で、今から始まる羽理との同棲生活は、すなわち結婚生活への序章と変わらない。それを羽理にも分かって欲しいと思った。
***
何の迷いもなくきっぱりと言い切られた大葉の言葉に、羽理は胸の奥の柔らかな部分をそっと優しく抱きしめられた気がして、ポロリと涙をこぼした。
「ちょっ、何で泣くんだっ」
今まであごに添えられていた大葉の手が、慌てたように……だけど何の迷いもなく羽理の頬を伝う涙をぬぐってくれる。
そのことにも胸がぽぅっと温かくなって、羽理は大葉を泣き濡れた瞳のまま見上げた。
「私、大葉と家族になりたい……」
本心から出た羽理の言葉に、大葉がギュッと羽理を腕の中に抱き締めてくれる。
「バーカ。俺は元よりお前以外との結婚なんて考えられねぇよ」
柔らかく微笑む大葉の顔を見上げて、羽理は今更のように、大葉との結婚を意識した。
***
不動産屋巡りのついでにマリッジリングを見に行こうと言われた羽理は、「え? エンゲージではないんですか?」とキョトンとする。
羽理に言われて自分のおかし気な言動に思い至ったんだろうか。決まり悪そうに視線を揺らせた大葉が、「も、もちろん! それはそれとして買うつもりだが……その、つ、付けるのはマリッジの方にしろ!」と言い切ってますます羽理を困惑させる。
そんな大葉の言動を、「意味が分かりません!」と一蹴した羽理だったのだが。
コメント
1件
相変わらず可愛いわ、たいようw