屋上は日差しが強い。初夏の割には厳しい暑さに、都築は制服を手で掴みはためかせた。授業中だというのに呑気に金網から外を眺めながら伸びをしている千本は、こちらに気付いていないらしい。
僅かな好奇心で静かに近寄る。
「何授業フケてんですか」
「おわっ」
肩を跳ねさせた千本が振り返って息を吐いた。
「何だ、都築さんかぁ」
「何だって何よ
可愛い女の子だとでも思っちゃいました?」
「まぁねぇ」
王道パターン、と千本が呟く。
多分それ、普通じゃないですとは言いたくない。この男は昔から何故やら異常な程モテることは知っていた。彼のモテ具合を比べれば、大多数の男はモテない方に采配が下るだろう。
こういう場合はスルーするに限るのだ。
「ふーん」
「何、都築さんもフケてんの?」
失礼な言葉に鼻を鳴らす。
「違いますよ
僕の能力学科、人数少ないから早く終わっただけ」
「人数少ない学科はいいですねぇ」
「あぁ、1種は人数1番多いですもんね」
「そうなのよ」
しみじみ呟く千本に合掌するしかない。
『能力学科』は、自身の能力強化のための授業だ。より洗練された能力者になるために定期的に行われている。能力自体の力の差もあるため1年から3年まで関係なく割り振られているのだ。
自分自身を媒体にする第1種、モノを媒体にする第2種、他人を媒体にする第3種。
細かい規定はあるものの、第1種の人間が圧倒的に多い。
「だからってフケちゃダメですよ」
「だいじょーぶよ
先生もあの数把握しきれないでしょ」
指を差した先にはグラウンドがあり、生徒達が有象無象のようにひしめき合っている。端から端まで走り回りながら能力を使って大乱闘といったところだろうか。何の意図で何をしているのか皆目見当もつかない。思わず声を上げながら腕を組む。
学科が違うだけでこんなにも差が出るとは。
「アレ何してるんです?」
「サッカー」
「サッカー、かぁ…」
上から見る限り、さながら能力者大運動会と銘打たれそうなチープな光景に苦く笑う。
「あ、そういえば結賀と学科一緒でしたっけ?」
「そうだよ」
「結賀に今日も活動するって伝えといて欲しくて」
千本が目を瞬かせた。
「連日活動なんて珍しい…」
「ぶっちゃけ小さい依頼ばっかりで実績がない事が問題だと思うんですよね」
突然の言葉に首を傾げた千本が理解した様にあぁ、と頷く。昨日の補習学生を捕まえた時に正式な部活動にしてもらえなかった話だ。ちまちまとしたお手伝いごときでは教師陣が頷かない事を昨日で確信した。
「都築さんのお爺さんにでも頼んだら1発じゃない?」
「コネを使いたい訳ないでしょ」
ハードカバーのタバコの箱を、手持ち無沙汰にクルクルと手の中で動かす千本を睨む。
視線に気づいた千本が、タバコを尻のポケットに滑り込ませて口笛を軽く吹いた。
「また本数増えてるんですか」
「いやぁ、つい吸い溜めしちゃって」
吸い溜めなんて出来ないでしょ、という言葉は、とうの昔に耳にタコが出来るほど言っている。それでも止めないのだから、千本は最早ヤニカスと言っても過言ではないのだろう。能力の件もあるせいで教師も強く言えない為に、好き放題吸っているのだ。
「…まさかここで吸ってませんよね?」
勢いよく都築の方を向いた千本が、驚いたような表情をうかべ、すぐにしまったと目を見開く。取り繕うような笑みを貼り付けた。
「都築さん俺の事信じてないの?」
「タバコに関しては、ね」
えーん、などとあからさまな嘘泣きに片眉を上げて見せれば、降参とでも言わんばかりに両手を上げる。
「…すみません、依頼の時とかチョコっと」
「ちょこっと…ですか?」
ヘラ、と当たり障りない笑顔をお互いに浮かべる。
「ちょっとあそこの建物の隙間見に行っても良いですか?」
「ごめーん!嘘吐きました!」
「あ、コラ!」
千本が叫びながら消えた。否、薄灰の煙が空気中に霧散していく。屋上から外へ抜けていく煙を慌てて追いかけて、金網に指をかけた。空気のどこかに潜む千本へ最大ボリュームで声を上げる。
「後でゆっくり話しますからね!」
―――
「なぁなぁ、匠桜くん」
「何かね、冬雪くん」
大原が君和田の方を見ると、親の仇でも見るかのような目付きでプラスチック製の皿の上の水と睨み合っている。額には汗が滲んでいる。そろそろ集中力と力の限界が近いらしい。
「全然気体にならんのやけど」
隣にあった筈の水の入った2リットルペットボトルは既に何本も空になっており、幾許かの時間で随分と消費したらしい。その隣に代わりとでも言わんばかりの氷の山。通りで夏だというのに寒い訳だ。
「冬雪くんは能力調整苦手だよなぁ」
「熱調整の方が上手くいかへんのよ
