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龍 「……。」
学校のない休日。高校生の龍は、真面目に授業の予習をしていた。音楽などはかけず、カリカリとシャーペンを進める音だけが聞こえる。静かな方が好きな龍にとって、このような時間はとても居心地の良い場所だった。
龍 「今を除いて…。」
ひまり 「…?」
いつもと違う点は、自分の近くにひまりがいること。近くと言っても、隣に座っているどころではない。自分の膝に座っているのだ。いくら背が小さいとはいえ、視界が遮られるし、集中なんかできない。何回か膝から下ろしているのだが、またすぐに戻ってきてしまう。そしてこちらをくるりと振り返り、「えへへ〜」と笑う。嫌っているわけではないし、それを見て嫌になるわけでもないから扱いに困る。
このままでは勉強しても意味がない。勉強は後だ。龍が立ち上がってリビングに向かうと、ひまりも後ろからトテトテとついてきた。犬みたいな子だなぁ。と思っていると、リビングには奏叶がおり、ちょうど電話が終わったところだった。受話器を耳から離し、二人の存在に気づくとこちらを振り返って言った。
奏叶 「2人とも、ちょうどいいところに来てくれた。今上の人たちから任務依頼が来てな。」
ひまり 「お〜!初任務だね!腕がなる〜!」
はしゃいでいるひまりを背に、龍はため息をついてついて奏叶の話を聞いた。
奏叶 「最近、『ウェイク』というグループが洗脳器具を使っているらしく、上からの注意を聞かないどころか、宣戦布告をしてきたらしい。しかも、その前に白昼夢を味方につけようとやってくるんだとか。そこで、先にそちらでウェイクを沈めてくれ。」
龍 「なるほど…。」
奏叶 「もう明日の昼にはこちらに来るそうだから、各々準備をしよう。ひまり、他の皆を呼んできてくれ。」
ひまり 「イエッサー、ボス!」
そう言うと各々の部屋がある2階に小走りで向かっていった。それを見送る奏叶の顔は重い空気を作り出しており、少し怖く感じた。
奏叶 「あーあー、聞こえているか?向こうは今、こちらに向かって来ている。南東の方向からはまだ遠いから、虎空と、支援に龍が行ってくれ。北東の方向には蓮と藍。あと1.5km程だから、早めに向かってくれ。ひまりは基地に残って、帰ってきた人達のために備えてくれ。オレは自室で敵の情報を監視している。なにかあったら、無線機で教えてくれ。」
奏叶が話し終えると、ピー、という無機質な音が鳴った。
藍 「了解!行くぞ〜!」
蓮 「はいはい、落ち着いて。」
虎空 「あーい。さて、龍にできるかな?」
龍 「舐めないで。」
そう言って各々武器を持って外に出て行った。それを見てひまりは、手をカタカタと震わせながら、「頑張れ。」と小さく呟いた。数時間も経つと、それぞれが持ち場に着き、そこにいる敵をもう7割ほど倒し終えていたのだが、そこにボスの姿は見当たらない。
藍 「…おい、お前らのボスはどこだ?」
藍が近くで倒れている兵士に声をかけると、その兵士は枯れそうな声で喋りだした。
兵士 「…お前ら、こっちの戦略を何もわかってないみたいだな…。」
蓮 「は、…戦略…?」
兵士 「まぁ、今から戻ってももう遅いんじゃねぇか…?」
藍 「戻る…、もしや、基地か…!?」
と、藍が白昼夢の基地がある方を向いたとき、ひまりからの無線が耳に入った。
ひまり 「助けて!ウェイクの人が1人ここにいるの!ナイフ持ってて、…怖いよぉ!」
虎空 「はぁ!?そっちに行ってるのかよ…!」
蓮 「もしかして…、ひまり、多分その人が向こうのボスだよ…!」
ひまり 「うぇ、この人が…やばい、見つかっちゃった!!」
ひまりの抵抗も虚しく、向こうのボスは簡単にひまりの腕を掴んで捕まえ、無線機を切ってしまった。戦闘に出ている4人が声をかけても遅い。ひまりはバタバタと動いて逃げようとするが、ボスは余裕ぶった顔を崩さない。右腕につけてある奇妙な模様のブレスレットが動きに合わせて揺れ、飾りのチャームがチャラチャラと揺れている。
ひまり 「やだ、離して!誰か助けて!!」
?? 「大丈夫だよ〜、痛いことはしないから。それに、無線機を切ってるのに助けを求めても、意味はないんじゃないかな?」
そう語りかけながら腕を掴んでいる力を強めるが、なおも抵抗は止まらない。ボスは埒が明かないと思ったのか、カバンからハンカチを出し、ひまりの口元に押し付けた。そこには睡眠薬でも染み込ませてあったのだろう。数秒後、ハンカチ越しに息を吸ったひまりは眠って動かなくなった。
?? 「…よし、後は、この指輪をつければオーケー…。」
そう言ってボスはカバンから箱を取り出した。中にはボスがつけているものと同じようなブレスレットが入っている。ボスがそれをひまりの左腕につけようとしたとき、誰かの手がそれを制止した。顔を上げると、奏叶が眉間にシワを寄せてそこにいた。
奏叶 「…それが、お前らが使っている洗脳器具か…?」
?? 「…おや、助けが来ちゃったか。」
