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西の洞窟に行く前に、俺たちは途中の森で武具のチェックをしていた。

勇者たちと、戦うことになるかもしれないからだ。


ミルフィーを連れ出した目的は、誰かの治癒のためというのは嘘でないとしても、一番は俺を呼び出すため。

御使いの聖女作戦の弊害は、ミルフィーの後ろに聖霊か何か、実体のない存在が居ると明言していることだ。


普通は聞き流して、ミルフィーの存在を崇めるものだというのに。勇者たちは俺のことが気になるらしい。

それも、あまり穏便なやり方ではない方法で接触を試みている。ということは、戦闘になる可能性が高い。

だから西の洞窟に行く前に、霧砂《きりすな》を使って武具のイメージを練っていた。


「ラースウェイト。その紅い鎧は何ですか? 全身鎧の割には、フルプレートに比べて隙間が多いですし、形も見たことのないものです」

「なんだ、リグレザは日本の甲冑を知らないのか」

「知るわけないじゃないですか」


「一度目の前世で、憧れてたんだよなぁ。そも、古い時代の鎧だが好きだったんだ。鎧の下にはこういう、鎧直垂ひたたれって着物を着るんだ。鎧は紅、直垂は黒。どうだ、かっこいいだろ?」

「はぁ……」

「興味無さ過ぎだろ」


「旦那さま。赤と黒が引き締まってる感じで、わたしはカッコイイと思います!」

「ほう。スティアは見る目があるな」


もちろん、武器は日本刀をイメージしている。

この霧砂は素晴らしい。元は、オロレア鉱《こう》と言うとんでもなく硬い金属だという。重すぎるのと並の熱では加工出来ないことから、軍の上層部しか扱えなかったというが、他の星ならば使えるかもしれないと、あの不時着した船に積んでいたのだとか。


それを魔王が蒸発させてしまったのだから、魔王の強さも非常識なレベルだと思うが……この、オロレア鉱で出来た霧砂はもっと非常識だと思う。

なにせ、魔力を通せば空気のように軽く扱えるのだから。そのくせ、重さも硬度もそのままだ。

イメージした甲冑と刀も、理想を超えた強度と切れ味を持っている。


「見ろよ。岩が簡単に斬れる。なんだこりゃ」

しかも霧砂の刃は、雨露みたいにキラキラして見える。

こりゃ、魔王としての名前も決まったな。


「はいはい。良かったですね」

「リグレザ。霊体には意味なくても、人間相手にはこういう、目に見える脅威ってのが重要なんだ。だからこその、この世界じゃ誰も知らないような形にしてるんだぜ」

「あ、ちゃんとそういうの、考えていたんですね」

「完全に趣味だと思ってたろ」

「ふふ」


それもあるから何とも言い返し難いが……。


「旦那さま、そのお面はなんで牙があるんですか?」

「これは面頬《めんぽう》と言う防具なんだが、俺は相手を怖がらせるために着けてるんだ。特にこれは、鬼という魔物の口だから牙がある。迫力あるだろ? ガオー!」

「キャハハハ! 旦那さまこわーい」

「プッ。ほんと、こわいですねぇ」


――ぜんぜん怖がってねぇじゃねーか。特にリグレザ、精神的にコワイみたいな言い方すんじゃねぇ。


「ちっ。着けてみたかったんだよ。だがこれで行く」

スティアも青いドレスに衣装替えして、楽しそうだ。

良い気分転換になったかもしれない。


「それじゃ、そろそろ洞窟を探して突入だ。ミルフィーを無事に取り戻す。気を抜くなよ?」

「はい」

二人の声がピッタリと揃うくらいに、緊張感も程良いらしい。



**



見つけ難いと聞いていたお陰で、逆にすぐ洞窟を発見出来た。

「岩の影になっているから、普通に通っただけだと見落としていたかもしれないな」


ともすれば、人為的に岩を置いたのかという隠し具合だ。

人が動かせるような大きさではないが。

洞窟の中は薄暗いが、かなり広くて天井も高い。それに、先が見えないほど奥行きがある。


「コウモリとか虫とか居そうなのに、随分と清潔な感じだな」

それに、歩きやすいように均《なら》されているような気がする。


「洞窟に入るの、はじめてです……」

「ラースウェイト。明らかな魔力反応です。距離は前方五十メートル」

「そうか。ここで間違いないようだな」

相手の庭だ……撃ってくるか?


