「しかし、本当に秘書になったんだなぁ……。どこから見ても、フツーの上村だけど」
「秘書になったからって、第三の目が開く訳じゃないんですから」
「ははは! 翼と尻尾が生えたりして」
「もー、人をなんだと思ってるんですか」
「えー? シゴデキ有能美人秘書?」
六条さんはわざとらしく言って、ニヤニヤする。
「くゎーっ! ハードル上げるなぁ、もぉ!」
眉間に皺を寄せると、壁に寄りかかった六条さんは、愉快そうな顔で私を見る。
「……なんですか。極上の笑いは提供できませんよ?」
「いや、明るくなったなー、と思って」
そう言われ、私は目を瞬かせる。
「前はもうちょっと、ツンとしてただろ? うちの部署でも『クールビューティーの上村さん』って呼ばれてたし」
「えぇ……、初耳です」
「ま、いい変化だと思うよ。……しかし、あの速水部長と付き合って、こんなに明るくなるとは思わなかったけど。あの人、結構クールで大人っぽい感じだろ」
「ん、ま、まぁー……、うーん……」
今この場で尊さんについて話そうとしても、すべてを言い切れない。
そもそも、彼がどんなバックグラウンドを持ち、どういう性格になったというのを、たやすく他人に話していいものじゃないし。
言いよどむと、頭のいい六条さんはすぐに察したみたいだ。
「勿論、彼女の上村にだけ見せてる面はあるって承知してるよ。俺たちにとっては、ちょっと近寄りがたい雰囲気の部長……、いや、副社長だけど、上村がこんなに明るくなったっていう事は、それだけいい付き合いができてるんだと思うし。きっとイケメンで仕事ができる男は、プライベートでもいい恋人なんだろ?」
「……分かってるじゃないですか。……やっぱり飴ちゃんいる?」
「要らねーって」
六条さんがケラケラ笑った時、「いた!」と女性の声がした。
怒ったような声だったので驚いて振り向くと、沙根崎星良ちゃんがツカツカと歩み寄って来るところだ。
「六条さん、前触れもなくフラッといなくなるの、やめてくださいよ」
「おー、悪い。昼になったし、自然と飯になる流れかな? って」
「午後の打ち合わせもあるんですから。『ホウレンソウ』が大事だって言ったの、どこの誰ですか」
「ごめんごめん」
星良ちゃんは小柄で細身なので、高身長の六条さんと並んでいる姿は、まるでチワワとハスキー犬のようだ。
彼女は「はぁ……」と大きな溜め息をついたあと、私にペコリとお辞儀をした。
「上村さん、すみません。うちの六条さんがお引き留めして」
「いえいえ。こっちこそ久しぶりに話せて楽しかったので、沙根崎さんが待っていると知らずにごめんね?」
「いえ、お気にせず。さぁ、六条さん行きますよ」
「はいはい」
二人が立ち去ったあと、気を取り直して社食に行こうと踵を返すと、物陰から覗いてる恵と目が合った。
「うぉっと!」
驚いた私は足を止め、しばしそのまま恵と見つめ合う。
「チョッチョッチョッチョ……」
その場にしゃがんで舌を鳴らし、小さく指を動かすと、曲がり角の向こうから恵が突っ込んできた。
「猫じゃないっつの!」
「あはは!」
私は曲がり角まで歩くと、「捕まえた!」と恵の頬を両手で包んだ。
「お腹空いた!」
「朱里の『お腹空いた』は、もう鳴き声だよね……」
「鳴き声でその日の体調が分かる、飼育員中村……」
「任せろ。一発で見抜いてやる」
軽口を叩き合いながら廊下を歩いていたけれど、恵がチラチラとこちらを見てくるので、「ナンダヨー」と彼女の脇をツンツンする。
「……さっきの二人、気づいてなかった?」
意味深に言われ、私のなけなしのアンテナがピンと立つ。
「もしかして、あの二人付き合ってる?」
「違う! 座布団全部持ってって!」
「そんなぁ……」
私は姿の見えない、赤い着物を着た男性に縋ろうとする。
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