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鷹取有香子の好きなところを挙げろと言われても広岡才我は困ってしまう。
理由。……好きなところだらけだから。
少女のように無垢なあどけなさを有しつつ、でも仕事のときはきりりとした表情を見せる。
職場ではややバリアを張っているように見えて、毎日、お昼休みはスマホを手にくたーっと寝落ちしている。
そんな可愛い寝顔はほかの男に見せちゃメッ。ダメ!! と広岡は思うのだ。
スタイルがよく、小柄で華奢なのに出るべきところは出ていてスタイルがいい。四十も半ばを迎えた広岡は知っている。あれは、努力の賜物だと。
人間、二十歳前後から太りやすくなり、三十路を迎える頃にはぼちぼち差が出始める。不摂生をしているとまたたく間に太る。年を重ねると、太るのは、階段を転げ落ちるように簡単だ。
飲み会で有香子はあまり食べなかった。セーブしているのだろう、と直感した。
それからおれのあれに手を添えてはむ、としゃぶったときのあの顔……。想像するだけで股間が痛くなる。
抱きたい。
触れたい。
――抱きしめたい……。
けども、いまは、まだ、そのときではないのだ。彼女は戦っている。彼女の息子である詠史も抗っている。不条理な運命という魔物と。
ならば。自分に出来ることはなにか。
思えば、キャンプで有香子が突然姿を消したのは奇妙なことだった。有香子自身は星を見に行った、と言っていたが、有香子のような聡明な人間がスマホも持たず、考えなしに山をうろつくとは思えない。
罠にかけられた、と考えるのが妥当だ。《《仕掛けられていた》》ことから察するに。
有香子が一番大切にしているのは詠史だ。愛情がひしひしと伝わってくる。何気ない挙動ひとつとっても。
となると、犯人は、詠史についてなにかを有香子に吹聴して山に迷い込ませた。仕掛けておいたあの場所に誘った。
有香子があの場所に辿り着いたのは偶然かもしれない。が、あんなものが仕掛けられていたからには、犯人は、一緒にキャンプに行ったメンバーのなかにいるはず。
そして《《彼女》》は気づいていないのだ。広岡が《《気づいている》》ことに。だから、乗ったふりをして、《《演じた》》。角度からして間違いなく、あれを見た彼女は誤解するだろう。そこは有香子がうまく演じてくれた。
人間は、嘘をつけない。
当たり障りのない、悪意のない、同僚のフリをしていても。滲み出る嫉妬や憎悪の情は隠せやしない。
ちょっとした視線の動きや目配せで人間の感情は読み取れる。
あそこまで分かりやすい罠を張った犯人はきっと満足していることだろう。有香子が広岡と不倫したと誤解して満足気に過ごすはず……実際《《彼女》》の様子には余裕が見えた。
なので引き続き広岡は演じることにした。
有香子への気持ちは本物だ。だからこそ、自分も戦う――。
会社では、有香子とは、やや仲の良い上司と部下のフリをしつつ。なんとなしに、仲の良さを隠すような、恋人同士に特有のムードを出すよう演出した。
仕事中に何気なく、有香子を、じっと見つめる。演技のつもりが本気になった。きびきびと働く有香子は花のように美しかった。
犯人は、油断するはず。広岡と有香子の様子を見て。
かつ、有香子は隙を作るだろう。犯人はおそらく、有香子が留守の宅に逢い引きをするような大胆な人間だと思われる。有香子が軽傷とはいえ、怪我を負ったのに、名乗り出ない、謝罪もしない、影でほくそ笑んでいるのがなによりの証拠だ。
有香子に接する態度は普通の同僚のそれだが、……どことなく、やはり、ゆとりが感じられる。有香子と広岡が接近しているのが面白いのだろう。
勝てるゲームを楽しんでいる。やつは。
大丈夫。最後に勝つのはぼくたちだ。
広岡は、有香子と話し合い、犯人を泳がせるために、夏に一度、プールに行くことにした。勿論詠史も一緒だ。
さて有香子の夫は不参加だと聞く。そもそも、家族でのイベントごとに全く関心がないらしい。呆れたものだ、と広岡は思う。それでも父親かと。
詠史の夏休みが終わる直前の週末に。広岡は有香子と詠史と三人でプールに行くことにした。
自分がまさか、……有香子の水着姿に激しく欲情してしまうことなど知らずに。
* * *
「お待たせしました」
黒い水着と白い肌のコントラストが見事だ。手足が細く、ちらっとお腹が見えるセパレートの水着の奥にはくっきりと、胸の谷間が入っている。
水際のエンジェル。そんな歌詞が広岡の脳内をよぎる。
広岡は、股間にとてつもない熱を感じた。が、どうにか堪えて乾いた声を出す。「ううん全然。……さ。詠史くんも。かるくストレッチをしたらプールに入ろうか」
実を言うと一刻も早く入りたくてたまらなかった。広岡の世代だと、それを、きーぼー、と言う。
「……広岡のおじさんは、腹筋がバッキバキだね」と詠史が広岡の腹に興味を示すが広岡はそれどころではない!! 早く……プールに……!! 誰かァッ……!!
しかしそんな広岡の緊急事態を知ってか知らずでか、有香子は可憐に微笑み、
「……広岡さん。気持ち良いことしましょう?」
鼻血を出さず倒れなかった自分を誰か褒めて欲しい、と広岡は切実に思った。
*