「ホーリーシールド」

「旦那さま?」

「一応な」

見えない位置から射撃するのは基本だ。

ただ、明らかな敵として招かれているのかどうか、それが分からないところだが。




しかし何のことはなく、勇者一行の前まで辿り着いた。

この辺りだけ明るいのは、光の魔法か。


四人。森で攻撃された時と同じ数。同じ相手。

勇者と大柄な戦士。後衛に聖職者の女と、露出度の高い女。


広い空間に居るのに、四人共お互いに手が届くくらいの範囲に集まっている。

定石通り、勇者と戦士が前で後ろに女が二人。


……戦う気がないという意思表示のつもりか?

――ミルフィーは無事だ。露出度の高い女に抱えられて、そして口を塞がれている。

さてどうしようか、どう出て来るか。


「おかしいな。招いた客人とは違うじゃないか」

あからさまに勇者は、怪訝な顔をした。

そうか、霊体のままで来ると思っていたらしい。

だが、そんなことは関係ない。


「お前らが勇者か。ミルフィーを返してもらおう」

「おや、合っているのか? 霊体はどうした。いや、それが本体か?」

頭の切り替えが早い……すんなり終わればいいが。


「んなこたど~でもいいんだよ。ミルフィーを返せ」

「さあ、どうしようかな。そういうお前は、またえらく珍妙な姿をしているじゃないか。その武者鎧はどこで手に入れた?」

「これは特注よ。カッコイイだろ」

「ふむ……お前、名は何と言う」

――魔王としての名を、初めて名乗るのが勇者に、とはな。


「ムラサメだ。魔王ムラサメ」

「ちょっと、魔王ってバラしちゃってどうするんですか! しかも偽名使うなんて聞いてませんでしたけど! ていうか相手は勇者ですよ! ここで戦う気ですか!」

「おい、こんなとこで水差すんじゃねぇよ。ていうか今言わなくていつ言うんだ」


戦う気も何も、相手はハナから戦意満々だろうが。

見れば分かる。殺気は隠しても、何かの魔法を仕込んでるのは間違いない。魔力が渦巻いて潜んでるんだからな。


「ヒソヒソと何を言っている……かは、何となく分かるぜ。ニセモノ魔王さんよ」

「は? 偽物じゃねぇよ。一応な」

「ムラサメ、かぁ……。お前、転生者だろ」


――げ。まさかこいつも転生者かよ!

しかも日本の文化を知っているヤツだとは。


「ちょっと! 魔王どころか身バレしてんじゃないですか!」

「すまん……。だがリグレザ、ちょっと静かにしてくれ」

勇者の様相が変わった。

いつ仕掛けてきてもおかしくない。


「……まさか、勇者が転生者だとはな」

「次の魔王は、転生者から生まれたのか? それとも別件か?」

この会話のテンポ。嫌いじゃないが……。


「頭の良い勇者は嫌いだぜ」

「当たらずも、ってとこか。さて――」

勇者が小さく手を挙げると、露出度の高い女がミルフィーの口から手を離した。


「おねえちゃん! おねえちゃん、この人たち、ゆうしゃさまなの。ここでケガを治してほしいっていわれて……。でも、うそだったの」

「ミルフィーちゃん!」

スティアの悲痛な声が、洞窟内で反響する。


「このガキ、聖女なんかじゃないよなぁ。分かってたけどなぁ」

この勇者、悪役の方がよっぽど似合う顔をしやがる。


「その子を返せ」

「ああ。最初はそのつもりだった。こいつに聖女のフリをさせてたやつを、突き止めたいだけだったからな」

「なら、もう俺達だって分かったからいいだろう。ミルフィーを返してくれ」

「駄目だ」

「は?」

なんでこいつが、俺にこんな憎悪を向けるんだ?


