「ナチ!今日も早いな!」
「ーーーーッ!!」
………いない。彼奴は、死んだという勝手でふざけた知らせを残して、俺の前に姿を見せなくなった。
その凶報を知ったのは、仕事の昼休憩のこと。俺は上司からの嫌味で休日出勤をさせられており、丁度ひと段落したため近くのコンビニに弁当を買いに行ったのだ。ひどく暑い日で、オフィスもそこまで涼しくはなかった。風を求めて、という理由もあったのかもしれない。けれどあまりしっかりとは覚えていない。
「いらっしゃいませ〜っ!あ、ナチス!」
レジの方から馴れ馴れしい声が飛んでくる。苛つきと関心で目線を向けた。
「…ん、フランス?ここでバイトしてたっけ?」
「はは〜、実は、お金貯めて買いたいモノがあるんだよ!」
そう言う彼の目は輝いていて、苛ついたが応援したいとも思えた。しかし、態度を変えるのも癪だったため意地を張りツンとして答える。
「どうせ下らねえモノだろ。興味もないな。」
「あ”〜、ナチ、君のそういうとこ本当に日帝と似てるね。良いこと隠すの良くないよ〜!」
フランスに見透かされたことと日帝と似てると言われたこと、その二つが重なりなんとも言えない気持ちになった。しかし面倒臭いのはイタ王と同じ。いそいそと握り飯を前の列から二つ手に取り台に置いた。
「え、おにぎりだけ?うわぁ、いつか身体壊すよ。」
「うるさい。さっさと会計だけしろ。」
「はいは〜い、……身体壊すといえばさぁ、日帝だよね。彼、若いときから無理しすぎて今の状態で安心してるけど、全然よくない状況だからさ。けど僕が言っても聞いてくれないんだよね〜…」
「俺が、言っておこう。」
「ひゅい!さっすが!その言葉待ってたよ!」
そういえば、最近日帝の家に行っていない。仕事はもうすぐ終わりそうだし、帰りにでも寄ろうか。フランスの下手なレジ使いの傍ら、呑気にそんなことを考えていたときだった。
ピロン!
右ポケットにしまっていたスマホがバイブを鳴らした。さしずめ上司からのメールか天気予報。特に興味を示さないものだが、何か嫌な予感がして、スマホを手に取る。迅速にロックを解除して、通知を開いた。その瞬間、俺は頭痛に見舞われた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
声が出なくなった。出る前に消えたと言う表現の方が正しいかもしれない。左脳がハッキングされたような感覚に陥る。それは、俺のさっきまでの思考を否定するものであり、昔からの“彼”との思い出を丸ごとミキサーにかけるもの。
「……ッ、…、…!!」
フランスに怒鳴ろうとするが、音は声帯で止まり俺が台を叩く音だけが店内に響き渡った。
「…何、どうしたの、ナチス…?」
フランスは放り出された俺のスマホを自身の方に寄せた。そして画面を目に焼き付けてからすぐに顔色を失った。二人で青ざめた顔を見合わせ、口角を歪ませる。そこからは、本当に記憶がおぼろげだ。イタ王から聞いた話だと、俺とフランスが日帝の家に乗り込もうとして、大勢の人に止められたとか。職務放棄でフランスがバイトを解雇されたということも知った。
「…何故ですか。何故日帝の葬式に参加してはいけないのですか!」
「犯人が捕まっていないんです。疑心暗鬼な見送りなんて父さんも望んでないと思います。葬式は、親族だけで行うことにしました。すみません、ナチスさん。」
申し訳なさそうに頭を下げる日本君。謙虚な姿勢を見て、彼を責めるのはいけないと再認識する。
「そうですか。では、一言日帝に伝えてください。ーーーーーと。」
「……、わかりました。では、また。」
去っていく日本君はとても苦しい表情をしていて、少しだけ後悔した。
日帝の幻聴が聞こえるなんて、俺も疲れているのだな。デスクに置かれた大量の資料を見て苦笑する。その時、スマホがバイブを鳴らした。少し躊躇いながらロックを解除する。するとメールが一件届いていて、送り主は日本君だった。
「お久しぶりです、如何お過ごしでしょうか。此方の庭では小さいながらも尊大な向日葵が私達を和ませてくれます。この度、第一子が誕生しました。父と深く繋がりのあった貴方にもぜひと思い、家に招待致します。」
メールを閉じる。そういえば、日帝が死んだ1ヶ月後に日本君が結婚した時には驚いた。立ち直りが早いというか。いや、立ち直るためのそれなのかも知れないが。なにより驚いたのは相手がアメリカだということ。何を隠そうアメリカは彼の母を轢いた本人。そのことは当然知っているだろう。そんな相手俺なら一生許せないのだが、日本君の懐の深さには驚かされる。アメリカが轢いたのは日帝の妻でもあり、俺が許せないという気持ちも強かったが、日帝は認めていたらしいので何も言えない。
まあ、これを断る理由はない。明日にでもお邪魔するとしよう。俺はふふ、と笑って返事を送信した。
「お邪魔します…」
「いらっしゃい、ナチスさん!来てくださったんですね!」
「俺も祝わせてもらおうと思ってな。こちらこそ招待感謝する。」
「お堅いですよ!ささ、どうぞ!」
