――と、そんな風に感傷に浸っている暇などなかった。
今日も今日とて立花の横暴がすごい。
こんなかわいい女の子の頬をわしづかみにして、無理やり口の中に試作品を押し込んでくる。そのあとは、きちんと咀嚼して飲み込むまで、顎に手をかけられて上を向かされる。
これは新種の顎クイだろうか。イケメンが美少女と家庭科室に二人きりで行う定番の行為だろうか。
百歩譲ってそうだとしても、空中に飛び交っているのはキラキラ光る星やハートマークではなく、火花と怒りマークなのである。
あたしは精魂尽き果てて、教室の隅で屍になっていた。そのまま真剣に考えた。料理部部員に基本的人権はないのか、と。
今日食べさせられたのはあんみつだ。旬を過ぎた葡萄が入っていて嫌な予感がしたのだが、実際口に入れたら舌がしびれるくらいすっぱかった。
おいしいはずのお菓子を食べて、なぜこんなにわびしい気持ちにならねばならないのか。立花を問い詰めたら、「家庭菜園している近所の人が、もう時期も終わりだとくれたから」だとのたまった。
スイーツなめてんのか。いや、あたしをなめてんのかと首を絞めてやりたい。
「俺も食べたぞ。葡萄ってこんなものだろう?」と首をかしげていたが、そんな首ならいらないだろう。
(――あ、もしかして……)
ふいに、ひらめいた。
彼は、本当においしいお菓子というものを、食べたことがないのかもしれない。『本当のスイーツ』を知らないから、何がおいしくて何がおいしくないのかがわからないのだ。しょっぱい柏餅やすっぱい葡萄を食べても、こんなものだろうと思ってしまうのだ。
「……そうか、それなら……。あたしが教育してあげるしかないわね……」
ふふふ、と低い笑い声がのどから漏れる。
あたしは舌なめずりをして、片づけをしている立花の背中を見ながら、どうやって思い知らせてやろうかと作戦を練った。
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