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#veeronica
ゆ♨️
352
#azure
ゆ♨️
134
「ねぇ、シクサー」
ヌーブが静かに口を開いた。
「僕ね……思い出したいんだ」
偽りの青空が広がるSWAPSAKEN。
穏やかな風が吹き、木々の葉が優しく揺れている。
その景色には、あまりにも不釣り合いな声だった。
「あの夜を」
「…………」
シクサーが息を呑む。
ヌーブの瞳が、ゆっくりと細められた。
「あの痛くて……怖くて……」
一歩。
ヌーブが近づく。
「でも――最高に愛おしかった、あの夜を」
「ぬ、ヌーブ……?」
シクサーが後ずさる。
けれど、その声に応えるような優しさは、もうヌーブのどこにも残っていなかった。
黒いキャップの陰から覗く瞳。
そこにあったのは、かつての無邪気な光ではない。
下手くそなゲームで笑い。
ポテトチップスを頬張り。
コーラで酔っぱらって泣きわめいていた、あのヌーブでもない。
ただ――。
深く、暗い闇。
そして。
逃れようのないほど歪んだ執着。
「何を……言って……」
シクサーの声が震える。
ヌーブは答えなかった。
ただ、目の前のシクサーを見つめている。
怯えている。
弱々しい。
自分の力では何もできない。
そんな姿を見るたびに――。
胸の奥で、何かが狂ったように蠢いた。
(違う)
(こんなの……シクサーじゃない)
ヌーブの脳裏に、かつての記憶が蘇る。
自分を傷つけた。
自分を突き放した。
自分の世界を滅茶苦茶にした。
それでもなお、自分自身を怪物へと変えていった存在。
恐ろしくて。
凶暴で。
どうしようもなく孤独で。
それなのに――。
圧倒的だった。
「…………」
ヌーブの指が、長剣の柄を強く握り込む。
(僕を傷つけた君)
(僕の心を壊した君)
(僕からすべてを奪った君)
(……あの君に戻ってよ)
シクサーが、さらに一歩後ずさる。
「ヌーブ……」
その瞬間。
ヌーブは長剣を――。
「……これじゃない」
ガキィィィィンッ!!
地面へ叩きつけた。
轟音。
衝撃波。
大地が震える。
けれど、それだけでは終わらなかった。
「……え?」
シクサーが空を見上げる。
パキッ。
小さな音。
まるで、巨大なガラスにヒビが入ったような音だった。
「…………」
青空に、一本の亀裂が走る。
そして――。
パリンッ!!
空そのものが、砕けた。
「ひっ……!?」
シクサーが頭を抱える。
割れた青空の向こう側から、何かが流れ込んできた。
黒い泥。
濁った霧。
腐った土のような臭い。
そして――。
血と錆の匂い。
「なに……これ……!?」
穏やかな風が消えた。
代わりに吹き抜けたのは、肌を刺すような冷気。
どこからともなく、無数の叫び声が聞こえてくる。
泣き声。
呻き声。
怒号。
そして、何かが地獄の底で笑っているような、不気味な声。
「いや……!」
シクサーが耳を塞ぐ。
「やめろ……!」
けれど、世界は止まらなかった。
木々が腐り落ちる。
鮮やかな草原が黒く染まる。
大地が泥へと変わる。
その下から、格子状の鉄骨が突き出してくる。
血溜まりが広がる。
錆びついた鉄の臭いが、辺り一面を支配していく。
SWAPSAKEN。
誰も傷つかない。
誰も悲しまない。
誰も怪物にならない。
そんな「優しい世界」が――。
音を立てて崩れていく。
「…………」
その中心に立つヌーブは。
笑っていた。
「……そう」
ゆっくりと目を閉じる。
そして、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「これだよ」
血の臭い。
泥の臭い。
錆びた鉄の臭い。
遠くから聞こえる、誰かの絶望の叫び。
「この匂い……」
ヌーブは、恍惚とした表情で呟いた。
「……懐かしいなぁ」
その身体から、黒い靄が立ち上る。
それはまるで、ヌーブ自身の内側から溢れ出した感情そのものだった。
靄が触れた場所から、景色が変わっていく。
草原は泥沼へ。
木々は枯れ木へ。
青空は黒い雲へ。
穏やかな世界が、ゆっくりと「本来の姿」を取り戻していく。
「やめろ……」
シクサーが震える声で呟く。
「ヌーブ……もうやめろ……」
けれど――。
ヌーブは止まらない。
長剣を引きずりながら、ゆっくりとシクサーへ近づいていく。
ズル……。
ズル……。
鉄と刃が地面を擦る音。
その音を聞くたびに、シクサーの身体が震えた。
「ほら、シクサー」
ヌーブが手を伸ばす。
その声は、不思議なほど穏やかだった。
「思い出して」
「…………」
「僕を傷つけた君を」
一歩。
「僕を置いていった君を」
さらに一歩。
「全部を捨てて、怪物になった君を」
シクサーは動けない。
目の前にいるのは、もう知っているヌーブではなかった。
友達と笑っていた少年でも。
ポテトチップスを食べながら発電機を爆発させた間抜けなキラーでも。
コーラで酔っぱらって膝の上で眠った、大きな子供でもない。
キラーとしての力。
そして――。
それ以上に深い場所に眠っていた、歪んだ愛情。
それだけが、そこに立っていた。
「戻っておいで」
ヌーブが囁く。
「本当の君に」
シクサーの足元まで、黒い泥が迫る。
世界を覆い尽くすように、FORSAKENの領域が広がってきていた。
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