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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「泣かしたのが千紘の方ってなに? アイツ泣いてたの?」


千草ははっとバカにしたように鼻で笑った。耳元で少し脅してやっただけなのに、顔色を変えて震え上がっていた。

男のクセにメソメソ泣いていたのかと凪の顔を思い出すと滑稽で笑えた。


「……初めて会った時、泣かせたの」


「何したら泣くんだよ。そんな簡単に泣くようなヤツ」


「縛って無理やり犯した……」


「……は?」


千草の思考は千紘の言葉によって停止した。想像すらしていなかった言葉だ。こんな温厚な千紘がそんなことをするはずがない。散々自分が好奇の目で見られた経験があるくせに、他人にそんなことができるはずがないと理解ができなかった。


「凪、ノンケで……女の子しか無理で……」


「千紘……?」


「でも俺、好きだったんだよ! 本気で好きだったの。本当だよ!」


「うん……。でも、犯したって……」


「女の子のふりして近付いたの。その……凪は女性用風俗で働いてて……。俺、客のふりして……」


千紘は懺悔でもするかのように青冷めた顔でポツリポツリと話し始めた。血の気が引いたのは千草も同じだった。

相手が同性であっても千紘がしたことは完全なる犯罪だ。泣いて嫌がる凪を無理やり何度も抱いたのだとようやく理解すると、千草は絶句するしかなかった。


自分がやんちゃしていた時には、強姦するようなヤツだけは許せないと思っていた。自分よりも弱い相手を傷つけるヤツはクズだと思っていた。


千紘の告白は、自分が1番嫌いな人間そのもので、千草は言葉を失った。


「千紘は……なんでそんなことしたの?」


「だって……そうまでしないと凪に触れられないって思って」


「でもそんなことしたらさ」


「……嫌いって言われた。最初……」


千紘は当時のことを思い出してまた涙をこぼした。


千草は千紘と一緒に玄関に続く廊下に座り、千紘の話を聞いた。凪を好きになったことも、凪をホームページから見つけたことも、写真を使って脅したことも。


聞けば聞くほど信じられなくて、千草は言葉を失った。実の弟でなければ軽蔑していただろう。千紘のことを守ってきたのだって、千紘が他者に傷付けられたからだ。

他者を傷付けるようなことを千紘がするわけがないと思ってきたからだ。


千紘の行動も千草にとっては裏切りのように思えて、怒りよりも悲しみが上回った。


「でも……最近は凪から会ってくれるようになったんだよ。もう写真は消すって言ったし、昨日だって凪が来るって言ったんだもん」


「そんなことされてなんで……?」


千草には千紘のしたことも理解できないが、それを許そうとしている凪のことも理解できなかった。


「もう嫌がることは絶対しないって約束したんだよ。凪が怖がってる内は触らないようにしたし、連絡するのも極力我慢した」


「徐々に関係を構築できてたってこと?」


「うん……時間かかったけど。凪は最近女の子といるのが辛くなってきたって言ってて……けっこう仕事でも疲れてるみたいだった。それに、今はあんまり友達もいないって……」


「だから千紘に頼ってきたの?」


「頼ってっていうか……俺が凪じゃなきゃ嫌だから。諦められなくて……。何回も男は無理だって言われたけど」


「でも昨日は自ら泊まりに来て、千紘に抱かれてったの?」


「うん……。でも、凪さっき怖がってた。俺の事……明日会う約束してたのに……明日は会わないって」


ボタボタと涙を流す千紘の姿を見て、千草は盛大なため息をついた。きっと千紘とのことがあって、男に対してトラウマがあっただろうに自分が脅すようなことをしたせいでフラッシュバックしてしまったのではないかと悟ったのだ。


凪は自宅に着くとふらふらと力なくベッドへ倒れ込んだ。そのまま数秒じっとしていたが、ふと顔を上げると千紘に借りた服が目に入ってそれを全て脱いだ。

まだ後口には違和感があって、千紘の存在感は大いにあった。


いつまでも千紘の匂いのついた服を身にまとっているのが嫌だった。自分の服は千紘の家の洗濯機の中だ。

いつか取りに行くことになるのか、そのまま服のことは諦めるか、それもどうするべきか今決められることではなかった。


ゆっくりと部屋着に着替えた凪は、暫くボーッと床にしゃがんだまま視線を下に向けていた。自宅は嫌いだったはずなのに、今までにないくらい安心感に包まれた。

他者が介入してこない空間ってなんて素晴らしいんだろう。そんなことまで考える。


遮光カーテンを締め切っているから、外が明るくたって時間の感覚を忘れられそうだった。夜になったら仕事に行かなくてはならない。

凪にとっては休職前の最後の仕事だ。


誰にも会いたくないと思いつつも、千紘や千草に会うよりはいい気がした。それは客が女性だからだ。

千紘のように力でねじ伏せて嫌がることを無理やりされることもない。ただ、嫌なことを言う客は後を絶たない。


どちらも同じくらい嫌だと思いつつも、じっと身動きせずにいたら、ほんの少しずつ落ち着いてきた。

明日から何もしなくていい。その事実だけが凪の精神力を維持させた。


まさか千紘が泣くとは思わなかったと先程の光景を思い出す。泣くほどに自分のことが好きだったのかと思うと、急に突き放すようなことをして酷だったかな……とも考えられた。

けれど、千草の距離感と声と圧力はどうしても耐えられそうになかった。


思い出しても胃の中がムカムカする。まるで胸焼けしたかのようで、全体的な不快感を覚えた。

とりあえず、仕事まではなにも考えたくなくて、凪は再びベッドへ戻ると頭から布団を被った。

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