魔王城を出発してから、一週間ほどが過ぎた。
山脈までが遠い。
それに、帰りは霧砂《きりすな》の体のせいで、風の影響を受けて遅くなった。
「スティア。もうすぐミルフィーの驚く顔が見られるな」
「うん!」
俺のことは何と説明しようか。
神殿は厳重に警戒していたのを思い出し、町の手前から霊体に戻った。霧砂もぎゅっと集めて玉状にした。そうすると、遠目からは透明過ぎて認識できなくなるからだ。近くで見ても、そこにあると知らずに気付ける人は、おそらく居ないだろう。
城壁を飛び越え、ミルフィーの住む神殿へと降り立つと予想通り、見張りが入り口の前に立ちはだかっている。
「横からすり抜けて入ってしまおう。ミルフィーに会えたら、不審者ではないと言ってくれるだろう」
「は~い」
「なんだか、泥棒に入るみたいですね」
そう言ってくれるな、リグレザよ。俺も少しは思ったんだ。
……が、住居にしていたはずの部屋に行っても、他の神殿内をくまなく探しても、ミルフィーは居なかった。
外出しているのかと思い、ミルフィーの部屋に戻って待つことにしたが……。
帰ってくる気配がない。
夜を過ぎ、真夜中になっても。
「待ち疲れちゃいましたね。ミルフィーちゃん、お仕事かなぁ……」
スティアはすぐにでも会えると思っていたから、落胆が大きい。
そういう俺も、まさか夜になっても会えないとは予想外だった。
「……朝になったら、町で聞いてみよう」
お付きのリエラは一緒だろうが、ベイルはどこだ。バルザーグの屋敷を先に尋ねた方が早いか……。
翌朝、部屋にはリエラだけが来た。
すでに整っている部屋の中を掃除したり、かと思ったら、不安そうに腕を組み、苦悶の表情で俯いたり天井を見上げたり……とにかく落ち着きがない。
すぐに問いただしたかったが、いかんせん、スティアが見えていたのはミルフィーだけだから、いきなり姿を現すわけにもいかない。
うっかり、このまま声で聞いてもらおうかと思ったが、ミルフィーを守っているはずのスティアが、居場所を知らないというのは問題外だ。
リエラは唯一、スティアの声を聞くことが出来るというのに。もどかしい。
「バルザーグの屋敷に向かおう。とりあえずは霊体のままで」
スティアは一瞬、ここに残るかを迷ったようだが、小さく頷いてついてきた。
バルザーグの屋敷では、少しばかり収穫があった。
そこにはやはり、ベイルとバルザーグが居た上に、うまい具合に核心をつく会話を交わしていたところだったのだ。
「今日で四日目か……」
「ベイルよ。やはり勇者様とはいえ、お連れになるのは止めるべきだったやもしれんぞ」
この言葉の後は、二人とも黙り込んでしまったので屋敷は出たのだが。
「スティア、そこの路地で霧砂を使う。聞き込みだ」
「え。あ、はい」
勇者が来て、ミルフィーを連れ出しただと?
それから四日も音信不通というのは、どう考えておかしい。
――まさかとは思うが……幼女趣味でもあるのか。
もしそうなら、もはや無事では居ない……。
だが、あえて知名度の高いミルフィーを狙うのはリスキー過ぎるだろう。……いや、有名だからこそ欲しくなったか。
だめだ。性犯罪の可能性だけとは限らないのに、心配に思うあまり、どうにも思考が偏ってしまっている。
「よし、手当たり次第に聞きまくれ。勇者が、ミルフィーをどこに連れ出したのか」
「はいっ、旦那さま」
「私はスティアについています」
「頼んだ。何かあればすぐに飛んできてくれ」
こういう時、霊体のまま動いてくれるのが一人いると、格段に効率がいい。
**
「意外と、すぐに分かったな」
「はい……でも、町の外に連れ出すなんて」
聞き込みを始めてから、半時間もしないうちに聞けた。
広場のベンチに腰を下ろしたが、座った意味が無いくらいに、情報交換もすぐに終わった。
「西の方に洞窟があるらしい。山と森に隠されているが、勇者が時々使っているようだ。たぶんそこに居るだろうと。スティアも同じ話を聞いたんだな?」
「はい。何人も同じことを言っていました。この話、勇者が広めるように言ったらしいですよ」
「ちっ。スティアもそれを聞いたか。じゃあやっぱり、わざと俺たちに伝えようとしているな」
重い怪我人を癒すために、御使いの聖女を西の洞窟に連れていく。
これを広めてくれと言うのは、町に居ない誰かに、その言葉を届けるためだ。
「勇者って、あの時の勇者一行だよな。あいつら、ミルフィーと俺たちの繋がりに気付いたのか? 一体どうやって? ……御使いの聖女という呼び名からか? まさかだろ」
野盗の根城で、鉢合わせた勇者一行。
普通なら気付かないはずの、俺たちの居場所を正確に感知していた。
「彼らの追跡能力は、ずば抜けていました。もしかすると、町や神殿に残る魔力の残滓《ざんし》で確信したのかもしれません。ホーリーヒールは、割と残りやすいのでそれでも数日――」
「リグレザ。そういう情報を隠すのをやめろって、言ったよな」
「そ、そんなの! 普通は辿れませんよ! 気付きもしません! 魔族ならまだしも……」
「……あの時、俺の存在に最初に気付いたのは誰だったか。聖職者のかっこしたやつだったか」
「あの子は、人間だったはずです。というか、魔族が紛れていたら私はすぐに気付きます!」
「……そうか。すまん……悪かった」
「いえ……」
分かっていて伝え忘れているんじゃないのかと――リグレザへの期待の高さから――その失敗なんじゃないかと、疑ってしまった。これで何度目だろうか。
「い……今のは、旦那さまがわるいです。でも、リグレザさまのお力を、それだけ頼りにされているからですよね? だから、もうきつく言わないでください。それで……仲直り、してください。ね?」
――まだ子どものスティアにも窘められるってのは、情けないぜ。
「あぁ、そうだな。リグレザ、すまない。気が急《せ》いた時にいつも、当たってしまっている。本当に申し訳ない」
立ち上がって頭を下げたが、傍からみればスティアに謝っているように見えるだろう。
その頭上で佇むリグレザは、誰にも見えないから。
「……まぁ、ラースウェイトはいつもそうですしね。いいですよ。こんなにきっちり謝られたの、初めてですもんね。今までのことは、これで許してあげます」
その声には、さっきまでの非難の色は消えていた。
彼女の懐の深さに、助けられてしまった。
「ありがとう、リグレザ」
「わぁぁ……。よかったぁ。旦那さま、ほんとにもう、ダメなんですからね? ミルフィーちゃんのことは心配ですけど……怒っちゃ、ダメです」
「ああ。スティアもすまなかった。えらく気をもませてしまったな」
「えへへ~。あたま、ナデナデしてください」
「……しょうがねぇな」
――これじゃ、どっちが子どもなんだか。
それに二人の言う通り、焦って感情的になれば、勇者の思う壺だ。
「ふぅ。落ち着いたよ。それじゃ、西の洞窟ってのを探しに行くか。パッと見じゃ分からない場所らしいから、落ち着いて探そう」
「はぁい!」
「ええ。そういうのを探すの、得意ですから」
――ひとつひとつ目標には近づいているが、途方もないし終わりも見えないし、ずっと焦っていたのかもしれない。
すまなかったな、二人とも。
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