「気が変わった。まあ、お前のせいだけどなぁ、転生者さんよ」

「なんでだよ! 俺は何の関係もないだろうが!」

「オオアリなんだよなぁ。俺達だけじゃ飽き足らず、お前を魔王に仕立て上げてまで俺を殺しに来たんだろう? 気に入らないんだよ。転生も、転生させてる神どもも、この世界のやつらも……全員がなぁ!」


何だ。何を言っている?

こいつは何か、疑り過ぎて思考が飛躍してるんじゃないのか?


「勇者を殺せなんて言われてねぇよ! それにお前は魔王を倒して、それでハッピーエンドじゃねぇのかよ! 何が気に入らないんだ!」

「なにも分かっていないな。俺達は、感謝されるべき人間どもから追われてるんだよ。魔王討伐を依頼した国王のクソ野郎が、俺達を恐れるあまりにな」


「……あれか? 強すぎる戦力が、他国に渡っちゃ困るから。ってベタなやつか?」

「その通りだ。まんまとやられたよ。お陰で俺達は、どこに行っても追われている」

ありえん。だが、それをしてしまう馬鹿が、この国の王だった。ってことか。


「そりゃあ気の毒だけどよ。それとミルフィーちゃんは関係ないだろ。俺もお前を狙ったりしない。それでこの話は終わりだ」

「いいや? お前みたいなやつが転生して馬鹿みたいに喜んでるのが、気に入らないって言っただろ?」

「はぁ?」

こいつ……八つ当たり混ぜてんじゃねーよ。


「それに、お前が俺を狙わないという確証もない。この先もずっと、俺達を狙わないという保証もない」

「いや……だから、あんたらを狙う理由なんてねぇっつってんだろ」

どれだけ疑り深いんだ、面倒臭い奴め。


「ふむ。では、ヒントをやろう」

「あのなぁ。もういいからその子を――」


「今、戦争を引き起こしているのは俺だ。火種を撒いて、煽ってやればすぐに戦争が起きる。この世界の人間どもも、地球のやつらと変わらん。見事なまでに戦争を始めやがるぜ」

「なんだと?」

こいつ、本気で言っているのか?

――でも今は、真偽を確認しようがない。


「さて、俺はお前に魔王になってほしくなった。本物のな」

「ああ? 言ってる意味が分かんねぇ。――って、まさか」


「その通りさ。もう一度人間どもに立ち塞がってくれ。そうすれば俺達は、また英雄に戻れる。なに、今度は上手くやるさ」

「ちっ。どのみちそのつもりだった。お前の言いなりになる訳じゃねぇがな。だからとにかく、ミルフィーを返せ」


「駄目だって言っただろ? お前はぬるい。見れば分かるぜ。いい子ちゃんが悪人ぶったところで、憎悪が足りねぇんだよ。そんなことで、魔王だと信じさせられるワケがないだろ」

「あぁ?」

「だから、こうするのさ」


勇者は後ろに、体ごと振り向いた。

振り向くまで気付けなかった。

その手が、剣の柄に振り向きざま、掛かったことに。

剣先が、ミルフィーの首すじの中を……通っていった。


その瞬間は、時間が止まったほどにゆっくりと流れたというのに。

――何も出来なかった。


「てめぇ!」

「ミルフィーちゃん!」

「おね――」

俺とスティアが叫び、ミルフィーも応えようとしてくれた。

が、その声は無惨にも止められた。力の抜けたミルフィーからは、ブツリと意識が途切れてしまった。


「なんてことしやがるこのクソ野郎がぁぁぁぁぁ!」

「転移、南大陸。ちったぁイイ顔になったじゃないか。ニセ魔王さんよ」


「殺してやるぁああああああ!」

転移などさせるものか!