それだけ言ったボスは奏叶から目を背け、奏叶の制止を無視してひまりにブレスレットをつけようとした。もちろん奏叶はそれを止める。ボスの手を払ってブレスレットを床に滑らせ、向こうがブレスレットに視線を動かしている隙にひまりを抱きかかえた。ひまりは奏叶の腕の中で心地よさそうに眠っている。目の前でおきたことに驚きを隠せないでいるボスは、「おぉ〜」と感嘆の声を上げた。
?? 「君すごいね、その行動の速さ!そういう人が欲しかったんだよ!」
奏叶 「…そういえば、お前らはオレ達と仲間になりたくて来ているんだったか。」
?? 「そうそう!あ、自己紹介がまだだったね。私は海天 璢(うみぞら るう)。ウェイクのボスだよ。君は、もしかして白昼夢のボスだったりするかい?」
奏叶 「あぁ、そうだ。」
ボスの軽い口調とは対照的に、奏叶は笑わず、淡々と言葉を続ける。
璢 「あぁ、それなら話が早いよ!ちょっと手伝って欲しくてさ。」
そう言って璢は、ウェイクの味方について欲しいと、事細かに説明し始めた。もちろん奏叶は璢が言っていることはすべて知っているが、寝ているひまりを抱きかかえながら、ただ静かに頷いていた。やがて、すべてを話し終えた璢は1息ついてまた口を開いた。
璢 「…てことだから、味方になって…」
奏叶 「味方になる方法が、その洗脳なのか?」
璢 「……っえ?」
奏叶が璢の言葉を遮って声を出すと、その場の空気がピシャリと変わった。奏叶は眉間に皺を寄せ、明らかに璢を睨んでいる。その空気に緊張感が芽生え、璢は気の抜けた返事しかできなかった。その空気を感じ取ったのか、睡眠薬が切れてきたのか、ひまりが「う〜ん…。」と唸りながら目を覚ました。
奏叶 「味方になるのに、洗脳を使わないといけないのか?睡眠薬を飲ませて、洗脳器具を使わないと、仲間になれないのか?それは本当に仲間と言えるのか?」
璢 「あっ…えっと…」
奏叶 「そういった奴らと手を組むつもりはさらさらない。そもそも、上の方々を悪く言う奴らとは、話したくもない。」
璢 「…は、上の方…?」
奏叶 「…そういえば、自己紹介がまだだったか。オレは奏叶。“末井” 奏叶だ。」
その言葉に璢は大きく目を見開いた。そりゃあ、味方につけようとしていたグループのボスが敵の家系なんだから、驚くのも無理はない。しかしそれはウェイク側の調べ不足だ。
璢 「…末井と手を組むつもりはない…!」
奏叶 「あぁ。もちろんこちらも手を組もうとは思っていない。ただ、お前らを沈め、その洗脳器具を外させるよう、上から依頼が出ているんだ。」
璢 「っ…!?これを悪いものと言うのか!あの方を侮辱するのか!!」
璢はそう言って腰元に差してあった短剣を取り出し、奏叶に突き立てた。目は大きく見開かれ、少し空いた口の中では歯が噛み締められ、フー、フー、と荒い呼吸が聞こえる。先ほどまでからの豹変ぶりに、奏叶の腕の中にいるひまりは恐怖で身ぶるいをした。
奏叶 「侮辱するつもりはないが、…お前を見ると、あの方というものをたいそう慕っているように見えるな。…いや、崇拝している、と言っても過言ではないだろう…。そのあの方とは、一体誰なんだ?」
璢 「うるさい!!末井に言うことは、なにもない!!」
璢はもう、ヒステリックという状態に陥っていた。甲高い叫び声を上げながら、持っている短剣を奏叶に向かって振り回した。しかし、そう荒く動く短剣が奏叶に当たることはなく、それをかわして、璢の首筋に手刀をくらわした。璢は「がっ、」と小さく声をこぼし、そのまま倒れ込んだ。その拍子にブレスレットがするりと腕から外れる。奏叶がそれを手に取り、よく観察してみると、内側に『フライ エンド』という文字が刻まれていた。
奏叶 「フライ エンド…。聞いたことないな、調べてみるか…。」
ひまり 「…ねぇ、ボス。この人、息してる…?」
と、ひまりが倒れている璢を見ながら聞いた。奏叶はひまりの隣に移動し、撫でながらこう言った。
奏叶 「安心しろ。手刀1つで死ぬほど、人間は弱くない。」
その声は先ほどと違ってとても優しく、ひまりは安心して力が抜けたのか、奏叶にパタンともたれかかった。
奏叶 「…どうした?」
ひまり 「だって、誰かが死んじゃうかもしれなかったんだよ…?ひま、…怖かったよ…。」
そう言い終わると、また眠ってしまった。さっきまで眠っていたのに、よく寝るなと思いながら背中をさすってあげると、ひまりは幸せそうに微笑んだ。
奏叶 「…本当は、璢はもう用済みだから、命を取ってもよかったんだが…。まぁ、このブレスレットはオレが管理するから、もう暴れたりはしないだろう。…さて、璢を外にやって、フライ エンドを調べて…、そのためにはひまりをどうにかしないと…。」
やることがいっぱいだ、と独り言を続けようとしたとき、玄関のドアが開く音が聞こえた。どうやら皆が帰ってきたらしい。奏叶がやることも、皆に少しお願いすればすぐ終わるだろう。そう思った奏叶は安心したように息をつき、「…もう1人じゃないんだな。」と独り言を漏らした。