日本君は以前と比べて明るい青年になっていて、目の隈もほとんど消えていた。足早な彼に置いていかれないよう、俺も少しばかり早く歩いた。
「ん、いらっしゃい。ナチス野r…さん。」
雰囲気がかなり変わったリビングルームのソファに腰掛けていたのは、アメリカだった。へらへらとした彼を睨むように凝視してから、もう一度日本君の方を向く。
「ぁんだよお前
「ナチスさんこの子です、抱っこしてあげてください!頭を抱えながらですよ!」
アメリカの怒鳴りかけを日本君が打ち消し、俺に赤ん坊を寄越した。子供は宝とは本当だな。きらきらと輝く瞳に、饅頭のようにもちもちな頬。思わず笑みが溢れる。
「お前が日帝の孫か。本当にそっくりだな…日本似…というより日帝似だ。」
そう呟くと、赤ん坊が細めていた目をぱちくりと見開き、ほぼ同時に抱きついてきた。
「ぅおッ…!?」
赤ん坊は、嬉しそうな表情をしていたが、次第に涙を溢すようになる。
「え、ちょ、泣くな泣くな!名前…あ、“日帝”、泣きやめ!」
ぴた、赤ん坊は泣くのをやめた。躾がなっているなあ。なりすぎだとも思うくらいに。
「……日本君。ちょっと“日帝”と部屋で二人になって来ても良いか?」
「え、なんで?」
日本君より先にアメリカが口を開く。
「日帝の孫ということもあって、言いたかったことがたくさんあるんだ。少し恥ずかしくてな。」
俺が俯いてそういうと、日本君はうるうるとして俺の手を握った。
「もちろんですよぉッ、ぜひ…!」
「ありがとう。」
アメリカは終始、顔をしかめていた。
ガラガラ。襖を閉める。綺麗な鶴が描かれた襖で、少し見惚れてしまった。
「……、日帝。なあ、なんでお前、逝っちまったんだ…?」
こんな思い、何も知らない赤ん坊にぶつけても仕方がない。けれど、そうするしかないのだ。ぼたぼた、涙が流れた。赤ん坊の服に染みてしまい、すぐに避ける。ごし、と目頭を拭った。一瞬見まごうた。
拭ってくれたのは、“日帝”だったのだ。
出来すぎている赤ん坊だ。ほころびと不安を抱えて、涙を再度拭いてすぐに部屋を出た。
「え、ナチスさん、泣いちゃってる!?ティッシュ、えーとどこだっけ…。」
懸命に動く日本君の傍で、俺には不安だけが募って行った。その訳は、“日帝”にある。
あまりにも出来すぎた躾、赤ん坊でもわかる、彼奴と瓜二つの顔。アメリカの嫌そうな表情。全てが繋がっている気がしてならないのだ。きっと考えすぎだ、いやそうであって欲しい。…が、もしもこの考えが合っていたならば、俺は…
アメリカを殺してしまうかもしれない。
「おい、ナチス。」
感傷に浸っていたのに急に横槍を入れられて、ムカついたので眉間に皺を寄せ振り向いた。
「なんだ、アメリカ。」
「呼び捨てか、ナチス野郎。」
アメリカは、日本君の管轄から外れた瞬間人が変わったかのように矛先を向けてきた。その視線はまるで、余計なことをするな、という忠告のようでもあり、ただの八つ当たりのようにも見えた。
「お前こそな。」
俺はふ、と失笑して手を煽った。クソリカはそれが大分頭に来たようで、脂肪だけではないであろう剛腕を俺に向かって振り上げた。俺も応戦の準備をする。
「はいはい、赤ちゃんの前で喧嘩しないでください、良い大人が2人で!」
が、それも日本君の仲裁でなき物となった。気を取り直して、くるりと日本に背を向けた。
「“日帝”も見せて頂いたことですし、俺はこれで。」
「え、あっ、はい!またいらっしゃってください!」
笑顔で手を振る日本君に、思わず顔が綻ぶ。その後ろでアメリカは、日本君に隠れているのか、ちぢこまって中指を立てている。俺には関係の無いことなので、ビジネススマイルで2人に手を振りかえしておいた。
「はぁ……疲れた。」
アメリカは、ドアが閉まったことを確認してため息をついた。
「アメリカさんってナチスさんが苦手なんでしたっけ、すみません。彼は父の恩人でもあるんです。」
「いや、別に迷惑じゃないし良いよ。来客ってそんな好きじゃねえんだ。」
気だるそうにそう溢したアメリカの側で、日本は気まずそうに目をパチパチさせる。
「あ、はは…。すみませんアメリカさん。」
「え、そんな謝ることじゃねえよ。」
「いや、それがですね。」
「何だよ。」
「今度、知り合いの皆さんを招いて親睦会を開くんです…。」
「ーーーーはっ!?」
「すす、すみません!アメリカさんこういうの好きかと思ってまして!」
「まあ、仲の良い奴らだったら良いんだけど。メキシコとか、アラスカとか。欧州とかアジアの奴らだけは辞めてくれよ。」
「あはは…ソウデスカ。」
俺は、ベッドの中からただ静かに聞き耳を立てていた。
『…皆さんを招いて、親睦会を開くんです……』
「絶好のチャンスだ!」
そう、小さく歓喜の声をあげた。アメリカが少し此方を振り返ったのは恐らく気のせいだろう。
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日帝ちゃァァァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァ..............(死)