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最終選別
蝶屋敷の仲間と炭治郎に見送られて、椿彩はついに最終選別にやって来た。
「「それでは、行ってらっしゃいませ」」
お館様のご子息ご息女の声を合図に、参加者たちが走り出す。
椿彩も意を決し、一歩踏み出した。
藤の花の咲くエリアを抜けると、そこはもう鬼の巣窟。
いつ、どこから鬼が襲ってくるか分からない。
経験したことのない不安と緊張に、心臓が大きく脈打つ。
「若い女だな!久々の食事だ!!」
早速鬼に出くわしてしまった。
こちらに向かってくる鬼を目掛けて、まずは矢を放つ椿彩。
剣の稽古と同時進行で行っていた、動くものを仕留める練習。
恐怖と緊張をぐっと抑え込み、力いっぱい弓を引く。
ギリギリまで引きつけて、矢を握る手を離す。
矢は鬼の目玉に命中。
「ギャッ!?」
敵が怯んだ一瞬の隙に、間合いを詰めて刀を振り、鬼の頸を斬り落とした。
『…よしっ、まずは1匹倒せた!』
しのぶから預かった、亡き姉の形見の日輪刀。
花の呼吸の使い手だった彼女の刀にも、“惡鬼滅殺”の文字が刻まれ、柱として活躍していたことを示している。
『カナエさん…私、頑張りますから、どうか最終選別の間だけ、力を貸してください……』
刀を鞘に収めて祈る。
まだ最終選別は始まったばかり。
油断は許されない。
「きゃああぁっ!!」
『!?』
どこからか聞こえた悲鳴に、椿彩はその声の主のもとへと急いだ。
駆けつけると、もう手遅れだった。
自分と歳の変わらないくらいの少女が、既に事切れた状態で胸から下の左半身を鬼に囓られていた。
『…!!』
初めて目の当たりにした、鬼が人を食らう光景。
あの時、伊黒が来ていなかったら、自分もこうなっていたのかもしれない。
見ず知らずの少女だが、もう既に落命している相手だが、早く解放してやらねばと思った。
今まで漠然としていた鬼への敵対心が、この瞬間、激しい憎悪へと変わった。
鬼は少女を食うのに夢中で椿彩に気付いていないようだ。
気配を消して鬼に近付き、一太刀で鬼の頸を斬る。
鬼の口が離れた少女の身体を受け止め、そっと横たえる。
『…痛かったね。怖かったよね……。もう安心して眠っていいよ』
これ以上亡骸が辱められることのないよう、藤の花の香油を少女の身体に吹き掛ける。
これもしのぶが持たせてくれたものだ。
自分の身を守る為に持っていたけれど、最終選別が終わるまでこの少女の遺体を連れ回すわけにもいかないし、とりあえず鬼から守ってくれるだろう。
椿彩は滲んだ涙を袖で拭い、鬼を狩る為、更に山の奥へと足を進めた。
それからは、何体倒したかあまり覚えていない。
6日間で結構な数の鬼に出くわし、その度に弓を引き、刀を振るう。
他の参加者と共闘することもあった。
全集中の呼吸を修得したおかげか、それを使えていなかった頃に比べて格段に身体が軽かった。
危ない場面も多々あったが、それを冷静に回避できる実力も、普段の鍛錬で身についたようだった。
残り1日。
さすがに疲労が溜まり、身体が重くなる。
それでも鬼は襲ってくるし、参加者も次々と命を落とす。
できる限り、遺体には藤の花の香油を吹き掛けて安置する。
鬼に身体を握られた参加者を助ける為、矢を射る椿彩。
刀で斬りかかる他の参加者。
すると鬼の傷から吹き出した血液が、鋭い刃物のように変質し、縦横無尽に飛んでその場の人間を攻撃してきた。
「うわっ!?」
「ぎゃあぁっ!!」
『……ぐっ!』
握られていた参加者も、そこにいた他の者も、血の刃に突き刺され、切り刻まれ、即死した。
椿彩もすんでのところで躱したが、腕や脚に傷を負ってしまった。しかも深い。
「俺の血鬼術はな!血を刃物みてえに鋭くして攻撃できるんだよ!!頸を斬られない限りは俺を傷付ければ傷付ける程、飛び出してくる血の刃が増えていくんだ!!」
傷の痛みを堪えて刀を握り直す椿彩。
「さあどうする小娘!!たった1人で俺に勝てるか!?」
『1人でも倒す!手足がもげたってあなたの頸を斬ってやる! 』
「口だけは立派だな!!やれるもんならやってみやがれ!!!」
攻撃を出す為に、傷を塞がないようにしているのだろう。
鬼の傷口から、再び無数の血の刃が飛び出す。
それをできる限り躱し、刀で受け、弾き返す。
それでもさばききれなかった刃が椿彩に傷を負わせていく。
ザシュッ!
ザクッ!
『…うっ…げほっごほっ!』
口の中に広がる鉄の味。
懐に血の刃が刺さっている。それを引っこ抜いて捨てる。
もうだめかもしれない。
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
でも、ここで諦めるわけにはいかない、とも思った。
生きて帰ると約束したから。蝶屋敷の家族や大切な仲間と。
椿彩はもう一度、花柱の形見を強く握り直し、鬼に立ち向かう。
この一撃で決める。
飛んでくる血の刃を刀で受け流しながら、鬼の攻撃の間合いに入り、その頸を斬り落とした。
『はぁ…はぁ…やった……!』
かなり血を流してしまった。
布を破いて腕や脚の心臓に近い部分をきつく縛って止血する。
やっと、長い長い夜が明けた。
最終選別を突破したのは、自分を含めたほんの数人。
お館様のご子息ご息女に促され、玉鋼を選ぶ。
この時にはもう身体がふらふらだったので、勘でぱっと目に入ったものを選ぶ形になってしまった。
隠たちに応急手当をしてもらい、最後の力を振り絞って蝶屋敷への帰り道を急いだ。
ようやく蝶屋敷に辿り着いた。
門をくぐってすぐのところで屋敷の主人と顔を合わせる。
「…っ…椿彩……!」
たった1週間空いただけなのに、ひどく懐かしい声。
『…ぁ…しのぶさ……』
駆け寄ろうとしたが、とうに限界を迎えていた脚がもつれてその場に転倒してしまう。
『あいたたた……』
そこにしのぶが駆けてきて、椿彩を助け起こす。
「椿彩…!よく帰ってきてくれました……。おかえりなさい」
そう言って、しのぶが傷だらけ血だらけの椿彩を抱き締めた。
その肩は小刻みに震えていた。
しのぶの温もりに包まれて、張り詰めていた糸が切れたように椿彩の目から涙が溢れ出した。
『うぅ…っ…しのぶさん……ただいまあぁ……!』
2人の声を聞きつけて、カナヲ、アオイ、なほ、すみ、きよも出てくる。
そして号泣しながら椿彩を抱き締めた。
しのぶに促され、姉妹たちに身体を支えてもらいながら屋敷の中に入る。
そしてすぐさま着替えをして、傷の洗浄と消毒をしてもらった。
ベッドに横たえられ、食事をとる間もなく椿彩は深い眠りに就いた。
つづく