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「ねぇ、シクサー」
ヌーブが静かに口を開いた。
「僕ね……思い出したいんだ」
偽りの青空が広がるSWAPSAKEN。
穏やかな風が吹き、木々の葉が優しく揺れている。
その景色には、あまりにも不釣り合いな声だった。
「あの夜を」
「…………」
シクサーが息を呑む。
ヌーブの瞳が、ゆっくりと細められた。
「あの痛くて……怖くて……」
一歩。
ヌーブが近づく。
「でも――最高に愛おしかった、あの夜を」
「ぬ、ヌーブ……?」
シクサーが後ずさる。
けれど、その声に応えるような優しさは、もうヌーブのどこにも残っていなかった。
黒いキャップの陰から覗く瞳。
そこにあったのは、かつての無邪気な光ではない。
下手くそなゲームで笑い。
ポテトチップスを頬張り。
コーラで酔っぱらって泣きわめいていた、あのヌーブでもない。
ただ――。
深く、暗い闇。
そして。
逃れようのないほど歪んだ執着。
「何を……言って……」
シクサーの声が震える。
ヌーブは答えなかった。
ただ、目の前のシクサーを見つめている。
怯えている。
弱々しい。
自分の力では何もできない。
そんな姿を見るたびに――。
胸の奥で、何かが狂ったように蠢いた。
(違う)
(こんなの……シクサーじゃない)
ヌーブの脳裏に、かつての記憶が蘇る。
自分を傷つけた。
自分を突き放した。
自分の世界を滅茶苦茶にした。
それでもなお、自分自身を怪物へと変えていった存在。
恐ろしくて。
凶暴で。
どうしようもなく孤独で。
それなのに――。
圧倒的だった。
「…………」
ヌーブの指が、長剣の柄を強く握り込む。
(僕を傷つけた君)
(僕の心を壊した君)
(僕からすべてを奪った君)
(……あの君に戻ってよ)
シクサーが、さらに一歩後ずさる。
「ヌーブ……」
その瞬間。
ヌーブは長剣を――。
「……これじゃない」
ガキィィィィンッ!!
地面へ叩きつけた。
轟音。
衝撃波。
大地が震える。
けれど、それだけでは終わらなかった。
「……え?」
シクサーが空を見上げる。
パキッ。
小さな音。
まるで、巨大なガラスにヒビが入ったような音だった。
「…………」
青空に、一本の亀裂が走る。
そして――。
パリンッ!!
空そのものが、砕けた。
「ひっ……!?」
シクサーが頭を抱える。
割れた青空の向こう側から、何かが流れ込んできた。
黒い泥。
濁った霧。
腐った土のような臭い。
そして――。
血と錆の匂い。
「なに……これ……!?」
穏やかな風が消えた。
代わりに吹き抜けたのは、肌を刺すような冷気。
どこからともなく、無数の叫び声が聞こえてくる。
泣き声。
呻き声。
怒号。
そして、何かが地獄の底で笑っているような、不気味な声。
「いや……!」
シクサーが耳を塞ぐ。
「やめろ……!」
けれど、世界は止まらなかった。
木々が腐り落ちる。
鮮やかな草原が黒く染まる。
大地が泥へと変わる。
その下から、格子状の鉄骨が突き出してくる。
血溜まりが広がる。
錆びついた鉄の臭いが、辺り一面を支配していく。
SWAPSAKEN。
誰も傷つかない。
誰も悲しまない。
誰も怪物にならない。
そんな「優しい世界」が――。
音を立てて崩れていく。
「…………」
その中心に立つヌーブは。
笑っていた。
「……そう」
ゆっくりと目を閉じる。
そして、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「これだよ」
血の臭い。
泥の臭い。
錆びた鉄の臭い。
遠くから聞こえる、誰かの絶望の叫び。
「この匂い……」
ヌーブは、恍惚とした表情で呟いた。
「……懐かしいなぁ」
その身体から、黒い靄が立ち上る。
それはまるで、ヌーブ自身の内側から溢れ出した感情そのものだった。
靄が触れた場所から、景色が変わっていく。
草原は泥沼へ。
木々は枯れ木へ。
青空は黒い雲へ。
穏やかな世界が、ゆっくりと「本来の姿」を取り戻していく。
「やめろ……」
シクサーが震える声で呟く。
「ヌーブ……もうやめろ……」
けれど――。
ヌーブは止まらない。
長剣を引きずりながら、ゆっくりとシクサーへ近づいていく。
ズル……。
ズル……。
鉄と刃が地面を擦る音。
その音を聞くたびに、シクサーの身体が震えた。
「ほら、シクサー」
ヌーブが手を伸ばす。
その声は、不思議なほど穏やかだった。
「思い出して」
「…………」
「僕を傷つけた君を」
一歩。
「僕を置いていった君を」
さらに一歩。
「全部を捨てて、怪物になった君を」
シクサーは動けない。
目の前にいるのは、もう知っているヌーブではなかった。
友達と笑っていた少年でも。
ポテトチップスを食べながら発電機を爆発させた間抜けなキラーでも。
コーラで酔っぱらって膝の上で眠った、大きな子供でもない。
キラーとしての力。
そして――。
それ以上に深い場所に眠っていた、歪んだ愛情。
それだけが、そこに立っていた。
「戻っておいで」
ヌーブが囁く。
「本当の君に」
シクサーの足元まで、黒い泥が迫る。
世界を覆い尽くすように、FORSAKENの領域が広がってきていた。
ゆ
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ゆ
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