テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第十一話 身の丈お似合い事務シゴト
「というのが今日の出来事です」
「……」
───俺の話を一通り聞き終わった隊長は頭を抱える。
それもそうだろう。今日はこちらの文化のせいで、あのひとはとびきり災難な目に遭ったのだから。
「……最終日に菓子折りを持って最大限の謝礼をしなければ……」
「手配、しておきますか?」
俺がそう隊長に問うと、隊長は隊長らしい言葉を返してくる。
「なら自分も交えてほしい。そうじゃなければ色々示しがつかない」
この回答はあらかた予測出来ていた。
「言うと思いました。高級菓子屋のカタログです」
俺は懐から分厚いカタログを取り出して、隊長の右手側の机に置く。
隊長は一瞬だけ目を丸めて、その後にふわりと笑った。
「……心を読まれているみたいだ。」
「本当に読んでたらどうします?」
冗談半分で聞いてみる。
「───」
カタログをぱらぱら捲っていた隊長の手がぴたりと止み、目線がこちらに向けられる。
「───なんて。冗談ですよ、半分は。」
「……もう半分は?」
その答えは時間の賜物。俺は一番近くでこの人の事を見てきたから、大体次の返答が何と返ってくるかはたまに分かる。
「自分がどれ程貴方と時間を共に過ごしてきたとお思いで」
「流石、だな。昔に比べればおまえも成長したものだ」
隊長は深い慈しみを帯びた目で俺を見つめる。
こういう風に、昼間とは打って変わった天国のような温かい空気になれば、すぐに現実に引き戻されるのはもうこの物語ではお決まりといったところだろう。
20時のメロディが鳴り響く。消灯まであと1時間を知らせるチャイムだ。
「……20時か。」
「結構長話しちゃいましたね、すみません。今日の所はもう帰って休みます」
「ああ」
病室用の簡易椅子からガタリと腰を上げて、軍服の裾を正す。
俺が失礼しましたと口を開きかけたとき、先に声を出したのは隊長だった。
「うだうだと色々考えず、ちゃんと寝るんだぞ。ただでさえ最近マトモに寝てないんだろう」
───どきり、と心臓が飛び跳ねる。
思わず目を見開き、剣のように真っ直ぐな深いエメラルドグリーンの眼と、己のラピスラズリが交わる。
「なっ、んで知って」
「やはり当たりか」
「───」
どうやら俺は隊長の戦略にまんまと引っ掛かってしまったようだ。
「敵からこういう卑怯な引っ掛け尋問をされる事は偶にあるので気を付ける事だな。油断大敵というワケだ」
隊長はそうくすくす笑ってみせる。
やっぱり、このひとには敵わない。
───昨日のことがすべて嘘みたいに感じる朝。
窓から差し込む柔らかな月か太陽の光は、寝起きには少しばかり眩しい。
右に寝返りを打つと頬が少し痛む。
昨日の私はどれだけ強く叩かれたのかというくらい。
にしても昨日は流石に災難だった。
結局政府勤務はどこへ行っても過酷なのだということを身を以て分からされたような気がする。
「───────…………。」
呼吸と共に掠れた声を押し出す。
隊長、副隊長は起床ラッパが鳴る30分前に起きるのが鉄則だ。
あと五分。あと五分で支度して夜の警備をしてくれていた親衛部隊員達からの報告を聞かなければならない。
起きる時間は毎度3時半だが、軍部最上層部の4人でローテーションしているのが今日回ってきたのでこれまた早めに起きる。私の睡眠時間を返せ、と昨日の自分に言いたい。昨日も結局うだうだと無駄な事ばかり考えてあまり眠れなかった。
……時間は待ってくれない。さっさと着替えて支度しよう。
「――報告は以上、いつも通り異常無しです。」
警備室に行き、一通り報告を聞き終わる。
「了解しました。夜間警備お疲れ様でした。」
私がそう言うと夜警担当は一礼したあと、すぐ仮眠室に直行してしまった。私の代わりにゆっくり寝てほしい。
私はこれからまた精鋭部隊の隊長室に赴いて朝礼の報告を聞き、今日の予定を確認する。
ああそれと、先日の暴走事件の報告書も書いて志貴隊長と幹部に渡さなければならない。どっちみち予定が無いという予定は入らないし、存在しないのが常。
各部隊の隊長、副隊長はああいう強力な脅威が現れない限りほぼ事務作業だ。ただ軍部にまつわるモノが多いだけで、やる事は普段の私とさほど変わらないのである。
#ミステリー
月神零華@生きてます
6,403
#ファンタジー
月神零華@生きてます
4,278
そういう訳で、私はくるりと方向転換をして隊長室に足を運んだ。
「おはようございます」
部屋に入ると、ここ数日で聞き慣れた声が耳に入ってきた。視線をドアノブから外して前を見ると、既に神坂さんが何やら志貴隊長のデスクで書類を整理していたようだった。
「おはようございます、昨夜は特に異常なしだったそうです。」
夜警担当から聞いた報告を神坂さんに伝える。
「了解しました。こっちの朝礼もいつも通り、特に異常なしだと殺戮部隊長より報告を受けました。」
すると神坂さんは朝礼の報告をまたこちらに伝えてくる。所謂情報交換だ。
「了解です。今日の予定はどんな感じで?」
私がそう聞くと、神坂さんはデスクに貼ってある付箋を見ながら「今の所書類仕事オンリーですね。今日一日、自分達は椅子とお友達です。」と答える。
なんだかんだ言って、私には書類仕事がお似合いなのかもしれない。
