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「はい。実はその彼が羽理……、荒木さんとのこと、社内に公表すべきだって言ってきましてね」
「え?」
「そうしないと、大変なことになると脅されました」
「大変なこと?」
脅された、というよりは助言された……の方が正しかったな?とすぐさま言葉選びを間違えたと思った大葉だったけれど、幸いにして恵介伯父は後半部分を拾ってくれたのでそのまま流すことにした。
「はい。俺にもよく分からなかったんですが、今のままだと羽理……荒木さんが辛い目に遭うとか何とか……。あー、あと……これは別に気にしなくていいと言われたんですけど……倍相課長も困るらしいです」
「ん? 当事者の荒木さんはともかくとして……何で部外者の倍相くんまで困るの?」
「……だから、俺にもさっぱり分からないんですってば」
「うーん。たいちゃんにも分からないんじゃ、社としても対応のしようがないねぇ」
ふっと表情を緩めた土井恵介は、社長の顔から伯父モードに戻ったように大葉のことを愛称で呼んで困ったように微笑んだ。
「けど……そんな曖昧な理由なら……僕としてはまだ公表はして欲しくないかな?」
「え?」
「僕、世襲制に固執してるわけじゃないんだけど……血縁抜きにして考えても、僕の後を継いでもらうのはキミしかいないと思ってるんだよね」
「えっ!? ちょっ、伯父さんっ」
そんなこと今まで言われたことがなかったから、大葉としては物凄く驚いたのだが、恵介伯父にとっては結構前から構想していたことだったらしく、何でもないことのように話を続ける。
「だからね、キミの結婚発表云々は……僕にとっては結構デリケートな問題なの」
彼が言わんとするところが分からなくて、「何でですか?」と思わずつぶやいた大葉に、恵介伯父が小さく吐息を落とした。
「だって考えてもみてよ、たいちゃん。荒木さんはたいちゃんと結婚したら、ゆくゆくは我が社の社長夫人になるってことだよ? 僕には妻も子供もいないからその心配はなかったけど……たいちゃんが結婚相手に選んだ子はよりによってうちの社の優秀な社員だ」
土恵商事は社内恋愛禁止ではなかったはずだ。
何の問題があるというのだろう?と思った大葉に、恵介伯父が「まだ分からない?」と吐息を落とした。
「たいちゃんと好い仲だって知られたら、きっと他の女性社員らから妬まれたりするよね? たいちゃんは彼女をそんな悪意から守ってあげられる? 下手したら荒木さん、課長時代のたいちゃんと同じ目に遭っちゃうかもしれないよ?」
「そ、それは……」
「そこで僕とたいちゃんが血縁って話が持ち上がったりしたら……余計ややこしいことになるよね」
恵介伯父の言葉に大葉はハッと瞳を見開いた。
「たいちゃんも薄々気付いてるかなって思うんだけど……倍相くんはたいちゃんが僕の身内だってこと、何年も前から知ってるんじゃないかと思うんだ。――昔、たいちゃんに関する変な噂を流したのも、恐らく彼だろうなって僕は思ってる」
「……実はさっき、倍相本人から俺と恵介伯父さんのこと、たまたま聞く機会があってずっと前から知ってたって告げられました」
「えっ!? それ、倍相くんの方から言ってきたの?」
――どういう心境の変化だろうね?とつぶやく恵介伯父に、大葉の頭の中で羽理から告げられた推測――BL展開――がちらついたのだけれど、有り得ねぇだろ!と追い払った。
そのせいで、倍相が変化した契機をうまく説明できなくて。
「――なぁ、たいちゃん。今から話すことは証拠がなかったから今までずっと黙ってたんだけど……。倍相くん自らがたいちゃんに僕らが血縁なことを知ってたって告白してきたんだとしたら……。倍相くんがそのことを知るきっかけを作ったのはきっと僕だ」
恵介伯父が申し訳なさそうに眉根を寄せるのを見て、大葉は「話してくださいますか? その話」と問い掛けて居住まいを正した。
恵介伯父は大葉に向って深くうなずくと、
「キミが課長に昇進して間もない頃の話なんだけどね」
どこか遠い目をしてそう切り出した。
***
「たいちゃんが異例の出世をしたって本当!?」
いつもチャキチャキした印象の柚子が、自分のことみたいに嬉しげに身を乗り出すのを見て、思わず笑みが漏れた恵介だ。
子供の頃から、すぐ下の末っ子・大葉のことを召使いみたいにこき使って振り回すくせに、弟に何かあるといの一番に駆けつけるのも彼のすぐ上の姉、柚子だった。
「ああ、そうなんだよ」
「……ねぇ、伯父さん、それってもちろん……たいちゃんの実力、よね?」
一歩引いたところから。
身内贔屓で色を付けたわけじゃないわよね?と言外に含めてきたのは、常に沈着冷静な印象を与える長女の七味だ。
「僕は仕事に関しては非情だよ? 可愛い甥っ子だからって贔屓はしない。だからね、今回のことは言うまでもなくあの子の実力だ」
「そう、良かった……」
恵介の言葉に、やっと七味がほんの少しだけ表情を緩めた。
七味はクールビューティーで、柚子のように感情をあらわにはしないけれど、下手すると柚子以上に一番下の大葉のことを溺愛しているのがうかがえる。
「もし、伯父さんが甥っ子可愛さに手を回したりしてたら……あの子、傷つくもの」
結局は弟のため。
そう言い切った七味に、恵介は本当に仲の良い姉妹弟だなと思って。
目の前の姪っ子たちを交互に見つめた。
(……二人とも凄く美人なんだけど……あんまり果恵には似てないんだよね)
見た目も性格も、恵介の最愛の妹であり彼女らの母親でもある果恵に余り似ていない姉妹だ。
どちらかと言えば、二人とも父親の聡志似。
聡志も整った顔をしたハンサムだから、彼に似た七味と柚子も相当な別嬪さんだと思う。
だが、恵介にとって一番美人で可愛くて愛しいのは実妹の果恵に他ならなかったから。
果恵似であるかどうかが、好みの優劣に思い切り影響してしまう。
(残念と言うべきか幸いと言うべきか……果恵に似たのは三人の中で唯一の黒一点……。大葉だけとか……)
思わず見とれてしまうような美貌も、かなり気配り上手で優しいところも。
皮肉なことに男である大葉が一番、恵介の愛する果恵の面影を色濃く引き継いでいる。
だが、いま目の前にいる姪っ子たちが果恵に似ていたりしたらこんな風に純粋に伯父として接するのは難しかったかも知れない。
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