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“滅せ滅せ滅せ滅せっ――”
そして“その声”は一段と、頭の中で反響していく。
「――何だこの声は? 一体何処から!?」
最早気のせいや幻聴と云った類いではない。錐斗は焦りと共に振り返る。
最初は幸人の仕業と反射的に思った。だが肝心の幸人は立ち上がれないままでいる。
“じゃあ一体誰が? 何処から?”
錐斗はふと思った。この得体の知れない少女ならもしや――。
だが悠莉の表情も錐斗と同じ。得も知れぬ声を同様に感じ取っているのか、怪訝そうに辺りを伺っている。
幸人でも彼女でもない――とすると?
“滅せ――荒ぶる冥主の怒りを以て”
声は続く。しかも何やらその声は呪詛の羅列に近いもの。
「ぐっ――」
“ヤバイヤバイヤバイ!!”
それの意味する事が何かは分からない。だが錐斗はこれに危機的な“何か”を感じ取っていた。
少なくとも“何か”が起きる前兆のような――
“灰塵と帰せ”
背筋が凍るような悪寒が走った、その瞬間の事だった。
一瞬だけ錐斗の周りの空間が、連なるように点滅した刹那――
“リュートクラック・ハイリプレッション ~高粒子包圧氷塵”
「――っ!!!!!!」
錐斗の周り――否、彼自身が内から外へ弾けるよう、耳をつんざく甲高い破裂音と共に爆発した。
「きゃあぁぁぁ――っ!!」
その爆心からなる余波が、彼女の周りを覆うマイナス電磁波により遮断されたとはいえ、突然の事に悠莉が悲鳴を上げたのも無理はない。
自分の目の前で、いきなり人体が爆散したのだ。その瞬間を目の当たりにして、冷静に見極めろと言うのが無理からぬ事。
錐斗の安否は爆発後の硝煙により、皆目分からない。だが突然ダイナマイトでも放り込まれたかのような爆発は、誰であろうと無事で済む方がおかしい。
「いきなり……爆発しちゃった?」
つまりは――“木端微塵”。
悠莉は口をあんぐりと開けたまま、暫く放心状態だ。
一体何故、錐斗は突然爆発したのか?
そして先程の声が、この爆発と何か関連性が有るのか?
疑問は募るばかり――。
「これは……“粉塵爆発”だ!」
同じく悠莉の腕でその爆発を目の当たりにし、やはりあんぐりと口を開けていたジュウベエが、この一連の原因に気付き声を上げた。
「えっ!? なになに?」
勿論それが何を意味するのか、悠莉には理解出来ていないが。
※粉塵爆発――大気等の気体中にある一定濃度の可燃性の粉塵が浮游した状態で、火花等により引火して爆発を起こす現象。
「これを“意図的”に起こせるって事は……この力はやはりっ――」
“リュートクラック・ハイリプレッション ~高粒子包圧氷塵”
異能によって造られたミクロ単位の不可視な氷の粒子を、対象者及び対象物の全方位に一定滞在させ、粒子同士の接触摩擦により粉塵爆発を引き起こす現象技。
ミクロ単位の氷の粒子が冷気を発する事も無い上、不可視ゆえに爆発の間際まで、粒子が張り巡られている事に気付かれる事は――まず無い。
特異能――『無氷』に於ける高難度技能力。
当然、これを使えるのは――
「幸人っ!」
一人しか有り得ない事に、ジュウベエは視線を向けて声を張り上げた。悠莉も同じく視線を向ける。
「ゆっ……幸人お兄ちゃん!」
その視線の先には確かに、何時の間にか立ち上がっていた雫の姿があった。
先程の爆発は雫の力に依るものだったのだ。
「はぁ……はぁ……。ふっ……ざけんなよ勝弘――」
だが強気とは裏腹に、雫は今にも崩れ落ちそうな程にふらついている。
左腕を押さえるその様は、骨折しているのかもしれない。緩慢な動作は肋骨も痛めている筈だ。
