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目的の山の麓までやって来た。
それは、樹々が生い茂る緑豊かな山で――はなく、まるで切り崩された鉱山の様に、ゴツゴツとした岩肌の寒々しい山だった。
「何……これ?」
沙織は無意識に口に出していた。
遠目からは、よく分からなかったのだが……。道などは何処にも見当たらず、急な傾斜は普通に登れる状態ではない。
(……え? ロッククライミングするの、これ? そんなの無理でしょ……)
沙織の反応と違うステファンとシュヴァリエは、当たり前のように馬から降りた。
「サオリ様、此処からは歩きます」
シュヴァリエに手を差し出され、それを掴むとストンと馬から降りる。
前を歩くステファンは、迷いのない足取りで進んでいく。漆黒の髪が風に靡き、見慣れないステファンの後ろ姿。
まるで、何かを思い詰めているような――良くない感じがした。
「どうやら、ここに入り口がありますね」
ステファンはそう言うと、ステッキみたいな物を取り出して、金色の魔法陣を描いた。
――ゴッ、ゴゴゴゴゴ……ッ。
地響きと共に岩の壁が開き、中には通路が現れた。
「……凄い」
目を見張る光景だった。
「この入り口は、母を匿うために……義父が造った物なのです。鍵となる陣も教えてもらいました」
驚く沙織にステファンは説明する。
「ステファン様を育てられた……あれ? 魔道士の方でしたよね?」
「はい。魔道士でしたが、能力はとても高い人です。あの頃は、一流の魔導師としてやって行けるレベルになった所だったそうです。母とは幼馴染みで、仲が良かったと言っていました」
「それで、お母様を助けようとしたのね」
「ええ、そのようです」
長く続く道を、話しながら歩いて行く。
「ここには、魔物とか全然いないのね……。死の森にはあんなに沢山の魔物が居たのに……って、ああ!!」
沙織はあの重たい空気感を思い出した。
「瘴気には、気をつけないとですね」と、同じくシュヴァリエも警戒する。
「……瘴気ですか」
二人のやり取りに、ステファンの声のトーンが下がった。
「はい。あの洞窟の亀裂から漏れ出ていたのが、この山からなら……多分この先に何かあります。ステファン様、シュヴァリエ、光の結界を張ります。私の側を歩いて下さい」
――と、その時。
グラッと地面が大きく揺れた。
「な、何!?」
三人で身を寄せた。
「もしかしたら……。この光の魔力を含んだ結界に、闇の力が影響を受けたのかもしれませんね。急いで、先に進みましょう」
ステファンに促され先を急ぐ。
かなりの距離を走るが、目的の場所にはまだ行きつかない。
更に進んで行くと、突如――広い空間が現れた。
(ここは……)
壁には幾つもの明かりが灯っていた。薄暗くはあるが、通ってきた道より遥かに見やすい。この部屋らしき場所が、ステファンの母の居場所なのだと直感的に思った。
きっと、ステファンの母の為に、魔道士が何か細工しておいたのだろう。
結界の中にいるせいか、瘴気は感じないが――。それでも視界が霞んでしまう程に、そこの空気は澱んでいた。
「お二人とも、念のために口と鼻を覆ってください。私が結界を解くと、瘴気を吸ってしまいますから」
結界が壊されてしまう可能性だってある。ステファンとシュヴァリエは頷くと、言われた通りに布を巻いた。
沙織は目を凝らして、キョロキョロと辺りを見回す。
(ここに例の祭壇があるかしら? ステファンのお母様は一体どこに……)
よく見ると、奥の方には明かりが無く、闇が広がている。
そして、上の方に光る目のような物が六つあった。
「あ……、あれはっ!?」
『――ゴォオオォーーー……ッ!!』
ビリビリと空気が揺れて、大きな咆哮が聞こえた。
暗闇からのっそりと出てきた、禍々しい存在――。
「ひえっ!!」
「……魔獣でしょうか?」
シュヴァリエの疑問に、血の気の引いた顔のステファンは、独り言のように「……キメラ」と呟いた。
ステファンがキメラと言ったそれは、ライオンと山羊の頭があり、身体はまた別の獣のようだった。尻尾は蛇……蹄のある二本足。また咆哮をあげながら上半身を起こすと、その胸のものが見えた。
「「「うっ……!!」」」
三人の顔が強張った。全身が粟立ち、吐き気に襲われる。
その奇怪なキメラの胸元には、ステファンと同じ漆黒の長い髪の……顔の半分が焼け爛れたような、女性が埋まっていた。顔と腕だけが出た状態で――。
「は、母上……?」
放心状態のステファンが、声をかけた。
ダラリとしていた女性の顔が――ガッと正面を向き、真っ赤な眼球がステファンを捕らえた。
咄嗟にシュヴァリエはステファンを庇い、沙織は結界に光の魔力を強く流す。
――バチンッ!!
突進してきたキメラは結界に弾かれたが……直ぐに体勢を立て直し、威嚇してくる。
「ステファン様! しっかりしてください!!」
パンッと、ステファンの頬を叩いて意識を保たせる。
「いいですか、ステファン様。私は結界を出ます。ステファン様は、この状態の結界に魔力を流し続けて維持してください。王族の貴方なら魔力は持つ筈です」
「では、私も!」と沙織に続こうとしたシュヴァリエに、首を振って断る。
「シュヴァリエは、結界内でステファン様を守ってください。最悪、私が駄目だったら……このままステファン様を連れて、逃げてくださいね。呪いだけは何としても消しますから」
「「……なっ!?」」
「そもそも! 私はこの為に、転移して来たのでしょう? だから、私は私がやるべき事をします。シュヴァリエはステファン様を守る。ステファンは王になって国を守る。約束ですよ! では、行きますっ!!」
――それを合図に、沙織は結界から飛び出した。