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飛び出した沙織には目もくれず、執拗にキメラは結界を襲う。自分にキメラを引きつけるつもりだったのに――。
(どうして? 何か……変だ。光の魔力なら、結界より私自身の方がある筈なのに。あのキメラは、ステファンを認識出来ているの?)
やむを得ず、沙織はキメラの周りをぐるっと駆け抜けて、祭壇があるかを確認する。
(……駄目。ここには祭壇が――無い!)
だからといって、この場所を離れてしまう訳にはいかない。万が一、沙織が離れて結界が壊れたら、ステファンとシュヴァリエが危ない。
キメラの結界への攻撃を、障壁を出して弾きながら躱し続けているが……それも、いつまで持つかわからない。
問題は、どうしたらあのキメラを、殺さないで倒せるかだ。
(考えろ……。考えろっ、私!)
明らかにステファンを狙っているのは、あの真ん中の女――母親だ。
(瘴気は、光の魔力で消せたじゃない? なのにキメラは、光の結界に触れても弾かれるだけ……)
試しに、飛び掛かって来たキメラの脚に、光の魔力を含ませた魔力攻撃を仕掛けてみる。――だが。ダメージは与えられるが、それだけだ。
(やはり、あの首を落として殺すしか……)
――と、その時。
キメラの脚に当たって、細かく弾けた光の粒子が胸の位置まで舞った。女は、キメラの胸部から出ている自分の手で、光が顔に掛からないように払い除ける。
(――もしかしたら! シュヴァリエと、何度も訓練をしたように……)
沙織は高く跳躍し、大きなキメラの真正面から攻撃をした。すると、キメラは当然の如く、正面に来た獲物を叩き落とすように前足を下ろす。
刹那!
何重にも強化した障壁でそれを躱し、間合いを詰め胸元へ入り込む。
沙織の両膝で、キメラの胴体へと女の腕を押さえ込むと同時に、両手で女の頬を包むように捕らえ……一気に魔力を流し込む。
(……毒も、怪我も、貴女の心も! ――全てに癒しを!!)
「浄化しますっ!!」
キメラの中心から莫大な量の光の閃光が、四方八方に飛び出した。
結界の中から、固唾を呑んで見ていたステファンとシュヴァリエは、その光景に驚愕した。
「なっ……何が、起こった?」
「サオリ様が……癒しを行なったのかもしれません」
シュヴァリエは――。
一人で立ち向かう沙織を、見ているしか出来ない自分に苛立ち、拳を強く握りしめていた。
一方で、沙織は――浄化の手応えを感じながら、更に癒しの力を強めていく。
目の前の爛れた皮膚が再生され、飛び出した眼球も元の位置に収まる。真っ赤な目は、綺麗な瑠璃色の瞳になった。
女の身体から、徐々にキメラだった物が剥がれ落ちていく。全てが剥がれると、ステファンによく似た黒髪の美しい女性が現れるが――。土台を失った女性は、バランスを崩した。
空中で、落下しないよう女性を抱えると、沙織は地面に着地した。
気を失っている女性をそっと横に寝かせて、今度はステファン達の結界を解く。
すると――ステファンの体から、ガクッと力が抜けた。
「ステファン様っ!」
かなりの魔力を消費したステファンは、シュヴァリエに支えられる。その状態のまま、女性の側まで行き膝をついた。
意を決したように、ステファンは母親に呼びかける。
「……母上っ」
その声が届いたのか――ピクッと目蓋が痙攣し、ゆっくりと目を開く。
朦朧としていた女性は、信じられないといった表情で尋ねた。
「貴方は………ステファン?」
「……そうです、母上」
その言葉に、女性はポロポロと涙を零す。
「ごめんなさい……ごめんなさい」と何度も、何度も、ステファンに謝った。
「本当は、貴方を守るためにあれを呼び出したのに……ステファンにまで呪いを掛けてしまうなんて……」
(……んんっ!?)
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! あれを呼び出したって、何ですか?」
ゾワゾワとした嫌な予感に、沙織は口を挟んでしまった。
「……悪魔の、ベリアルの召喚です」
(ヒイィーーッ! 最悪の展開だぁっ!)
『……全く人間てのはっ。……光の乙女か、嫌な邪魔が入ったね』
直接、脳に響いてくる異質な声。
(出たぁ〜! ――ラスボス!!)
真っ黒な全身に、大きな羽で浮遊する、その悪魔は表情の無い顔を沙織に向けた。
(祭壇というのは、黒魔術の魔法陣……。悪魔の召喚をする為の物だったのね。だったら! やっぱり、それを見つけて壊さないとっ)
「……お母様、祭壇の場所はどこですか?」
沙織は小声で尋ねた。
「あの、私が居た暗闇の先です」
言われた方向を見た。
ジ――ッと、視力を強化して暗闇を探る。
(……あった!!)
チラリとシュヴァリエに視線を送った。
『折角、僕がその女の望みを叶えてあげたのに』
悪魔は何が不服なのかと、ぶつぶつ文句を言う。
「わ、私は! 王太后から……息子に、王族の手が及ばない様にしてと! そう願ったではないですかっ!」
『だ、か、ら。その王太后は、さっさと殺してあげたじゃないか。ついでに、息子に呪いをかけて、王族からは逃れられたでしょ? まあ、さっさと契約完了するように20歳までの期間にしたけどね。それ以上、待つのは面倒くさいし』
「そ、そんなっ!」
『あと少しで契約完了だったのに。二つの魂を取り損ねちゃったじゃないか。……さあ、どう責任を取る? 光の乙女!!!』
カッと目を見開き、沙織を見た。
直ぐ様、三人を守るよう結界に閉じ込める。シュヴァリエと視線を交わすと、沙織は暗闇に向かって悪魔の目の前からスッと消えた。
『んなっ!?』
瞬時に、暗闇の中にあった祭壇まで行く。そのまま魔法陣に手を伸ばして――叩き込む様に、光の魔力を勢いよく流し込んだ!!
赤黒い魔法陣は、金色に光輝き……ピキッと亀裂が入り、見る見るうちに消滅していく。
『……クソがぁっ!!』
魔力が減ったステファンに代わり、シュヴァリエが魔力を流して結界をキープする。
消えかかった悪魔は、残された力をステファン達にぶつけた。が、軽く弾かれた。
『な、に? ……おぼえ……て……い』
ベリアルは、強制的に魔界へ返され、最後の言葉は聞こえなかった。
ただでさえ頑丈な結界に、更には光の魔力まで入っているのだ。残り僅かな闇の魔力程度で、壊せる筈がなかった。
「……道理でこの結界。異常な程の魔力を持って行かれた訳だ」
「……はい。サオリ様の作るものですから」
――はぁぁ……と、ステファンとシュヴァリエは大きな溜息を吐いた。