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「ちなみにお見合い相手のお嬢さんも、アーモンドアイの子で……そんなにアレコレ大きくない小ぶりな子を選んでたんだけどね? あと、たいちゃんも知ってる子。……ま、見てないか」
「お、俺はっ、別に胸が小ぶりな女性が好きだとは一言も!」
何か気になる文言を言われた気がするが、知人だろうと何だろうと関係ないと思った大葉は、〝小ぶり〟の方に反応したのだけれど。
「うん、僕もお胸の話はしてないねぇ」
今度こそ声を立てて笑われて、グッと言葉に詰まった。
「羽理……、あ、荒木さんの魅力はもちろんそこだけではありません……よ?」
などと取ってつけたようにゴニョゴニョと言い訳をしたのだけれど。
この場に羽理がいたならば、「だったらそこ以外をちゃんと説明してください!」とプンスカしていたことだろう。
きっと恵介伯父もそう思ったに違いない。
「うん、うん。大丈夫。たいちゃんの言いたいこと、僕には分かってるから。――けど、そう言うことは馬鹿正直に口にしない方がいいねぇ。……特に荒木さん本人には言っちゃダメだよ? その……本人は小さいの、気にしてるかもだし」
と、困り顔で苦笑されてしまった。
その言葉に、大葉は(俺、本人にそれに近いこと言っちまってたかも知れません!)と思ってソワソワした。
***
「――で? 屋久蓑部長。もう一件の方、総務部長としての話は何かな?」
ひとしきり笑った後、テーブルに置かれていたコーヒーを一口飲むと、土井恵介は、人の善さそうな伯父の顔から一変。ゾクリと背筋が寒くなるような、『土恵商事』の社長の顔になった。
そんな恵介の様子に大葉も、背筋をグッと伸ばすと、「社長は……財務経理課長の倍相岳斗のことをご存知ですか?」と、切り出した。
***
「倍相課長? もちろん知っているよ。いつものほほんとした雰囲気を漂わせてるけど……なかなかに食えない男だ」
社長である恵介伯父が、社員らと個々に接している姿は余り見かけたことのない大葉だったが、こうして話してみるとなかなかどうして。社員たちのことをよく把握しているらしい。
「彼は屋久蓑部長とは真逆と言うか……人当たりも良ければ男女問わず受けもいい。だけど不思議なくらい社内では異性絡みの浮いた話を聞かない。それが逆に僕には不気味に思えてね。――課長時代、女性関係はもちろん、同僚たちとの間でも色んなトラブルに巻き込まれてどんどん仏頂面になっていったキミとは本当に正反対だよね」
そうなのだ。
大葉だって、入社当時は今ほど他の社員らとの間に線引きをして過ごしていたわけではない。
だが、顔見知りとすれ違う際、社交辞令でちょっと愛想よく微笑んだだけで、女性たちから幾度となく勘違いされ付きまとわれて。
それを見た同性の同僚たちからは『顔がいいからとすぐに色目を使うやつだ』と非難されて本当に辟易したのだ。
結果、段々無愛想になっていった大葉は、必要最低限の会話しかしない取っ付きにくい人間だと言うレッテルを貼られてしまった。
それでも仕事だけはがむしゃらに頑張ったから。
入社して八年――。
同期の中で異例の出世を果たした大葉は、三十になる年に財務経理課長へ就任したのだ。
もちろん実力でのし上がっただけで、伯父の力は一切借りていないし、恵介伯父は身内だからと言う理由で、そういうエコ贔屓をするような甘い人間でもなかった。
入社時にも他の社員同様きちんと入社試験や面接試験を通過して、正規の手順で土恵商事へ入社した大葉としては、後ろ暗いところなんてひとつもなかったのだが。
社長の甥だと知られれば、あることないこと言う人間がいるのも分かっていたから。
そこは公言すまいと心に誓っていた。
母方の伯父とは苗字も違うし、黙っていれば血縁だと知られることもないはずだった――。
だが、ちょうど大葉が課長に昇進して間もない頃のことだ。
大葉が縁故入社した上、異例の速さで出世を遂げたのだというガセ情報が、どこからともなく流れたのは。
真相はどうであれ、大葉が社長の甥っ子であることは紛れもない真実だったから……。
あの頃は自分より年上の部下たちからは業務に支障が出るレベルの反発をされた。
見た目の良さに加え、〝社内一の出世頭〟という付加価値もついた大葉は、目の色を変えた女達から付き纏われる羽目にもなって。
それがさらに男性社員らの不満を煽るという悪循環。
針の筵にいるようで、本当にしんどかったのを覚えている。
そんななか、休日に母方の実家へ行って畑を手伝うことだけが、大葉の心を唯一癒してくれたのだ。
部長になった今でも作業服を着て現場仕事に混ざりたくなるのは、そういう経緯もある。
課長職で心を殺して踏ん張って四年。
大葉が総務部長になって、自分のポストだった財務経理課長に、当時二十八歳の倍相岳斗が就任した。
それは大葉の、二十九歳での課長昇格よりも一年ほど早かったから。
どんな人間でも頑張れば二十代で課長まで上がることは可能なのだと他の社員らに認識されるには十分の出来事だった。
だが、そうなるまでの間、大葉が他社員らからの妬みと色眼鏡の渦中で過ごしてきたことは言うまでもない。
要は倍相のお陰で少しだけ溜飲を下げられた大葉だったのだけれど。
(そう言やぁ)
考えてみれば自分が縁故入社だと囁かれ出したのは、倍相岳斗が財務経理課へ配属されてきて間もない頃だったなとふと思ってしまった。
倍相課長は、今でこそ何かやけにフレンドリーになったが、それこそ一昨日まではかなり大葉に対して当たりが強かったはずだ。
大葉が社長の身内だというのも知っていたと言っていたし、やっぱりアレは倍相の仕業だったのかも知れない。
大葉は吐息混じりにそう思った。
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