額からは夥しい流血。端から見ても明らかな満身創痍。
「アイツらには指一本触れさせやしねぇ!」
それでも尚、雫は立ち上がった――二人を守る為に。
「無茶しやがって……」
ジュウベエの危惧。それは限界を迎えながらも、酷使した力の代償。
肉体の損傷もさる事ながら、精神面にも雫は深刻な状態にある筈だ。
これ以上、限界を超えて力を行使するならば――取り返しのつかない事態に。
だが闘いはもう終わった。雫の奇襲は見事に成功する。錐斗の無惨な最期によって。
「これで……いいんだよね?」
「仕方無いさお嬢……」
ジュウベエも、悠莉も複雑な心境だったが、殺らねば殺られていた。
雫の取った行動は実に正しい。
硝煙が晴れていく――夜の静寂にゆっくりと。
爆発の中核に居た錐斗の身体は、原型すらも残ってはいないかもしれない。
「――っ!!」
だが煙の奥から瞳に映り込んだ光景に、思わず三人共絶句。
「あっぶねぇ……」
煙が晴れて全貌が顕となっていく。
確かに爆発の中心部に居た筈だ。
「そんな……」
「嘘だろオイ……」
悠莉も、ジュウベエも――
「なん……だと?」
そして雫も唖然。
あれ程の爆発に巻き込まれて尚、錐斗は何事も無かったかのように晴れていく煙の中で立っていた。
「咄嗟にルシファーズ・アームの力を全防御に回してなかったら、今頃木端微塵になってたぜ……」
否、正確には無傷ではない。その爆発の衝撃は確かに錐斗の身体に刻まれていた。
そのこめかみからは流血の跡が。だが深刻かつ決定的になる程でもない事は、彼の落ち着いた口調からも明らかだ。
つまり雫の決死の奇襲は、この闘いを決定付ける優位には至らず。
「まさかまだそんな力が残っていたとは正直驚いたが、もう今ので打ち止めだろ?」
錐斗はこめかみの流血を拭う事無く、今にも崩れ落ちそうな雫へ向けて、何処か余裕とも取れる表情で歩み寄る。
確信したのだ。雫には最早、力等残ってはいない事に――
「本当に残念だが……そんなに先に死にたいのなら――今、楽にしてやるよ」
そして、この闘いが決定的となった事に。
錐斗は一瞬、迷いの表情を見せたが、すぐに振りきってその輝く右腕を、雫目掛けて突き刺す為に飛び掛かっていた。
「――っ!!」
それはほんの刹那の間の事だった。
皆が疑問に思う間も無く、錐斗の右手による刺突が雫の胸に突き立てられる――筈だった。
だが直前で止まる。止めたのではない。
「何っ!?」
止められたのだ。
これには錐斗も焦りを隠せない。
殆ど死に体の雫が、ルシファーズ・アームの力を止める手立ては残っていなかった筈だ。
雫の右手に宿る蒼白の輝き――
“リュートゼロ・ゴッドクラッシャー・ハンドレット ~絶対零度:終焉雪 蒼掌極煌”
雫の象徴とも云うべき、絶対零度を宿した神殺しの掌。それで錐斗のルシファーズ・アームを止めたのだ。
「――馬鹿なっ! 何でまだこんな力が残って?」
錐斗がそう思うのも無理はない。限界を超えた力の酷使は――。
普通はこんな馬鹿な選択はしない。後先を考えずに行動するのは間抜けのする事。ましてや雫程の極めし者が、その事に分からない筈が無い。
「はっ!?」
そして雫はただ錐斗の一撃を止めただけではない。そのまま反撃を。
「――おぉぉぉっ!!」
振り絞る裂帛の咆哮と共に、受け流すように身体を反転させながら繰り出される横薙ぎ。
“まずいっ――!!”
瞬間的に不味い事に気付いた錐斗は、避けようと――距離を取ろうと反射的に飛び退く。
明暗別ける交差点。
空気が真横に切り裂かれ、掌は錐斗の喉元の僅か数ミリを通過する。