コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
国道沿いの郵便局裏の「イベント・出店広場」で揉め事があると本部――郵便局内に設置――に連絡が入ったのは実篤が遅くなってしまった昼休憩に、出店で何か買ってきて食べようかな?と思っていた矢先。13時過ぎのことだった。
出店広場では地元岩国の酒蔵が集まって、「地酒広場」も開設中で。
どうやらそこで飲みすぎた人間が、すぐそばで出店していた若い女性に絡んでいるとか何とか。
「栗野さん、お願いできますかね?」
自分よりひとまわりちょっと年上の、女だてらに本部を統括する本部長から直々にそう頼まれて、実篤は落ちつけたばかりの尻を椅子から持ち上げる。
警察には連絡済みだけれど、距離的に言ってすぐ裏だし、絡まれているのが若い女の子ということもあって、緩衝材になれそうならなってあげて欲しいということだった。
同じ女性ならではの視点というのだろうか。
「ひとりでいる所を酔っ払いに絡まれたらアタシでも怖いけぇ」と吐息を落とされては、男として動かないわけにはいかないだろう。
「生憎、栗野さん以外の人間は、みんな違う場所に出払っちょって、携帯で呼び戻しても駆けつけるのに時間が掛かりそうなんですよ。ホンマ戻って来たばかりんトコ悪いんじゃけど」
と眉根を寄せられては、断れない。
「頼んじょいてあれじゃけど……怪我しないように気ぃ付けて下さいね。それとっ。くれぐれも栗野さんから手ェ出さんよぉーにせんとダメですよ?」
本部長にそう言われて「ご武運を!」と至極真面目な顔をして送り出されたけれど、「絶対そんなこと思っちょらんじゃろ?」と思わず苦笑の実篤だ。
実篤は、自分でも自らの見た目が怖いのを自認している。
身長こそそんなに高い方ではないけれど、きっと顔つきが怖いのだ。
事務所の女性陣にも言われたけれど、身に纏うオーラがいけないらしい。
大抵の場合は実篤が行って睨みをきかせれば相手が怯んで逃げてしまう。
自分に急行を頼んだ本部長も、それが分かっていて指示を出したはずだ。
***
現場に着くと、絡まれていたのは移動パン屋の女の子で。
大きな木の下に佇んだリスのシルエットが印象的な、白い軽自動車の前に人だかりが出来ていた。
「お姉さんが持って来ちょるパン全部買うちゃげるけぇさ。さっさと店仕舞いして俺とデートしよぉーやぁ」
そんな下卑た声が聞こえてきて、「は、離してくださ……っ」という震えた声が実篤の耳に入ってきた。
人混みでよく見えなかいけれど絡んでいる人間は店員の女の子をどうこうしようとしているらしい。
見物人たちは立ち止まってその様子を遠巻きにはしているものの、誰も絡まれている女性を助けようという気はないようで。
その様を見て、実篤はイライラする。
「ちょっと通してもらえますか? 運営の者です」
わざと声を張り上げて人だかりを押しのけるようにして前に出れば、二十代半ばと思しき男が、エプロンに三角巾姿の可愛らしい女の子を、ハッチバックに陳列棚が設置された車に向けてジリジリと追い詰めているところだった。
「俺、客よ? そこに残っちょるパンだって全部買ってやるって言いよるんじゃん? 問題なかろ?」
そもそも男が指差す棚には、パンなんて残っていないように見えた。
雰囲気からして、あらかた売れてそろそろ店仕舞いを始めようかという頃に、この男に目を付けられたらしい。
泥酔気味と思しき茶髪の男が、すぐ先の酒蔵ブースで配られていた紙コップを片手に、もう一方の指輪だらけの手を女の子に伸ばして。
それじゃなくても小柄に見える女の子が、刹那その手から逃れるようにギュッと身体を縮こまらせたのが見えた。
それを見た瞬間、実篤は思わず彼女に伸ばされた男の手を横合いからグッと握ってしまっていた。
本部からは警察が到着するまで「決して手出しはするな」と言われていたのに、これ。
本当は相手に声を掛けて、パン屋の女の子との間に立ちはだかるだけで事足りたはずなのだ。
「んだよ、おっさん。離せよっ!」
急に横合いから手を掴まれ、あまつさえグイッと捻られたのだ。
酔っ払ったガラの悪い男が、怒りの矛先を実篤に転嫁してこないはずがない。
だけど「そのほうがええわ」と実篤は心底思った。
「見て分かりませんかね? 運営の者なんじゃけど」
商工会から支給されている法被は、主催者側の証。
相手の男の方が少し背が高かったけれど、気迫で負ける気なんて、実篤にはさらさらない。
真っ向からジッと眼前の男を睨みつけたら、相手がヒュッと息を呑んだのが分かった。
そこでふと、昨夕田岡から言われた「社長、見た目怖いけぇ、ちょっと睨みきかせたらみんなよぉ言うこと聞いてくれますけぇね〜」という言葉を思い出した実篤だ。
昨日は勘弁してくれと思った評価だったけれど、今はいっそこんな見た目で良かったとさえ思った。
仕事柄、不特定多数の人間と接する関係で、トラブルがないわけじゃない。
護身術に、と子供の頃からずっと空手をやってきた。
一応黒帯だし、いざとなったら自分はそれほど喧嘩が弱いとは思わない。
だけど、努めて揉め事を起こしたいわけではないのも確かなので、睨みを利かせただけで引き下がってくれるならそれに越したことはないとも思っている実篤だ。
「んだよ! 用心棒付きじゃとか聞いてねぇぞ!」
男が負け惜しみのようにそう喚いたところでようやく警官が到着した。
俺はまだ何もしちょらん!だの何だの言い訳をするのを「まぁまぁ」と宥められながら連れていかれる男を追って人だかりも野次馬たちの視線も、その男と共にそちらに流れていく。
それを見届けて周りが静かになった頃、実篤は背後に立ち尽くしたままの女の子に向き直った。
「……大丈夫?」
なるべく優しく声をかけたつもりだけど、その子はビクッと肩を震わせて実篤を涙目で見上げてくる。
「災難じゃったね。怖かったじゃろ。駆けつけるのが遅ぉなって悪かったね」
何とかその緊迫した空気を和らげてあげたくて、実篤は努めて静かな声音で語りかけた。
内心、怯えた目をした女の子の可愛さに相当やられつつ。
そうして同時に思っていた。
――この子、何か既視感あるんじゃけど、と。