氷ならどんどん作れるんやけど」
「プラマイ調整は難しそう
今日はもうやめといたら?」
手のひらを握っては開いてを繰り返して溜息を吐いた。
そのまま暑いと呟きながら机に額をつける。気温の下がった部屋では机も凍えきっているらしく、君和田は気持ちよさそうに目を瞑った。
こちらとしては氷のせいで寒いのだが。恐らく全員がこうなる事を予期していた。既に防寒対策をしている周りにつられるように、準備していたカーディガンを羽織る。君和田は恨めしそうに口を尖らせた。
「2種みたいな繊細な奴、ボク向いてないんよ」
「まあ他学科と比べると能力自体の扱いが難しいよな」
「もしかして、そちらも?」
「ええ、まあ」
まるで足の引っ張り合いだ。自嘲気味に笑いながら針金から作った携帯を手渡す。
「え、全然出来てるやん」
「これね、形だけ
電源全く入らない」
「無駄やん」
「学校の備品で作るには無理があるんです〜」
顔を見合せてくつ、と笑えば、少し遠くにいた教師が睨んでいる。
「授業に集中しなさい」
「「はーい」」
怒られた、と汗を拭う君和田の携帯に付いた小さなお守りを大原が指差す。
「これ、貰っていい?」
「え、」
大原の顔と携帯を交互に見比べて思案した後、携帯からお守りを外す。
「何に使うん?」
「モノづくり」
「罰当たりそうやな」
「はは、どっちが当たるか楽しみだね」
「余裕か」
「俺はそういうの信じてないから」
罰当たりねぇ、と口内で呟く。信心深くて結構な事だ。これなら作れるだろう。
お守りが大原の手で歪み始める様を覗き込んで見ていた君和田が声を上げた。
「2人ともいい加減にしなさい!」
「すみません」
背筋を伸ばして声を上げれば、教師は2人をみて溜息を吐いた。いつもの事だ。
横目で君和田を見れば、君和田も大原を見ていた。
「えぇ、可愛いし冷たい
これめちゃくちゃ出来良いやん」
「でしょ」
君和田の手には手のひらサイズの雪だるまがそこに居た。
―――
「あ、サボり魔の千本さんおかえりなさい」
「一言余計なんだよなぁ、ただいま」
結賀がグラウンドで腰を下ろして水分補給しているのは珍しい。
「結構出ずっぱりだったんだ?」
「単純に身体能力底上げできる奴らはこういう時出ずっぱりですよ」
やれやれと言った具合に、冗談めかしく肩を竦めながら顔を左右に振る。周りを見れば身体能力の底上げができる生徒達は随分と疲弊していた。阿鼻叫喚である。
2種の学科は純粋な体力勝負の授業が多いためにこんな状況もしばしばだった。こういう時は自分の能力は使えないものでよかったと心底思うのだ。
結賀が千本の考えを見抜いたかのように深く息を吐いた。タバコ臭い、と呟いた彼の隣に座れば、腰をずらされる。そんなにタバコ臭いかと袖を臭うと結賀の噛み殺した笑いが漏れる。
「俺は今日出番ないかなと思って」
「煙が物質化出来ればキーパーお願いするのに」
「立ってるだけでいいなら全然やる」
「卑怯者」
「褒めても何も出ないけど」
「褒めてないです」
授業もあと数分で終わりというところで、次の試合は無さそうだ。号令をかけそうな教師を見てから、千本は結賀の耳元に顔を寄せた。
「そうそう、都築さんから伝言」
「今更?」
不思議そうな表情を浮かべる唯我にピースサインを見せる。
「さっき会った」
「都築さんも授業サボったんですか」
「3種早く終わったみたいよ」
「まじか、ズルい」
「ね」
羨ましいという感情を隠さない結賀に同意すれば、含みのある顔で睨まれる。今日は誰かによく詰められる日だ。
「終わりそうなんで手短に」
「今日活動するって言ってた」
端的に伝えると、目を見開かれる。
「いつもは活動不定期なのに、珍しい」
「あの、おら…えーと」
「冬雪?」
「あ、そうそう
冬雪くんの言葉でそろそろ本格的に動くかってなったみたいね」
どうにも高校からの知り合いの名を覚えるのは苦手だった。特に君和田は、普段の依頼活動の時はコードネームで呼びあっているのだから致し方ない。
「まあ、部活として活動出来ればもっと面白いことも出来そうですしね」
納得するように頷いた結賀を見れば、前向きな発言を言ってしまった恥ずかしさを隠すように眼鏡を押し込んだ。
「都築さんに似てきたね」
「…まあ、中学からの付き合いですし」
俺もなんだけど、という言葉は口には出さずに仕舞い込む。茶化せば今度こそ怒られそうだ。
「じゃあ冬雪と大原に伝えておきます」
「よろ〜」
号令をかけた教師の元へ、それぞれ歩みを進めた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!