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優しい感情
弓使いの“夏目椿彩”が最終選別を突破して帰ってきたらしい。
任務後に自分も蝶屋敷で手当を受けたので、ちとばかし様子を見てやろうと思い、怪我人が療養している部屋を訪れる。
そこには手足や頭を包帯でぐるぐる巻きにされた夏目がいた。
そしてかなり傷が深かったのか、ところどころ血が滲んでいる。
「あっ、風柱様!」
妹と同じ名前の少女が自分に気付き、その声にこちらを見た夏目と目が合った。
『不死川さん、こんにちは』
「おう。最終選別突破したんだってな。おめでとさん。これで正式に鬼殺隊の一員ってやつだ」
『はい、ありがとうございます!』
出会ったばかりの頃はまだあどけなさの残る頼りなさげな雰囲気だった彼女は、この短期間で随分と凛とした顔つきになっていた。
本来、柱は継子以外の隊士に稽古をつけることはない。
しかし夏目は例外だった。
柱の9人も他の隊士も、誰も嫌な顔一つせずこいつの稽古に付き合った。
剣を握るのが初めてにも関わらず、構えや足捌きが早い段階で様になっていた夏目。
1日でも早く全集中の呼吸を修得しようと、少しでもこの世界で生き抜く力をつけようと努力するそのひたむきな姿に、不覚にも心を打たれた。
自分も2度、稽古をつけてやったが、1度目に比べ、2度目は格段に上達していたので驚いたのを覚えている。
そして、煉獄が夏目の料理が美味すぎると触れ回っていたので、試しに自分も作ってもらった。好物のおはぎも。
今まで食べたどのおはぎよりも美味かった。
すっかり胃袋を掴まれちまったってわけだ。
最終選別を受けると聞いて、正直心配で堪らなかった。いっそのことこっそり後をつけて護衛しようかと思った程だ。
それくらい、夏目椿彩という少女は自分を含め他の鬼殺隊の仲間にとっても大切な存在になっていたらしい。
“すみ”が他の用事があって退室したので、夏目のベッドの傍らの椅子に腰掛ける。
回復した隊士が蝶屋敷を出て行ったのと入れ違いで夏目が帰還した為、いま療養しているのは彼女だけだ。
『不死川さん…お忙しいのにわざわざ来てくださったんですか?』
「俺も任務帰りで手当してもらったんだ。ついでだ、ついで。ンなこと心配すんな」
申し訳無さそうな顔をしていた夏目の問いに答えると、少し安心したように表情が和らいだ。
「……よく帰ってきたな。すげえよ、お前」
『ありがとうございます。何回か危うい場面とか、諦めそうになった時もありましたけど、皆さんの顔を思い浮かべたら絶対生きて帰ろう!って思えました』
「…そうか……」
ふにゃりと笑う夏目を見て愛おしくて堪らなくなった俺は、彼女の包帯の巻かれた頭に手をやり、そっと撫でた。
自分の中にこんなにも優しい感情があることに戸惑いながらも、素直にその事実を認める。
そして、夏目は俺のされるがままになって、目を細めている。
『えへへ…嬉しい』
「どうした?」
『お兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかなあって。私、弟しかいないから……』
「そうか。お前、姉ちゃんなのか」
夏目はここに来て、料理や針仕事など、神崎たちの手伝いもよくしていると聞く。
そしてとても面倒見がいいとのことだ。
胡蝶(妹)以外は夏目より年下なので、弟しかいない彼女にとって妹のような存在が嬉しいのだろう。
“兄ちゃん”
ああ…懐かしい響きだ。
胸の奥に優しい光が灯る。長い間封じ込めていた感情が久々に顔を出した。
『…不死川さんの手は、優しくてあったかいですね』
「そうかィ」
『はい。第一印象はちょっと怖かったんですけど、すぐに不死川さんの優しさに気付けました。……あったかくて、すごく安心します』
「…そりゃよかった」
本当に安心しているのだろう。
夏目の身体からは余分な力が抜け、表情も柔らかい。
再び愛おしさが抑えきれなくなった俺は立ち上がり、その華奢な身体をそっと抱き締めた。
『わあ…嬉しい〜!ほんとにお兄ちゃんみたい!』
「………っ」
夏目もぎゅっと俺の身体に腕を回してくれる。しかも甘えるように顔をぴったりと俺の肩に寄せてきた。
んな可愛いことするな……。
抱き締める腕に力を入れたくなるが、怪我が痛いだろうからぐっと我慢する。
実の妹じゃねえが、もうこいつも俺の妹みたいなもんだ。
どうか生き抜いてほしい。
鬼の脅威に晒されない日々を送ってほしい。
そしてもし、こいつが元いた世界に戻れる日が来たならば。
その時俺は笑顔で見送ってやりたいと思う。
つづく
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