「今日一日、ということは結構な量ありますよね?」
「……山がみっつ。くらい、ですかね。楓さんは計算と文書作成、どちらが得意ですか?」
神坂さんは視線を応接机にやると、そこには見慣れた白い真っ直ぐの山があった。
“山がみっつ”―――ある程度予想はしていたのでそれほど驚かない。
「どちらも行けるっちゃ行けますけど、文書作成の方が得意だと思います。300枚の報告書を3日で書けるくらいには。」
私がそう言うと──
「分かりました、じゃ、ぁ────え、3日???」
──彼は目を真ん丸にしてこちらを二度見した。
「はい。3日です」
指を三本立てて少しひらひら振ってみせると、神坂さんが目線を天井に移す。
「ここ暖房ついてますよね?」
目線をこちらに戻して聞いてくる。
「ついてます」
私も天井上の機械が作動しているのを確認して答えると、神坂さんは「ひぇ……」なんて悲鳴に似たような声を漏らすが、気を取り直して咳払いをひとつ。
「と、とりあえずそういうことなら自分は計算系攻略しますね。得意分野ですし」
なるほど、彼は計算が得意らしい。
自分は計算も得意な方に入るが、文章の方が経験もあって断然得意なのでこれはありがたい。
「了解しました。それでは役割分担も出来たということで────」
“───始めましょうか。”
そうして私達二人は作業に取り掛かった。
神坂さんの仕事ぶりはかなり良く、電卓を巧みに使いこなし、分からないところはすぐ聞くという社会人の鑑だった。
そんな神坂さんのお陰もあってか、三つの山はみるみるうちに崩されていった。
――時は流れるように過ぎて、昼頃。
扉を三度叩く音が聞こえたので、適当に返事をすると扉が開いた。
「順調か?」
───入ってきたのはまさかの志貴隊長だった。
いや、順調か、じゃ、ないんですけど───なんて言葉をぐっと堪える。
隊長は白いワイシャツにスラックスという、今まで見た事のないラフな格好をしている。
目には相変わらず眼帯、腕にはギプス、松葉杖もついているがなにより歩けるのが不思議すぎて仕方ない。
怪我を負ってから少なくとも一週間経っていないのにどうして歩けるのかが本当に不思議でならない。
「ど、どうした。二人揃ってそんな驚いた顔をして」
応接セットで作業をしていた神坂さんの顔に目線をやる。
「───」
するとどうだろう。彼は見たこともないくらいに目を真ん丸にして志貴隊長を捉え、口は半開きになった状態で岩の様に固まっていた。
神坂さんがそんな様子なので、私は未だに理解が追いついていない頭の中の薇を頑張って回して言葉を捻り出す。
「あ、いや、えっと、怪我大丈夫なんですか?歩いてますけど……」
そんな在り来りで当たり障りのない言葉を掛けると、志貴隊長は隊長室の扉を閉めながら平然とした顔で喋る。
「ああ。治癒魔法が僅かに効いてきたらしいので、試しに歩いてみたら歩けた」
僅かに効いてきた、ということはおそらくその類の呪いでも掛けられていたのだろう。
それなら尚更大丈夫じゃなさすぎる。
「いや大丈夫じゃないでしょう、ソレ。怒られますよ」
「万が一怒られても可愛い顔をしておけば許されるものだ」
そうして呑気に笑むこの人に心底呆れた。どんな丈夫な身体をしているのか。
「────。それで、急にどうされたんですか?」
「あぁ、病室でずっと過ごしているのが暇なので遊びに来ただけだ。もし邪魔なら帰る」
少し拍子抜けした。てっきり何かを取りにでも来たのかと思っていた。
「邪魔だなんて言いませんよ。というか元々貴方の部屋ですし、賑やかになってそりゃ楽しいですけど……」
「そうか。それじゃあ暫く居候させてもらおう。あわよくば書類仕事もさせてほしい。何かをしていないと死んでしまいそうで」
そう言って志貴隊長はまだ固まっている神坂さんの斜め前に座る。個人的には書類仕事なんかせずにとにかく安静にしていてほしい気持ちもあるのだが。
「ではこの書類達にサインお願いしてもよろしいですか?私が勝手に書いたら多分怒られるので」
「承知した。それだけで良いのか?」
「いや、それが百枚くらいありまして……これです」
私は志貴隊長の目の前に書類を並べる。
「…ああ、なるほど………そういう事なら」
すると書類を1枚手に取って、手持ちのペンでサインをし始めた。
「なんだかすみません、折角のお休みなのに」
「仕事をしたいと言ったのは自分だ。むしろ急に押しかけてすまなかった。……それと猶斗、お前いつまで固まってるんだ……瞬きひとつせずに」
志貴隊長が神坂さんに目線を移すと、ずっと石像のようになっていた神坂さんがついに声を絞り出す。
「……隊長、本当に大丈夫なんですか」
再度確認するかのように、静かに問い掛ける。
「ああ」
「マジですか……」
神坂さんが顳顬を抑える。その気持ちが少し分かったような気がした。
普通にあれだけの重傷を負ってピンピンしているのも、数日後にはどんな形であれ一応歩けているのも、全て普通の人間を基準としてはおかしい事であるから。
「フフ」
それでもそれが当たり前と化しているのがこの政府だという事も結構忘れてはいけないように思う私もかなり壊れている。
「それでは三人で頑張りましょうか」
───そんな調子で、この代理生活が始まってから一番平和だった一日を無事終えた。
そこから数日間は今日みたいな感じで、あっさりと何事も無く過ぎていった。
コメント
2件