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錐斗は間一髪、雫の横薙ぎを避ける事が出来た。だが間合い的に、大袈裟に飛び退く程ではなかった筈だ。
「くっ――!」
充分に雫から距離を取った錐斗は離れても尚、背筋が凍る思いに苛まされた。
“もし一瞬でも判断が遅れたら――今頃……”
確実に喉元は斬り裂かれ、絶対零度の相乗効果で塵すらも残っていなかったと。
錐斗はもう一度凝視する。雫の蒼白い掌――から更に七十センチメートル程、直線に伸びる鋭い尖端を持つ蒼光の形状。
それはさながら、掌と一体化した“剣”そのもの――
“リュートゼロ・ツヴァイハンド・グラディウス ~絶対零凍両刃剣”
原理は先程の蒼掌と同様だが、凍気を瞬時に尖端固定化する為、絶妙な間合いの伸縮性を誇る。
勿論その威力は絶対零度ーー神殺しそのもの。即ち一撃必殺。
錐斗が全霊を掛けてまで退いたのはその為だ。
下手に雫の間合い内に居ると、これまでの優位も一切関係無く、一瞬で全てが瓦解しかねない。
それが錐斗に次なる一手を躊躇わせた。
紛れもなく雫は満身創痍。仕留めるのは造作もない――だが、雫は己の全てと引き換えに、錐斗の全てを断ちにきていた。
「……ちっ――」
鈍らせる――追撃の判断を。
錐斗は瀕死の雫を前にして動かない。否――“動けない”。
云わば雫にとってこの蒼き輝きは、最後の命の灯火。どちらが勝とうが次の接触で、この闘いが結末を迎えるであろう事を顕しているのは明らか。
だからこそ恐ろしい。
その決意は後先を考えぬ――“相討ち”そのものだからだ。
「……死ぬ気かよ幸人? 何よりそんな状態で俺に近接戦闘で勝てるとでも?」
業を煮やした錐斗は揺さぶりを掛ける。それにあながち間違ってはいない。
「…………」
両者の余力の差もそうだが、これまでの会合で実力差も明白。
それでも尚、雫は退く素振りは見せない。命を燃やした絶対零度の蒼剣は、それを顕すかのように輝きを増していった。
「退く気無しか……。なら思い知らせてやる。俺のルシファーズ・アームは最強の攻撃方であると同時に、最大の防御でもあるという事をな!」
同時に錐斗のルシファーズ・アームも輝きを増す。
二人の戦闘思考が最終段階に移行した。
この闘い――次で終わる。
「そんなちゃちな剣、すぐに打ち砕いて――っ!?」
そう思われた瞬間の異変。
「ぐっ!」
突然錐斗はこめかみを押さえながら、片膝を着いていたのだ。
“――しまった! 使い過ぎたか?”
急に動悸が激しくなり、目眩までしてきた事に気付く。
これでは直立歩行も困難――
「……お前こそ限界だろ?」
膝を着いたまま踞る錐斗へ向けて、雫も緩慢だが歩を進める。
そうなのだ。限界を迎えていたのは、何も雫だけではない。
「ぐぅぅっ――く、くそぉ……」
ルシファーズ・アームが持つ膨大な異能量を放出する錐斗もまた、限界を迎えていたのだ。
これでようやく五分。だが身体に受けた損傷の度合い分、雫の不利はやはり否めない。
「それ以上、力を使えばどうなるか分かるだろ? 降参しろ勝弘……」
――が、出来ればこれで終わりたい。
「……降……参? くくくっ――」
雫の申し出に踞る錐斗より微笑が漏れる。
「降参してどうする? 円満解決――ってか?」
「……お前が全てから手を退くなら、今回の件は無かった事にしといておく」
雫の心の内――それは己が錐斗と共に歩むつもりは無くとも、彼が全てから、即ち裏から手を退くなら見逃すという意味合いが。
「もう裏の事は全て忘れろ。異能も二度と使うな……」
例え進む道が違え、敵対し殺し合わねばならぬとしても、その本心は御互い同じ。
「甘いな……お前は。そんな事でよく、俺等を止めるなんて言えたもんだ。まあ俺も似たようなもんか……」
闘いたくはなかったのだ――殺したくはないのだ、どちらがどちらも。
御互い本気だったのは間違いない。だが雫が本心を明かしたように、錐斗もまた雫を仕留めるチャンスが何度有っても、それを実行しなかったのと同じように。
「…………」
「…………」
答を待っているかのように見下ろす雫。膝を着いたまま考えあぐねているようにも見える錐斗。
束の間の静寂が訪れる。
それは時間にしてほんの数秒か其処ら。だがこの僅かな間が悠久の時にも感じられた。
それを先に打ち破ったのは――
「だがっ! 俺もお前も退けない以上っ――終われねぇ!!」
錐斗だった。彼の答もまた変わらず。
限界を迎えている筈なのに、その右腕はより一層の輝きを増し、地を蹴りあげるように雫目掛けて飛び掛かった。
ほぼ同時に雫の剣、錐斗の腕がぶつかり合う。
「勝弘ぉぉぉ!!」
行き場の無い、怒りにも似た絶叫。
力は拮抗し合い、御互い弾けるように距離を取る。
最早言葉は要らない――入らない。
どちらかの――否、もしかしたらどちら共の死を以て決着する以外に無いからだ。
再度引き合うように斬り結ぶ――が、かつての速度は御互い感じられない。残っていないが正しいか。
だがどちらの力も、直撃したら終わりに違いはない。
幾度となく繰り出されるが、両者の力は直前で相殺し合い、御互いが御互いの芯を捕らえきれないでいる。
あらゆる角度から絶妙に弾き合う、絶対零度の剣と魔皇の腕。
勝負を決めるのは――先に届いた方。