そんな大掛かりな魔法、即時発動出来るわけがない!


――だが、渦を巻いて潜んでいた魔力が、即座に消失した。勇者たちと共に。


「くっそがあああああああああああああ!」

四人共近くに居たのはこのためか!


「ラース! それよりも治癒を! まだ間に合うかもしれません!」

いつの間にか地面に寝かされていたミルフィーは、首が取れてしまいそうで抱えてやることも出来ない。

「くそおおおおお! ホーリーヒール!」

――くそ!

クソクソクソがあの勇者!

絶対に許さねぇ!


「もっとです! 出血がひどい!」

「ホーリーリザレクション!」


首を刎ねられたわけじゃない。

治る。

でも、左側半分近く斬られて……いや、血が沢山出ただけだ!

今ので傷は塞がった。血も再生されたはずだ。そうだろう?

……ミルフィー、戻ってきてくれ。


「あっ……あぅ……」

「ミ……ミルフィーちゃん!」


今、声を出したか?


呆然としている俺の横を抜けて、スティアがミルフィーを抱き起こしてくれた。

しっかりとした呼吸に安堵したスティアは、「よかった」と繰り返しながら、ミルフィーの頭に頬をすりつけている。


「良かった。間に合いましたよラース!」

あぁ……。

間に合わないかと思った。

リザレクションで駄目だったら……なんて、思っちまった。

……手も足も震えてやがる。作りもんのくせによ。


「しかし勇者が、あんなヤツだったなんてな……お前は知っていたのか」

リグレザにきつく言うのは違う……とは思うが、何か知っていたんじゃないのかと、どうしても思ってしまう。


「ひっ。わ、私に当たらないでくださいよ」

「知っていたのかと聞いている」


「知りません! 知らなかったです! 勇者達が行方不明だったとしか。戦争のことも、人間同士で勝手に引き起こしているとしか! ほんとうです!」

「……女神は。女神セラも知らなかったのか」


「セラ様も同じです。この世界がどうなっているのかなんて、細かくなんて知りようがないですから。転生に値する人がどうかを見定めて、それを執行するのが役目なんですよ?」

役目……。役目が違うのか。


「そうか……。また怒ってすまなかった」

「ふぅ……そんな怖い顔しないでください。ただでさえ、こわいお面付けてるんですから」

「すまん……」


「ほ、ほら旦那さま。ミルフィーちゃんも見てるんですから。優しくしてください。ね?」

「スティア……。ああ。ミルフィーちゃんも、怖がらせて悪かった。ごめんよ」


――生きてる。

血色も、悪くはなさそうか?

光の魔法で見えている分には、そう見える。


「ううん。へいきだよ。おにいちゃん、おおきいねぇ。おにいちゃんは、おねぇちゃんのおともだち?」

「あー、いや、うん。そんなとこかな」

甲冑で一回り近く、大きく見えるからなぁ。


「この人はね、おねーちゃんの旦那さまだよ! ミルフィーちゃんは、この旦那さまを見てもこわくなーい?」

「うん。やさしいひとだって、わかるから。さっきも、たすけてくれたの、ちゃんとわかったよ。ありがとう、ございます」

「あはは。かなわねぇなぁ」


幼くて拙い……というよりは、おっとりしている。

そうだと分かったのは、御使いの聖女作戦で一緒に過ごしたからだ。

案外、何でも理解しているように思う。その上でこの雰囲気は、本当に毒気を抜かれる。

悪徳奴隷商人のベイルが、心を入れ替えて足を洗ったのも頷けるほどに。


「治ってよかった……。ラースウェイト、他に痛い所はないか、聞いてください」

「リグレザ……そうだな。ミルフィー、他に痛い所はないか?」

「りぐ……れざ? うん。おにいちゃんが、なおしてくれたから」

「とりあえず……町に戻るか。皆、心配しているからな」

霊体転生譚 ~天傀戦禍のラースウェイト~

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